俺たちは「ノラ」ギルド

「新規ユーザーかぁ。このところ減ったのになぁ」

 日諸さんと歩く。「カクヨム」の中。白い床、見える景色一面も白い。空も……真っ白。


「『エディター』のせいで、『カクヨム』運営部が『カクヨム』を初期化してね」

 真っ白な空を見つめる僕の気持ちを察したのだろう。日諸さんが笑った。


「必要最低限の機能以外残ってない。殺風景だろ。でもね、殺風景なのは、安全のしるし」


 ふと、遠い彼方を日諸さんは指差す。


「砂漠。見える?」

 見えた。砂丘だ。白い景色の中にいきなり灼熱の太陽が照りつける砂漠が見える。


「ああいうところは危険。『エディター』が『小説』を蹂躙してる」

「『小説』を蹂躙……」


「ひどい話でね」日諸さんの声が、少しだけ暗くなった。「作品に出てくる『モノ』が無差別に引っ張り出されて暴れる。『カクヨム』には剣と魔法の『ファンタジー』を書く人もいる。ロボットの出てくる『SF』を書く人もいる。どうなるか分かるだろう」


「ドラゴンとか、殺戮ロボットとか……」

「……俺がこの間戦闘したのは『神様』だったよ」

「『神様』?」


 ああ、と日諸さんはつまらなそうにつぶやいた。まぁ、そうか。広いWeb小説の世界には神様が出てくる話だって……。


「それって、何でもありじゃ……」

「そうだよ」

「どうやって倒したんですか」

「逃げるしかない」


 日諸さんは立ち止まって辺りを見渡してから、不意に両手を胸の前に構え、手を動かす。

 すると日諸さんの目の前に画面が立ち上がった。


〈椅子二脚〉


 キーボードを操作するように、日諸さんは指を動かす。どうやら文字を入力したらしい。それから画面内の青いボタンを押す。


「『公開』っと」


 ちょっと不思議な、光景だった。


 線が走るのだ。うっすらとした、アリの行列程度の細い線が。そしてその線は線に結びつき、やがて立体となって四角い「椅子」の形になった。椅子が二脚。出来上がった。


「まぁ、パッと見渡した感じ、『エディター』はいない」

 日諸さんは出来たばかりの椅子に座った。

「君も座りなよ」


「は、ハイ……」

 座る。すぐさま日諸さんに聞かれた。

「アカウント情報、よかったら見せてくれるかな」

「えーっと、ハイ!」

 情報の開示をする。日諸さんはふむふむと眺める。


「本当に新規ユーザーなんだね。しかも一作も作品がない。他の投稿サイトで書いてたとか?」

「いえ……」僕は次の言葉を告げるかどうか、迷った。


 しかし、口は開いた。


「僕はまだ『小説』を書いたことがない、のです」

 日諸さんが驚く。

「一作も?」

「一作も」

「アイディアくらいは……」

「何もないです」

「何も?」


 椅子に座ったまま、日諸さんは考える。


「嫌だったらごめんね。自殺したいとか?」

 その質問に僕は笑う。

「まぁ、そう見えるかもしれませんね」

「『カクヨム』で起きてることはさすがに……」

「知ってます。知ってて来ました」


 日諸さんはぽかんとする。


「目的は?」

 僕は日諸さんが操作したのと同じ動作で画面を展開すると、画像ファイルを起動した。それからある人物についての画像を見せた。

「……加来詠人」

 画像を見た日諸さんがつぶやく。

「知ってますか」僕は尋ねる。

「『カクヨム』ユーザーなら全員知ってるだろうね。希望の星だ」


 加来詠人。小説家。「カクヨム」黎明期からのユーザーで、「カクヨム」コンテスト第一回の優勝者である。受賞作はKADOKAWAから書籍化され、「リアルの」作家の一員となった。ここまではありそうな話。


 しかし加来詠人のすごいのはここからだ。

 おそろしいペースで本を書いた。月に二冊。三冊出したこともあった。市場は加来詠人で徐々に埋められていく。そして次第に「本屋……この本屋もVR上の、だが……に行けば必ず見かける」作家となり、やがて転換期が。


 一年間に読まれた「情報」ランキングでベストテン入りしたのだ。


「読まれた情報」とは要するにWeb上の記事……ニュース記事、雑学記事、商品紹介記事……含め、他にも景色だとか動画だとかゲームだとか、「一般人がVRを使ってネット上で生活をしていく上で目にする情報」全てのことだ。要は「VR空間上で木を見た」なんてのも「情報」に含まれる。だってVR……今更だけど説明しとくか? 仮想現実のことだよ……の世界には「木」という情報も「作らないと」立てられない。「木」も立派な情報なのだ。


 さて、加来詠人の作品は、そんな「情報」に溢れたVRの世界の中で「一年間に参照された情報ベストテン」入りした。これがどれだけ気違いじみているかは分かるだろう。


 芥川賞。


 その形式もずいぶん変わったが、加来詠人の作品が「文芸」であり、「優れている」ことは評価せざるを得ない。


 そういうわけで。


「カクヨム」は芥川賞作家を生み出した。

 そしてその芥川賞作家が……。


「失踪して、一ヶ月くらいかな」

 日諸さんがつぶやく。

「アカウントの方も見つからないらしいね」

「そうなんです」

 僕は手元を見る。〈……適用〉そんな思念をインテリジェンスアシスタントシステムに送る。

 即座に、手元に浮かんでくる、棒状の物体。

「ペン」だ。正確には「ペンタブ」だろうか。古のツール。


「預かりものがあって」僕は視線を上にあげた。これ。この「ペン」。加来詠人からの、預かりもの。

「探しているんです。『カクヨム』にはそのために来た」

「加来詠人を探す?」

 日諸さんがこちらを見る。「そんな、たいそうな話だけど……」


「加来さんは、『カクヨム』から現れた作家です」

 僕はペンを握った。

「きっと、ここに帰ってきます」


「小説をひとつも書いたことがなくて、でもあるユーザーを探していて、この荒れ果てた『カクヨム』にやってきた」

「はい」僕が頷くと、日諸さんはため息をついた。

「そういう、ちょっと変わった人たちが集まる場所が、ある」

 日諸さんは立ち上がった。

「ついてこい」


 少し、歩いたのだろうか。

 日諸さんが何かしたので分からなかった。一瞬で場所が変わる。日諸さんが手元で何かを打ち込むのはどうやらキーボード……不可視の……を操作しているらしい。打ち込み、「公開」、打ち込み、「公開」を繰り返していた。


 やがて、ある場所に来た。


〈パスワードを入力してください〉


 いきなり空中にそんなメッセージが出てくる。パスワード? 随分古いセキュリティだな……。


 日諸さんがまたも指先を動かす。「公開」。どうやらパスワードを入れたようだ。


 すると、途端に。


 空間に穴が開いた。円形のそれは縁がギザギザになっていて触れると切れてしまいそうだった。直径二メートルくらい。大人の男性が楽々入れるくらいだった。ゆっくりと、入る。


「ようこそ」

 日諸さんがぼそっとつぶやく。


 目の前に広がっていた景色。

 サーカス団でも入っていそうなでかいテントと、何人かの……十名前後の……人。正確にはアカウントか。


「『ノラ』ギルドだ」

「『ノラ』?」

「漢字でこうも書けるけど、俺たちはカタカナを使ってる」


 手元を動かす日諸さん。目の前の空間に「野良」という文字と、その次に「ノラ」という文字が浮かんだ。


「早い話が、自衛集団だ」

 日諸さんが微笑む。

「戦う『カクヨム』作家たちの集まりだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る