色欲

「……黒狼グレイル

 粉砕。さっきまで僕が立っていた床が弾ける。

 僕の腕は引っ張られていた。不思議な力などではない。たくましい、男の腕に、である。


「……白狼レティリエ

 すぐさま。

 僕の腕をつかんでいた手が小さくなる。気づけば僕の隣には結月さん。ぶつぶつ何かをつぶやいている。


「人質が……三人」

 胸が痛んだ。そうだ。今の僕は……。

 二人の人質。

 あのスキンヘッドの手の中にあるカード。栗栖さんと赤坂さん。

 とはいえ、厳密には二人はスキンヘッドの手にないのだが……。


「あーら、残念」

 多分、四度目のトライ。

 獣耳の黒髪男子に変身した結月さんが唇を噛む。スライディングし、体勢を低くしながら。


「……黒狼グレイルならいけると思ったのにな」

 スキンヘッドの手には、二枚のカード。ひらひら振ってから、また床に置く。

「次はうまくいくかしらねぇ」

 と、消えるスキンヘッド。

 ここまで来たらさすがに僕も分かる。

 スキンヘッドの能力。


 一、大型のサソリになれる。石床に鋭い跡がつく時は大抵尻尾で突き刺している。

 二、サソリ型、人型どちらの時でも透明になれる。自分のいる場所が陽炎のように揺らぐとかいうこともなく、本当に透明。これで僕の目をくらましている。


「危ない!」

 黒髪の結月さんが叫んで、僕の背中を引っ張る。

 直後、やはり僕のいた床が弾ける。


 三人目の人質。それが僕。僕は敵に対して何もアプローチできないどころか、索敵できないので一方的に攻撃をされる。その度に結月さんが僕を助け出してくれる。


 スキンヘッドは遊んでいる。

 床に栗栖さんと赤坂さんのカードを置く。それから僕たちに攻撃を……それも人型サソリ型どちらか分からない。透明だから……仕掛けてくる。

 人型の攻撃手段は、おそらく腕による殴打。サソリ型が厄介で、毒のある尻尾と両手のハサミ、三種攻撃パターンがある。


 結月さんがその攻撃を何とかかわし、床にあるカードを奪いに行くと……スキンヘッドが取り上げる。

 そうやって結月さんを消耗させている。


 嬲ってる。結月さんの息が次第に荒くなる。


「危ない!」

 彼女……いや彼か……に襟首を引っ張られる。転倒。情けない。


「ペン」は一応手に持っていた。しかし捕捉できない相手に対してどう使っていいか分からない。四方を壁で囲んでもいいがそんなことをして結月さんの行動を制限しても困る。


 せめて、色をつけるか。透明なあいつに……。と思ったが、あいつの名前も分からない。つまり対象が絞れない。できることはといえば部屋を明るくすること程度だろうがそんなことをしても意味がない。

 無力だった。僕にできることはない。ただ結月さんの足を引っ張るだけ。


 せめて、あのカード。あのカードを奪えれば。


白狼レティリエ

 白銀の美しい髪をした獣耳女性に結月さんが変わる。スキンヘッドと距離を保ちながら、ぶつぶつつぶやいている。


「結月さんって……」

 僕もつぶやく。

「四段変化狼?」

 人間男女。狼雌雄。

 しかし結月さんはつぶやき返してきた。

「本当は三段。レティリエは狼になれない」

 多分、暴走してる。その言葉で納得する。

 さっき結月さんが白の狼姿を「こんな姿」と言った理由が。不本意な変身なのだ。


「人質は実は、いるようでいない……」

 結月さんの声が聞こえる。つぶやく声。敵には聞こえなさそうな小さい声。

「……あいつは人質をうまく使えてない。遊ぶことにしか使えてない。どこまでも快楽至上主義。そこが、弱点」

 それから、すぐに。

 ぽすん、と結月さんがその場に座り込んだ。


「やーめた。疲れちゃった」

 すぐにスキンヘッドが姿を現し、床に置かれたカードを拾う。

「動きなさい。お仲間がどうなってもいいの?」

 破くわよ。無慈悲にそう笑う。

「好きにすれば? 別にその子たちと仲良くなかったし」

 そっぽを向く結月さん。

「そう。なら……」

 と、スキンヘッドがカードに両手をかけようとした時だった。


 床を蹴る、力強い音。


 即座に聞こえてくる、スキンヘッドの悲鳴。

「ホールドアップありがとう!」

 低く、たくましい声。黒髪結月さんだ。人型。黒の獣耳に黒の尻尾。

「人型は両手が塞がると面倒だよね?」

 黒髪男子結月さんの丸太のように太くたくましい脚が、スキンヘッドの腹にめり込んでいる。


 だんだん、分かってきた。

白狼レティリエ」で戦略を練り、「黒狼グレイル」で肉弾戦を仕掛ける。「黒狼グレイル」には人型と狼型の二種類の戦い方がある。それが本来の……結月さんの能力だ。


 スキンヘッドが間抜けな声を上げながら壁に突っ込む。

 土煙。部屋ごと大きく揺れる。


「ハサミあるんでしょ? 使えば片手で済んだのに。馬鹿」

 いつの間にやら白の結月さんだ。白銀の流れるような髪。


「……まぁ、それでも、カードはすぐに離さないんだね」

「……あたり、まえよ」スキンヘッドが咳き込む。効いてるようだ。

「あんたやるじゃなぁい。ゾクゾクするわね」

「今、そのカードを返すなら許してあげるよ」

「誰がそんな……」

 と、スキンヘッドが起き上がろうと床に両手をついた瞬間。

 第二撃。勢いある膝蹴り……黒の結月さんの。

「だからさ、手を封じたら駄目なんだって。学習しろよ」

 後、簡単な挑発に乗るな。さらりと白に戻った結月さんがつぶやく。


 しかし直後に何かが視界の端でくねったかと思うと、結月さんが回避した。床に突き刺さる長い尾。スキンヘッドのだ。


「そんなに毒が欲しいならくれてやるううう」


 サソリが叫ぶ。

「動けなくなってお人形みたいになったところを徹底的に嬲ってやる。体中の穴をガバガバにしてやるんだからあああ!」


「下品」

 そう言い捨てた結月さんが僕の元に来る。

「……物書きくん。頼みがある」


 あのカード取り返せないかな? 

 この環境下でも僕に頼み事をしてくれることに嬉しくなる。僕は結月さんを見つめる。僕なんて、役立たずなのに。

 しかしそんな僕の気持ちを読んだように。


「……物書きくんは役立たずじゃない。できることはきっとあるし、だからできないことがあっていい。『白銀の狼』のレティだって、できないことはたくさんある。でも、一生懸命、生きている」

「……はい」

「物書きくんにできないことは私に任せて。代わりに、私にできないことを物書きくんが!」

「は、はい!」

「何か方法ないかな? 二回蹴飛ばしても手放さなかったから力づくじゃ無理だ。もっとテクニカルな方法で……」


 テクニカルな方法。何かあいつの手からカードを奪える方法は……と、考えた時だった。


 本来なら、「ペン」を使った戦略を考えるべき、なのだろうが。


 僕の頭にぽかんと浮かんだのは、すずめさんの姿だった。

「これ、君にあげる」

 そう、手渡された。


 僕が考えついたもの。それは……。


「虫眼鏡」だった。

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