仲間たち、及び初めての戦闘。

アシスト陣営とレジスト陣営

「ほぼ無制限にぽんぽん出せるのか」

 飯田さんがつぶやく。僕は一生懸命「ペン」を動かす。

「もっと丁寧に描写してくれ。中途半端なものは書いても無駄だから結局君の手を煩わせるぞ」

「はい……」

「ほら、その抽斗。取っ手がないから引っ張れない」

「はい……」

「天井のランプ。電球がない」

「はい……」

「プリン。カラメルソースがない。ヒサ姉怒るぞ?」

「はい……」


 何で僕がおやつのプリンまで描写しなきゃいけないんだ。そう思いながらも必死に「ペン」を動かす。


 一通り、執筆作業が終わると。


 僕の周りには近未来的な建物が建設されていた。思念で開くドア。床はどの面でも念じれば上下に動いてエレベーターになる。強化ガラス……それも想定しうる限りうんと頑丈な……で覆われたテラス。乗ったまま自由に動ける椅子。念じればその場に発生するテーブル。半径五キロメートル前後にいる『エディター』の存在を感知するソナー。それとプリン。


「おいしー」

 ヒサ姉こと笛吹ヒサコさんがプリンを頬張る。美味しいならよかった。僕はどさっと椅子に腰かける。


「あの、いいですか」

 僕は傍にいた飯田さんに訊ねる。

「『ノラ』ギルドって名前でしたよね。名前を付けるってことは、他にもギルドが……」

「ある」飯田さんはすぐに頷く。今度はポケットからトランプのカードくらいの薄いガラス板を取り出して、振る。途端に立体映像が立ち上がった。これも人工知能H.O.L.M.E.S.のアシストによるものなのだろうか。


「まぁ、『エディター』事件以来、『カクヨム』の中には大きく四つのギルドができた」

 ひとつ。飯田さんが立ち上がった立体映像に触れる。大きな西洋風の城が表示された。堅牢そうな砦。城壁。さらには大砲や、跳ね橋。


「主にファンタジー系の作家が集まって作られたギルド『King Arthur』。ハッキリ言ってファンタジーなんて魔法ありだから何でもあり。変に凝ってるからこんな西洋風の城の造りにしているけど、『エディター』に認知されない魔法とか使って目くらまししてるし、城壁は破壊しても復旧される魔法とか使って強化してるし、おそらく『防御力』という点では最強のギルド」


 二つ目。飯田さんが別の立体映像に触れる。そこには、宇宙空間に浮かぶ球体の要塞があった。


「主にSF系の作家が集まって作ったギルド……あいつらはギルドって言葉使わずに『タスクフォース』って自称してるけど……通称『イビルスター』。こいつらも基本何でもあり。何なら星一つ破壊することくらい朝飯前だね。レーザーとかミサイルとか、まぁ高火力な武器で『エディター』を殺しまくってる。『攻めは最大の防御』って感じの連中かな。『攻撃力』最強のギルド」


 三つ目。飯田さんがまた別の立体映像に触れる。今度は、真っ暗。というより、黒に塗りつぶされたカードが表示されているかのようだった。

「何ですかこれ」と訊ねると、飯田さんが答える。


「ノンジャンル。でもシリアス路線かな。現代ドラマ、恋愛、詩、創作論、エッセイ、ホラー、ミステリー、何でもござれ。ギルド名は『ディボーション』。よく分からん連中だ。ギルドの拠点も出たり消えたり。念写系の能力が使える奴に撮影させたんだけどこのザマ。多分目くらまし系の能力を持っている奴が多いんだろうな。強いて言うなら『素早さ』特化のギルド」


 で、残ったのが。

 飯田さんが最後の映像に触れる。先程僕が見たテント。サーカス団でも入っていそうなテントだ。


「我々、『ノラ』ギルド。まぁ、言ってしまえばはみ出し者の集まりだ。どのギルドも合わなかった、とか、何となくどこにも属したくない、なんて奴が集まった。……あ、そうだ。うちの特徴がひとつ」

 飯田さんが人差し指を立てる。

「『ノラ』ギルドにいる人間の八割くらいは趣味勢だ。もともと『カクヨム』に趣味で小説を上げていた人たち。一方でさっきの三つは……」

 飯田さんが再び先の三つのギルドの映像を示す。

「数名のガチ勢、つまり『カクヨム』から書籍デビューをしたい、とか、書籍デビューを既にした、とかいう作家が『人を集めて』作った。当然こいつらは『☆』の数が極端に多い。下っ端の連中でもギルドにいるだけで無制限に能力が使えたりする。一人のリーダー、もしくは複数の幹部から『能力の行使時間』を分けてもらってな」


「じゃあ、規模の大きなギルドにいれば有利じゃないですか」

 僕はつぶやく。すると飯田さんはにやりといじわるそうに笑う。

「まぁな」

「何で『ノラ』を立ち上げたんですか?」

「僕が立ち上げたんじゃない」飯田さんは両手を広げる。「ビッグスリーってのがいてな。あの人たちが『ノラ』を作らないかって提案したそうだ」


 ビッグスリー。

 さっき、まちゃかりさんも言ってた。


 ふと飯田さんを見てみると、表情に影があった。やっぱり、ビッグスリーの一人が陥落した、というのはギルドメンバーにとってはショックだったのだろうか。僕は訊ねる。


「あの、さっき僕たちを攻撃してきたすずめさんって人……」

「ビッグスリーの一人だ」飯田さんは強い目線でこちらを見てくる。

「すず姉さん。いい人だ。『エディター』と戦う時はいつも前線に立って、壁になってくれた。絵も描けてな。よくギルドメンバーのことを絵にしてたよ」


 何故「ノラ」を立ち上げたのか? という質問に答えてもらっていない気がしたので、僕は続けた。


「すずめさんたちは何で『ノラ』を?」

「『創作は自由であるべきだ』」飯田さんはつぶやいた。「『ノラ』ビッグスリーの合言葉だそうだ」


 なるほど。何となく状況が飲み込めた。


「☆」の力をエサに作家たちを拘束するギルドがさっきの三つのギルドなのだろう。しかし「ノラ」はその点が決定的に違う。「☆」はそれぞれの作家のもの。代わりに、作家たちは自分自身の身は自分で守る。そんな、各々が独立したギルドなのだろう。文字通り「野良」が集まったギルドなのだ。


「ビッグスリーの方々は、今……?」

 僕の問いに飯田さんが答える。


「すず姉さんを除いて、二人はある調査のためにギルドを離れた。『エディター』事件が起きてから一か月。怒涛の一か月だったよ。さっき言ったみたいなギルドもできたし、色々な型の『エディター』が確認されたし。うちの二人のビッグスリーは『エディター』の調査のために三日ほど空けると残して去っていった。『カクヨム』運営の対応が後手後手だったからな。長期戦になると判断したんだ。それから一週間。二人とも帰ってこない。すず姉さんは心配した。で、この間。二日くらい前かな? すず姉さんは決断した。目くらまし系の能力が使えるギルドメンバーに『☆』の力を与えて、ほぼ無制限に能力が行使できる環境にした後、ビッグスリーの二人を探しに出かけた」


 すずめさん、の心境を思った。苦渋の決断だっただろう。非力な仲間を残して、他の同志を探しに行く、という決断は。


「それであの状態ってわけだ。寄生種系の『エディター』に感染してた」

 飯田さんは広げていた手を落としてぽすんと腿にぶつける。

「ハッキリ言ってどうしていいか分からない。予備のバッテリー三つ用意してたのに三つともお釈迦になった感じ」


 飯田さんの目。深い絶望を、必死に隠している感じだった。


「ギルドは、『カクヨム』運営陣からすると二つに分けられる」

 唐突に飯田さんが解説を続けた。

「『カクヨム』の運営陣をアシストする『アシスト陣営』と、『カクヨム』の運営は無視して自分たちの保護に走る『レジスト陣営』だ。もう分かると思うが、『King Arthur』と『ディボーション』は『レジスト陣営』だ。自分たちの保身しか考えてない。一方僕たち『ノラ』と『イビルスター』は積極的に『エディター』を狩る『アシスト陣営』だ。まぁ、僕たち『ノラ』は自衛のために戦っているから、厳密には『カクヨム』陣営をアシストしているわけじゃないんだけどな」


 なるほど、と分かったところで、背後から声がした。


「プリン、おかわりぃ」


 笛吹ヒサコさんだ。僕は振り返る。

「呼ばれてるぞ、少年」

 飯田さんが笑う。

「うちでビッグスリーの次くらいに強いのが今のヒサ姉や他の人たちだ。僕は末端。まぁ、『ホームズ、推理しろ』みたいなミステリー作品は戦闘向きの能力じゃないからな」


「じゃあ、ひとまず、あの人たちを温存しないと……」

 という僕の言葉に、飯田さんは微笑んだ。

「そういうことだ。プリン、書いてやれ」

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