会員登録、及び僕に起こったこと。

Unknown様こんにちは

 Unknown様こんにちは。「カクヨム」へようこそ。


 最初。

 会員登録が必要だ。


「カクヨム」は例の事件以来もの凄い勢いで登録者数が減った。それはウィルスによって強制的に減らされた、ということと、状態を危険視したユーザーが自衛のために自主的に退会した、という二つの理由があった。


 新規の登録者は、公式が公開している情報によれば月に三十人程度。全盛期は月に六千人登録したこともあったそうなので、おそろしい減少率だ。おそらくだが、三十人は「火事を見物しに行く」タイプの人間なのだろう。


 僕も、言ってしまえば。


 その「火事を見物しに行く」人間だと思われるのだろう。野次馬。下衆な人間。そう思われるのだろう。


 ユーザー名を登録してください。


「サクライ」の状態で僕は登録画面を見る。どんな名前にしようか……と思ったが、考えるのが面倒だったのでひとまず「佐倉今里」と名乗ることにした。本名、「さくらいまさと」の区切る位置を変えた名前だ。


 佐倉今里様。「カクヨム」へようこそ。

「カクヨム」は……


「オーケー、オーケー。説明は分かったよ」

 僕は……佐倉今里は……手を振る。

「早く僕をログインさせてくれ」


 承知しました。


 一瞬、視界が光で満たされる。


 次の瞬間、見えたのは。


 森だった。正確には、木、木、木。

 ……木? 

 

 首を傾げた。リアルを模した電脳空間は山ほどある。景色を見るためのサイトだとか、絵画的なサイトだとか。


 けどここは小説を書くためのサイトで……。


 と、思った時だった。


 頭が飛んだ。比喩ではなく、本当に。


 もちろん首でくっついている体も飛ぶ。左方向に。地面に叩き付けられる。

 悲鳴も上げられなかった。痛みのあまり息が止まる。慌てて辺りを見渡す。


 ジャングルに生えていそうな葉っぱが異様に広い木。

 針葉樹。

 草がそのまま大きくなったような木。


 生えている木に統一感がなさすぎる。これは、もしかして……。


 ――小説の中で書かれていた『木』がそのまま引っ張り出されているのか。


 そう、納得する。もちろん言葉は出てこない。止まった呼吸を何とか取り戻す。


 地面に手をつき立ち上がる。土。砂。泥。様々なテクスチャで地面が覆われていた。これらも「小説」から引っ張り出されたものだろう。立っていた場所がたまたま土だったので体に土が付着したが、一歩でも……文字通り一歩でも……間違えていれば流砂か泥沼の中にいたということになる。


 体がぐらつく。視界も不安定だ。今の一撃で平衡感覚のシステムに異常が……? と思った時だった。


 足が払われた。再び地面に叩き付けられる。口の中に鉄の味。こういうところまで厳密に再現されるんだな。すごいな「カクヨム」のシステム。


 しかし今度はそれだけでは終わらなかった。

 腕が動かない。足が……。気づくと、蔦や根っこのようなものが体に巻き付いていた。


 ……分かった。


 木が攻撃してきているのだ。木そのもの。根っこ。木に絡まっている蔦。それらが一斉に攻撃を仕掛けてきている。

 何とか頭を持ち上げて視界を確保した、その時だった。


 影。

 視界が暗くなる。


 本能的に危険を察知した。認識は、それに遅れてやって来る。


 大木が、倒れてこようとしている……。


 いや、厳密にはそれが大木の幹なのか、枝なのかは分からなかった。

 ただおそらく人の腕二抱えはありそうな太くて大きな丸太が、自分に倒れ掛かっていることだけは、認識できた。


 もう死ぬのか。

 垢BANか? 

 リアルへの影響は? 

 しまった。利用規約を読んでない。

 場合によっては死ぬのか? 

 VR装置の中で? 

 あ、そんな事例は……山ほど……。


 様々なことが脳裏を駆け巡った。その瞬間だった。


 間抜けな音が聞こえた。そう、無理矢理擬音語にするなら、「すこん」というような。一瞬で、僕の頭上を覆っていた影が消えた。と、いうよりは移動した。僕から、かなり離れた地点へ。


 潰れるような音を立てて、木の幹が……枝の可能性もあるが……倒れた。

 続いてひどく鈍い音。何かを蹴飛ばしたような。


 ふらりと、人影。

 僕の体に巻き付いていた蔦や根っこが剝がれていく。周囲に乱立していた木々が音を立ててその場を去っていく。あいつら、動けるのか。ってことは、やっぱり「エディター」によるものだな。そんなことを思っていた時だった。


「大丈夫?」


 低い、男性の声。

 多分結構、いい歳。

 そんなことを思いながら視線を上げた。手が、大きくて、節くれだった手が、差し伸べられている。


 それが左手であることは後から認識できた。

 僕はその手をとって立ち上がる。彼の右手が見えた。


 陽炎のような、何か。

 しかしそれは一瞬で彼の手から消えた。続いて彼は、その陽炎を持っていた手でバシバシと僕の体をはたく。


「俺がいてよかった。見た感じ、新規ユーザー?」

「あ、えと、はい……」


 僕は何とか言葉を紡ぐ。助けてもらった。何者だろうこの人は。アシスタントインテリジェンスシステムT.O.N.Y.に思念を送る。〈この人の情報は?〉


 しかしすぐさま、僕を助けてくれた彼の方から情報を開示してくれた。


「俺の名前は、日諸畔ひもろほとり


 表示された情報を見る。日諸……畔……何とか名前を飲み込む。続く情報はおそらくID。「@horihoho」。さらに紹介文。「趣味で小説を書き始めました。オタクの妄想を文章にしているだけですが……」全文はタップしないと見られないようだ。フォローしているユーザー三百四十五人。結構いるな……そんなことを思った。


「俺は『君の姿と、この掌の刃』の作者だ」


 その小説は読んだことなかったが、おそらくこれだけは言えた。

 彼の作品は「切断系」の能力を持つ主人公なんだな。あの幹を……枝かもしれないけど……を切ったってことは。


 これが僕と彼との、最初の出会い。

 日諸畔は穏やかな表情で僕を見ていた。

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