寄生されたアカウント

「こんにちは、日諸さん」

 女の子の姿をアカウント……アカウントなのに性別をハッキリさせている。まぁ、日諸さんもそうか……が僕たちに近づいてきた。

「その人は?」首を傾げる女の子。日諸さんが答える。

「新規ユーザーらしい」


 日諸さんは女の子に温かい笑みを浮かべた。


「さっき、A1地区で保護した。新規ユーザーが出てきやすい場所だ」

「『小説家の始まり』地区だね」女の子も微笑む。「あそこに出てこられたのはむしろラッキーかも?」

「そうだな。このところ新規ユーザーの出現スポットもランダムになってきたから」

 まぁ、そもそも新規ユーザー自体少なくなっているんだが。日諸さんはそうつぶやく。


「るかさんは? 小説の執筆?」

 日諸さんの問いに女の子……るかさんというらしい……は微笑んで答える。

「うん。私、戦闘向けの小説ないから、少しでも役に立てるように、って思って」

「書いても『☆』やPVつかないと使えないんじゃないですか」

 僕がつぶやくと、るかさんが少しむっとする。

「何も努力しないよりはいいんです」


 まぁ、そうだけどさ。

 それに、まだ一つも小説を書いていない僕よりは、いいのだろう。


「僕は、佐倉今里って言います」

 僕は自分のアカウント情報を提示する。すると、るかさんが応じる。

「私は香澄るかです!」


 香澄るか。アカウントIDは「@rukasum1」。紹介文は「初めまして。香澄るかです。同名義でTwitterと、小説家になろうでも作品を連載しています。代表作 Paradise /現代小説 Blue knight/ローファンタジー よろしくお願します<(_ _)>」短くて分かりやすい紹介文だ。


 まぁ、おそらくアカウントの見た目はいつでも変えられるので、ここで見た目を認知しても仕方ないのだが。


 今の香澄るかさんはぱっと見た感じ、清楚な印象の女の子だった。頭には花冠。肩くらいまで伸びた、ちょっと長めの黒髪。イメージアシストソフトを使っているのだろう。ふんわりしたオーラが出ていた。


 とりあえず僕のインテリジェンスアシスタントシステムに登録しておく。見た目が変わっても認識できるように。


「日諸さんおかえりー」

 テントから、男性の姿をしたアカウントが出てきた。このギルドは分かりやすい見た目をした人が多いのかな。


 見た感じ、だが。

 いじわるそうな男性。ジャケット姿。ちょっとフォーマル。紳士的、と言えばそうだが、滲み出るいやらしさが隠せていない。


「飯田さん」日諸さんが応じる。「新規ユーザーだ。このまま『ノラ』で面倒を見ようと思う。登録してもらっていいかな」

「はいよ」飯田、と呼ばれたいじわるそうな男性はジャケットの胸ポケットから眼鏡を取り出す。どうやら、眼鏡型端末。


「H.O.L.M.E.S.」飯田さんはつぶやく。「新規登録だ。このアカウントを『ノラ』チームに加えろ」

 途端に電子音声。おそらく、眼鏡型端末から。

〈承知しました〉


「彼は飯田さん。飯田太朗さん」

 日諸さんの紹介に応じるように、ひょい、と飯田さんが無言で腕を動かす。アカウント情報が提示された。


 アカウントID「@taroIda」。紹介文は「『いいだろう?』が口癖らしいです。ペンネームはそこから。ミステリー書きを自称していますが、妻からは『ミステリー以外の方が面白い』と言われています……。ガチの趣味勢。つまりガチ勢? 趣味勢?(以下略)」


「彼の代表作は『ホームズ、推理しろ』」

 日諸さんが紹介してくれる。

「人工知能が出てくる話だよ」


「おかげでパッとしないけどな。インテリジェンスアシスタントシステムがデフォルトになっている世界じゃ」

 飯田さんは僕をまじまじと見つめる。

「見た感じ女ではないな。新入りくん」

 つまらなさそうな飯田さん。

「VRの世界では少年になりたかった女の子の可能性はあるが……」


「飯田さん。セクハラだよ」日諸さんがのんびり告げる。「その辺にしておきな」

 飯田さんは片眉を上げる。何だか欧米チックな反応。海外製の表情作成ソフトでも使っているのだろうか。


 ……なんて、思っていた時だった。


〈警告! 外部からの攻撃!〉


 飯田さんの眼鏡型端末が叫んだ。その瞬間。


 ガラスが割れる音がした。それもかなり大きな。近くに雷が落ちたみたいな音だ。

 その場にいたアカウント全員が一斉にその方向を見る。


 まず、目に入ってきたのは、砂煙。もうもうと立ち上がっている。その向こうに、宙に浮いている人影が見えた。やがて砂煙が晴れた、その時。


「嘘だろ……」


 誰かがそう叫んだ。同時に飯田さんが叫ぶ。

「H.O.L.M.E.S.。相手を特定しろ!」

〈認識中……〉


 そうこうしている間に、砂煙の向こうから出てきたアカウントが高速移動をする。目にも止まらない速さ。一瞬で僕たちのいるテントまで近づいてくる。


 破裂音。それも連続した。

 音に呼応するようにテントが爆発する。

 見上げる。テントに穴。それも大きな。


 どうやら謎のアカウントは射撃をしたらしい。

 銃のようなものを持っていることは、何となく……確認できた。

 高速移動。僕の持っている視覚認識ソフトではその姿を追うことはできなかった。

 しかし飯田さんの眼鏡型端末が叫ぶ。


〈認識完了。アカウント『陽澄すずめ』である可能性が高いです〉

 すぐさま飯田さんが叫ぶ。

「すず姉? まさか? 擬態した『エディター』の可能性は?」

〈ヘルメットアーマーに『SPIDER LILY』の文字を確認〉

「……『エディター』にそこまで子細な擬態は無理だな」


 テントの中にいたアカウントたちが急いで避難し始める。日諸さんが叫ぶ。

「こっちだ! 早く!」

 気づけば日諸さんの近くには穴。あの、僕たちが「ノラ」ギルドにやってきたときにくぐった穴だ。


「H.O.L.M.E.S.! 事態を確認しろ! すず姉さんに何があった?」

 飯田さんが避難を促しながら眼鏡型端末に叫ぶ。

〈アカウント『陽澄すずめ』の頭部にウィルスを確認。『エディター』です〉

「寄生種に汚染されたか……」


 テント内にいたアカウントの避難が終わったらしい。場には、僕と、日諸さんと、飯田さん。そして……。


 香澄るかさん。


「るかちゃん何やってる! 君はすぐ……」

 と、飯田さんが叫んだ時だった。


 射撃音。


 僕の視覚認識ソフトでも、るかさんの方に何かが飛んできていることは分かった。

 弾丸……。


 反応したのは日諸さんだった。


「……多分、この一回だけだ」


 日諸さんの足下。

 切断された、弾丸。

 彼の手には、陽炎のような……刃。


「連射されたら対応できない! 逃げてくれ!」


「新入りくん! るかちゃん連れて逃げろ!」


 飯田さんに、どん、と背中を押される。

 逃げるしかない。

 るかさんの手を引き穴の方に走る。轟音が聞こえたのはその時だった。


「……よかったー。間に合った」


 穴をくぐる瞬間。

 目に飛び込んできたのは。


 メタリックな装備をした謎のアカウントを素手で抑え込む、どうやら女性の姿をしたアカウントだった。


「ヒサ姉!」飯田さんが叫ぶ。「いやっほう、やったぜ!」

「逃げてね!」ヒサ姉、と呼ばれたアカウントが叫ぶ。「すずめさんを単騎で倒すことは、多分無理だから!」


「ヒサ姉、後で迎えに行く!」

 飯田さんが叫ぶ。日諸さんと一緒に僕たちのいる穴の方にやってきた。二人がくぐる。

「引くぞ。奇襲には逃げの一手だ」


 穴がしゅっと音を立てて閉じた。穴の向こうにいた他のアカウントたち、そして僕たちは、ため息を一つ、ついた。


「『エディター』に寄生されたか……あの陽澄さんが……」

 日諸さんがつぶやく。


 重たい空気が、場を支配した。

 僕は一人だけ、状況を理解できていなかった。

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