Ctrl +F
「あの、うまくいくかは分かりませんが」
僕は結月さんに耳打ちする。
「十秒時間をください! 試したいことが!」
「任せて……!」
結月さんが結月くんに変わる。
「
「そっちの方が好みよお!」
サソリが飛びかかってくる。
しかし。
そして体操選手がポールに飛びつくようにサソリの尾をつかむ。
くるりと回って、サソリの背中を力強く踏みつける。
サソリの悲鳴。今だ。
僕は「虫眼鏡」を召喚する。左手に。続いて「ペン」。右手に。そのまま宙に文字を綴る。
〈栗栖蛍〉〈赤坂葵〉
綴られた文字に左手の「虫眼鏡」をかざす。
古のツール。シンプルなツール。
多分、「ペン」と同じで使い方はすごく簡単だ。
仮説にしか、すぎないが。
電子世界で「虫眼鏡」と言えば。
頼む……うまくいってくれ……。願いながらレンズを覗いた、その時だった。
宙に綴られた文字が、一瞬で消えた。テキストファイルになってない。もしかして……と思った瞬間。
レンズの向こうに、二枚のカード。どちらにもデフォルメされた横顔が……しかし、すぐに分かった。
栗栖さんと赤坂さんだ!
「やりました!」
僕は叫ぶ。手にしたカードを見せる。
「カード奪還!」
「さすが物書きくん……!」
結月くんが、サソリの尾をつかみながら嬉しそうに叫ぶ。そして。
「さてサソリくん。こういうのは、どう?」
サソリの尾の先を強引にサソリの背中にねじ込む。力強い技。たくましい腕がサソリの尾を組み敷いている。
サソリの悲鳴。さっと飛び退く
「……どういうトリック?」
結月さんはこちらに帰ってきた時には
「Ctrl +Fです!」
「虫眼鏡」を見せる。
「検索機能! 任意の情報を引っ張ってこれる!」
一瞬、ぽかんとする結月さん。しかしすぐに飲み込んだ様子。
「……なるほど!」
じゃあ後はあいつを倒すだけだね……!
結月さんが敵に向き直る。
「いい、加減に、しなさいよおおおお!」
サソリが人型に変わる。足元には血溜まり。おそらく背中から垂れているのだろう。
「自分の毒は平気なんだね」
冷笑する結月さん。
それとは対照的に、スキンヘッドは昂る。喉の奥から絞り出すような、絶叫。
「アタシの体に傷をつけやがってえええええぇぇぇぇぇ……」
語尾を伸ばしたままスキンヘッドが消える。間抜けな声。そして響く、低い唸り声。
次に僕が彼を捕捉した時。
それは、白銀の狼が筋骨隆々の男を組み敷いているところだった。
狼が、囁く。
「……あなたたちがくれた力で倒してあげる」
氷を噛み砕くような音が、小さく響く。
あんなにやかましかったスキンヘッドが、しゃべらなくなった。
沈黙。息遣いは、二人分。僕と……狼。
と、僕の目の前で白銀の狼が、小柄な女性の姿に変わった。
小さな女の子が、動かなくなった筋肉質な男性の上に座り込んでいる。どうやら、彼女は、呆然としている。
彼女は一瞬、何が起きたか分からない、というように両手を見ると、いきなり振り返った。
「な、治ったかも……!」
僕は声をあげる。
「治ったって……?」
「レティが狼にならない! 作品が正しく理解されてる!」
嬉しそうな彼女。と、直後に胸に軽い衝撃。
結月さんが、僕に飛びついてきた。
「治った……! 治った!」
「よかったですね!」
僕は結月さんを見つめる。ふと、彼女の胸元に、薄桃色のペンダントが輝いていることに気づく。
束の間、目を凝らす。上品な……だが鮮やかなピンク。丸っこい。木の葉のようなものを周りにあしらっている。薔薇や桜では、おそらくない。
「そのペンダント……?」
と、僕が訊くと結月さんは恥じらうように胸元を隠す。
「……や、ヤマモモ」
照れている様子で、ようやくそれだけのことを教えてくれる。
「あの、もしかして、ですけど」
僕はさらに訊ねる。が、ほとんど確信だった。
「『白銀の狼』って、恋愛小説……?」
と、僕の真っ直ぐな目線に結月さんが気づく。僕は言葉を続ける。
「ヤマモモの花言葉は……」
結月さんがにっこり笑って、僕と同じ言葉を口にする。
気持ちが通じ合った気がして、二人、笑い合う。
スキンヘッドが事切れていることを確認しに行く。
首が変な方向に曲がっていた。確実に、死んでいる。
僕の背後。
栗栖さんと赤坂さんが、救出されていた。
どうやらカードは振れば中にいる対象を召喚できるらしい。
二人とも膝に手をつき、荒い息。
「物書きくんに助けられた!」
元気に飛び跳ねる結月さん。
「すごいんだよ! 十秒で二人を取り返した!」
「すごく苦しかった、し……」
栗栖さんが自分の掌を見つめる。
「玄関広間で何だか一瞬、おかしくなった?」
「私も、玄関広間で急に視界がぐるぐる回って、気づいたら薄っぺらく……」
「多分、あいつのせい」
床に倒れているスキンヘッドを指差す。
「ここは玄関広間でしていた臭いが濃いし、あいつ上の奴らと連携しているようなセリフ吐いてた」
そして、私は治った! そう飛び跳ねる結月さん。
「もう丸いものを見ても平気だ!」
「……何で玄関広間で結月さんだけ正気だったんでしょうか?」
僕が訊ねると、栗栖さんが荒い息のまま答えた。
「……元から感染してたからかも」
「それも多分、あのスキンヘッドのウィルス」
結月さんが床に倒れている男を示す。
「あいつを倒したら治ったから!」
「なるほど」赤坂さんの息も荒い。
「そういえば『寄生型』も既に寄生されたアカウントは攻撃しないって……」
「やっぱ花ちゃん突撃メンバーにいて正解だったね」
栗栖さんが結月さんの頭を撫でる。
「助かったよ。ありがとう」
「いいの!」
結月さんが元気に答える。
「助け合っていこう!」
「物書きさんが平気な理由は?」
赤坂さん。これにも栗栖さんが答える。
「小説書いてないからじゃないかな」
感染する作品がない。なるほど、と僕は手を打つ。
「これから対『エディター』戦は物書きくんに頑張ってもらわないとね」
冗談っぽく笑う栗栖さん。
結月さんが鼻を動かす。
「風の匂い。どこかから出られる……多分、こっち」
「待って」
栗栖さん。
「あいつ」
彼女の指差す先。
仰向けに倒れていたスキンヘッドの骸が……一枚の、カードになっていた。
栗栖さんが、そっと拾う。
「あいつの名前、ルクスリアって言うんだ」
彼女の拾ったカード。
そこに記されている。
〈
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