Reincarnation

澤田啓

第1話 21回目の……

 私がこうして迎える21回目の春、この桜が舞い散る4月は私にとって憂鬱で物悲しい季節なんです。


 あの春の日に私は大切な人を失いました、そう21年前の春もこんな風に桜が咲いて……散り始める頃合いだったでしょうか。


 あの日……あの時……あの瞬間、私が繋いだ手を振り解かなければ……21年後の今日は、私にとって大いなる喜びだったのかも知れませんね。


 でも、後悔は先に立たずって言葉が……人生の真実を表しているってことは、誰よりも私自身が良く知っていますし、世界中の他の誰よりも痛感しています。


 もしかしたら……私はこの手に小さな生命を抱き締めて、あなたの隣で幸せな気持ちでこの桜を眺めていたのかも知れませんね。


 そんなことばかり考えて、毎年の桜を凝と……私の幸せの全てを奪っていったこの春の日を、恨めしいような哀しいような気持ちで過ごしてばかりいるのです。


 私があなたと出会ってからずっと、どんな朝もどんな夜も……あなたの愛に包まれて過ごして来たことだけが、私の喜びであり笑顔であり、私からあなたへの無償の愛に対する返礼であったのは知っていますか。


 あの日も私は幸福の絶頂にありました、真新しい服を着てあなたの隣……いつも私の指定席だったあなたの左手の温もりを感じていられる場所で、あなたの顔を見上げて色んなお話をしていましたね。


 でもあの瞬間……何が起こったのか私も確かなことは覚えていないのだけれど、多分……いつもあなたが言うような、下らない冗談が始まりだったのだと思います。


 プリプリと腹を立てた私はいつものようにあなたの手を振り解いて一人、速足であなたの隣から離れて行ってしまいました。


 まさか……そんな些細なことが、私とあなたの人生を別つ出来事の始まりだったなんて……あの時の私にもあなたにも、到底予測なんて出来ないことだったと思います。


 いつもの軽口と怒ったフリと……そしてあなたの謝罪と笑顔、そしてそれを仕方がないことだと言って許してあげる私の笑顔、いつもの下らないゲームが終わった後のあなたからの優しい抱擁、そして二人の時間はいつものようにずっと続いて行くのだと信じていました。


 だけどあの日は、私の怒ったフリが少しだけ長くて、少しだけしつこかったのかも知れませんね。


 そんな私の後を追って小走りで駆け寄るあなた、いつもの優しい微笑みで……私に向かって笑顔で両手を広げていたことは、今でもしっかりと覚えています。


 そんなあなたに対して私は、まだ怒った表情のまま、ほんの少しだけあなたから離れるように駆け出しました。


 そうして駆け出した私の後を追ったあなたは、私の名前をいつもより少し大きな声で呼びましたね。


 その声に驚いた私は立ち止まり、あなたの顔を振り返って見ていました。


 あなたの顔はいつもとは違う表情で、怒っているような真剣な表情だったことを私は今でも覚えています。


 もう一度あなたは私の名前を大きな声で叫ぶように呼ぶと、私の許へと走り寄ってきました。


 その顔とその声に怯えた私は、もう一度あなたの差し伸ばされた手を振り払ってしまったのです。


 その瞬間のあなたの姿は21年経った今でも、私の脳裏に焼きついたまま離れることはありません。


 大きく見開かれたその眼、叫ぶように大きく開かれたその口、そして私に届けとばかりに力一杯伸ばされたその指先が……今でも忘れられない記憶となって、私の子供じみた愚かさと共にずっとここにあるのです。


 その後のことも、私はずっと見ていました。

 

 あなたが車に撥ねられた私の躰を抱き締めて、大きな声で叫んでいたことも……そして私が死んだ後もずっとあなたが自分自身を責め続けて来たことも……………。


 お父さん、あの日のことはあなたに責任はないのです。


 そう言って笑って、あなたに抱きつきたいけれど……私にそれは、それだけはもう出来ません。


 だから……誰かあの人に伝えてあげてください、お父さんが私のお墓の前で泣きながら後悔の言葉を叫び続ける限り……私はここに縛り付けられて、ずっとずっと離れられないのです。


 お願いします……誰か……あの人に……お父さんと私を……この呪縛から解き放って……お願いします………………………。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Reincarnation 澤田啓 @Kei_Sawada4247

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説