原罪、及び死した者たち。

壊滅した円卓の騎士たち

「誰かいる? 『ノラ』のメンバー!」

 結月さんに急かされて、僕は必死にカードをめくる。

「絵柄だけじゃ分かりにくくて……」

「すずめさんとか、分かりやすそうじゃない?」

「名前も探していますし、メタリックな特徴のあるカードを探しているんですけど……」

 見つからない。剣を持ったカードや杖を持ったカードなら山ほどある。


「私も探します」

 メイルストロムさん。この人に「ノラ」の人間は分かるはずがなかったが……しかし手は多い方がいい。


 そんなことをしている間に。


「おらぁ! 死ねぇ!」

 ライオン男の絶叫。大剣を持った栗栖さんがひらりと身をかわす。

ラルで対処できないとなると……」

 ぶつぶつ、つぶやいている。

「……奥の手を使うか。でも、相手の特徴を見切ってからじゃないとな」

「ぐちゃぐちゃ言ってんじゃねぇぞぉ!」

 肘の……肘と言っていいのかも分からないが……辺りから五本に分裂した腕を振り回すライオン男。もうそいつが「ライオン」であることが分かるのはその頭部にたてがみがあるからだった。体の方はもう完全に……化け物だった。


 腕が片方だけで十本以上……数えるのは諦めた……ある。床に近い方の腕でアンバランスに体を支えている。切断された腰から下には内臓らしきものが垂れていたが、よく見るとそれも……細かい触手になっていた。

 一方、上半身がなくなった下半身には。

 腰から直接頭が生えていたのが変化して、頭と思しき球体のパーツから鞭のような長い……優に十メートル前後はあるだろう……触手が生えていた。ヘッドバンギングのように体ごとしならせて栗栖さんを攻撃する。鞭のリーチはかなり長かった。


 上半身が接近戦、下半身が遠距離戦。そんな役割分担のようだった。


 大剣を持つ栗栖さんは徐々に追い詰められた。剣のせいで動きが鈍っているのだろうか。心なしか回避動作がぎこちない。


 しかし、栗栖さんも反撃には出る。ラルフォンで下半身の触手や上半身の腕を切断する。何か力を帯びている剣なのだろう。ヒルスアッシュの時に比べライオン男の回復が遅い。立て続けに切り付ければ、あるいは彼女に軍配が上がったかもしれない。


 だがライオン男がそれを許さない。


 上半身と下半身を切断したのは明らかに失敗だった。一方を相手にすれば他方が攻撃してくる。どちらかだけ潰せれば……とは思うのだが、何せ相手は再生能力持ち。迂闊な攻撃は自分の首を絞める。


 そのことに栗栖さんも気づいているのだろう。

 徐々に攻撃の手数が減ってきた。逆に、相手を観察するように窺う機会が増える。


ヒルスでも、アッシュでも、ラルでも駄目……」

 ぶつぶつと、つぶやいている。

 何か勝算はあるのだろうか? 


 一方、赤坂さんの方は。


「何だそりゃぁ?」

 蛇男が叫ぶ。……まぁ、叫びたくもなる。


 スカートを履いた、男の子。多分だが、男子高生。


 筋肉質。推測だが運動部。陸上競技や球技などの大会で上位常連のような体つき。

 攻撃は、と言えば。


 殴る。蹴る。体当たり。

 それだけ。


 赤坂さんが、男子特有の低い声でつぶやく。


「脳筋ゴリラ……」


 完全に肉弾戦だ。蛇男の刺突攻撃を回避しながら、丸く膨らんだ胴体を、尾を、頭を、殴る、蹴る、殴る、蹴る。時折ラグビー選手のようなタックルをかまして体勢が崩れた相手を拳で滅多打ちにすることもある。


 それじゃ本当に脳筋ゴリラだぞ。

 赤坂さんの戦闘の方が俄然心配だった。栗栖さんの方には何か奥の手があるみたいだが、赤坂さんの方にそれがあるとは思えない。ただ唯一、あるとすれば。

 今まで常識人のような顔をしていた女の子の赤坂さんが、完全にその辺の馬鹿な男子高生になっているというそのギャップだけだった。


「そろそろこっちが決着つけないと葵ちゃんが危ないね……」


 栗栖さんがつぶやく。本当にその通りだ。赤坂さんの方に勝機があるとは思えない。


「仕方ない」


 大剣を床につき、後退りをした栗栖さんが、きっとライオン男を睨む。


「奥の手、使おうか」

 すっと、大剣が消える。自由になった片方の手で、つらつらと宙に何かを綴る。

 真っ白な文字。美しい魔法陣。そこから出てきた、長い杖……ロッドだ。


「『いもおい』……みさぎ……リーナ」

「おうおう、お前もこの城にいるような連中だったかあああ!」

 ライオン男が叫ぶ。表情は読めないがおそらく……不敵な笑み。

「お前らみたいな奴をたっくさん殺してきたんだよおおおおお!」


 ライオン男が栗栖さんに突っ込む。


「ええ、たくさんの犠牲者が出ました……」

 僕の隣で、メイルストロムさんがぽつりとつぶやく。

「私を守って死んだ者もいました。彼らは今頃どうなっているのでしょう? アカウントが消されたことになると思うのですが、現実世界の方には帰れているのでしょうか?」


「……分かりません」

 僕はカードを探す手を止めずに答えた。

「僕が知っているのは、『カクヨム』騒動以降、VR装置から出られなくなったり、中で死んでいたりする人が増えた、ということだけです」


「……では、亡くなった可能性もあるのですね」

 メイルストロムさんが悲しそうにつぶやく。

「『円卓の騎士』たちも、亡くなったのかな」

「『円卓の騎士』?」

 聞こえてきた中二めいた単語に、僕は反応した。

「何ですか、それ」


「『King Arthur』幹部の称号です」

 メイルストロムさんも、思い出したようにカードをめくる手を動かしだす。

「全部で十二人……椅子は十三脚ありましたが」


「十三脚の椅子に対して十二人?」

 僕は首を傾げる。

「空席があるということですか?」


「空席は呪われているのです。そこに座ると禍が起こる」

 メイルストロムさんは灰色の瞳をこちらに向けると続けた。

「我々のギルド長は、その十三番目の椅子に腰かけている状態で発見されました」


「よく状況が分からないんですが」

 僕の言葉に、メイルストロムさんは悲しそうに続ける。

「円卓は……騎士たちが座る十二脚の椅子は……特別な広間『円卓の間』に置かれていました。『エディター』騒動を収めるため、ギルド長と十二名の騎士たちは『円卓の間』に入り会議を開いた……はずだった」


「質問なんですけど」

 僕は口を挟む。

「十二人+ギルド長で十三人になるじゃないですか。椅子は十三脚あるんでしょう?」

「ギルド長は椅子は円卓に数えません」

 訳もなさそうに、メイルストロムさん。

「長の席は円卓の向こう、上座側にありました……本来の『円卓』の意味からは、離れてしまうのですが」


 円卓、の意味。

 メイルストロムさんが語るには、円卓は「上座下座が存在しない、対等な関係を表す」ものらしい。そんな円卓の奥に上座を設けるのは……確かに、滑稽ではあった。


「長と十二人の騎士たちは『円卓の間』で会議をしているはずだった……それが約、一か月前。『エディター』騒動が起き、このギルドが編成された直後のこと。ですが」

 メイルストロムさんが切なさそうにつぶやく。

「一週間前です。幹部の一人が『フリーズ』している状態で砦から発見された」


「フリーズ」。

 文字通りだ。アカウントが動けなくなる。操作できなくなる。僕たちの仲間で言うと、結月さんがバリアに突っ込んだ後に「紹介文を編集していたため」アカウントがフリーズしていた。ああいう感じ。VR世界では多くの場合アカウントが文字通り石になったかのように硬直していることが多い。


「大慌てでギルドメンバー全員で城中を探しました。十二人の騎士たちが見つかった。どれも『フリーズ』した状態で。ヒーラーが再起動を試みた結果、何とか動くことは可能になりましたが、全員が口をそろえて言うのです。『悪魔に襲われた』と」

 ……その「悪魔」が『エディター』であることは想像に難くない。

「『円卓の間』はギルド内でも最高位の魔法使い……彼も『円卓の騎士』でした……が管理している空間でした。簡単には開けられない。しかし何とかその魔法を解いて、中に入ってみると……」

「……ギルド長が、死んでいた」


 僕の言葉に、ハッキリと、メイルストロムさんが頷いた。

 と、メイルストロムさんの目が驚きに見開かれる。唐突に手を止めた。


「……おや、ここに『円卓の騎士』が一名」

 僕はその手の中を見る。

 カードには、薄っすらと名前が記されていた。そこに、あった名は。


「……これ、何て読むんですか?」

 僕の問いに、メイルストロムさんは切なさそうにつぶやく。

「幕画……〈幕画ふぃん〉さん」

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