すずめ姉さん奪還計画

「これよりすずめ姉さん奪還計画ミーティングを始める。H.O.L.M.E.S.」

〈承知しました〉

 飯田さんの合図で、人工知能H.O.L.M.E.S.が展開した立体映像がいくつか表示される。どうやら戦闘中のすずめさんを撮影したものらしい。近未来的なデザインのフルフェイスメットに、電導ラインが引かれたスーツ。手には銃器型の武器。


「さて、我々はピエロが大爆笑していそうなテントから、アベンジャーズの秘密基地みたいな建物に拠点を移動したわけだが……」

 ここにきて前代未聞の大ピンチを迎えている。

 飯田さんの言葉に、ミーティングに参加している「ノラ」ギルドの全員が頷く。


「ビッグスリーの二人は行方不明。そして残った一人は寄生種に感染してこちらを攻撃してくる」

 そしてその感染してしまったすず姉さんには、と飯田さんは息を継ぐ。

「我々が束になってかかっても、おそらく勝てない」

「PVも『☆』も段違いだからなぁ」

 日諸さんが頷く。


「僕が『我々がすず姉さんに勝てない』と分析する理由が以下だ」

 飯田さんの合図でH.O.L.M.E.S.が資料を展開する。


「まず一に、攻撃の基本パターンが遠距離戦。銃器による攻撃。この銃器はライフルモードからサブマシンガンモードまで多様に変化する。で、だ。これらを無事に乗り越えて近接戦闘に持ち込んでも……」

「ブレード」誰かが口にする。

「その通り。すずめ姉さんは剣技も強い。具体的には……」

 飯田さんの合図でH.O.L.M.E.S.が映像資料を出す。


 映っていたのは、巨大な、『エディター』。

 人型だった。それが『エディター』だと認識できたのは形があまりに歪だったからだ。おそらく、だが……。


「こいつは『闘技場』でも名の知れたとあるアカウントを『エディター』が擬態で模倣したものだ」

 飯田さんは説明を続ける。

「模倣種の『エディター』は厄介なことに模倣したアカウントの持っている能力を使える。この時の『エディター』が模倣したアカウントはこの巨体に似合わずスピード型だった。一瞬で距離を縮められる。銃器じゃ間に合わない。そう分析したすずめ姉さんは刹那の判断で両刃剣ロングソードに持ち替え、次の瞬間……」


 映像の中。歪な人型をした『エディター』が、頭から股間にかけて真っ直ぐに、切断されていた。すずめさん、と思しき影が切断された『エディター』の向こうに見える。一瞬で勝負がついていた。

 飯田さんが両手を上げる。


「意味が分からない。戦闘向きじゃない作家の僕から言わせてもらうと異次元の強さだ」


 だが、そんなすず姉さんを何とか倒して目を覚ましてもらわないといけない。

 

 そう、言葉を続けて、飯田さんはため息をつく。


「誰か王子様のキスを提案できる奴は?」


 沈黙。誰も何も言わない。


「……だろうと思ってな」

 飯田さんが、ポケットからトランプみたいなガラス板を取り出して振る。

「一応作戦を考えた」

 物書きボーイ! 飯田さんがそう叫ぶ。どうやら僕のことを示しているようだったので、僕は起立するとゆっくりと飯田さんに近づく。


「縦横二十メートル前後、高さ五メートルくらいの建物、なおかつ……」

 飯田さんはにやりと笑った。いじわるそうな笑顔。

「その建物の中には障害物をたっぷり置け」

「障害物って……」と言いかけた僕に飯田さんは続けた。

「倒したり移動したりできるものがいいな……本棚とか。テーブルとか。そうだな、図書館を作ってくれ」

 図書館。具体的にイメージする。


「物書きボーイが作ったものは、もうみんな分かっていると思うが、一度『テキストファイル』という形をとる」

 飯田さんは説明を続ける。

「このテキストファイルを持った状態で戦闘に臨む」

「はい」日諸さんが挙手した。

「つまりどういう作戦だ? 図書館をすずめさんの頭上に発生させて落としでもするのか?」

「違う。いいか。すず姉さんは判断力にも優れる。それは多分、寄生されていても、だ」


 飯田さんは再び息を継いだ。

「障害物が多いフィールドだと分かれば、銃器じゃなく接近戦で勝負を仕掛けてくる」

「なるほど?」

「H.O.L.M.E.S.、寄生種の取り除き方を説明してやってくれ」

〈寄生種はアカウントの体に接着後、体内に触手を伸ばし、アカウントのコアデータを弄ることで操作します。これを取り除くには、アカウントの体外部に露出している寄生種の核を破壊し、体内に伸びている触手を崩壊させる必要があります〉


「つまり、だ」

 飯田さんは続ける。

「狙撃で核を破壊するという手は、確かにある。だがそれにはまず、すず姉の隙を見つけたり、狙撃手をカモフラージュする目くらましを用意したり、遠方からでもすず姉を捕捉できる方法を探したりと、手間がかかる。手っ取り早いのは、だ」

 飯田さんが日諸さんの肩を叩く。


「日諸さんみたいな接近戦型の作家に寄生種の核を叩き壊してもらうこと、だ。これなら最悪、単騎でもどうにかなる」


「ははぁ、つまり」と、プリンを食べながら笛吹ヒサコさんがつぶやく。

「図書館みたいな障害物の多いフィールドに引きずり出せばすずめさんは接近戦に切り替える。そこでこちらも接近戦を仕掛けて、何とか寄生種の核を破壊する」

「さすがヒサ姉、飲み込みが早いね」

 飯田さんがおどける。


〈問題が一点〉H.O.L.M.E.S.が提案してきた。

〈陽澄すずめさんほど強力な作家は、おそらく寄生種の親になる『寄生種放出エディター』が直に寄生種を植え付けたことが想定されます〉


「なるほど?」飯田さんが片眉を上げる。

〈陽澄すずめさんに寄生種を植え付けた『寄生種放出エディター』がどれだけのアカウントを汚染しているかは推定できませんが、おそらく陽澄すずめさんほどのアカウントになれば護衛として近くに置いている可能性があります。つまり……〉

「……すず姉の近くには『寄生種放出エディター』がいる可能性がある、か」


 飯田さんは一瞬考えるような顔になると、すぐに指を鳴らした。

「オーケー。プランBだ」

 H.O.L.M.E.S.、寄生されたアカウントの行動パターンは? 飯田さんの問いにH.O.L.M.E.S.が答える。

〈基本的には『未感染のアカウントを見つけ出し、破壊する』です。どういうプログラムかは判明しておりませんが、感染済みのアカウントは他の感染済みのアカウントや親の『寄生種放出エディター』を攻撃しません〉

「とにもかくにも未感染のアカウントを見つけ次第ぶっ壊すってことだな?」

〈その通りです。太朗様〉

「じゃあ、こうする」


 飯田さんはちらりとすずめさんの戦闘映像に目をやると、こう続けた。

「僕が囮になる」

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