3.逮捕
「無論だ」
義水は瞳を抱えたまま、救急車を呼び、病院へと向かった。瞳は遠野たちに血液を抜き取られ、その上両手の傷から失血し、出血性ショック死の一歩手前だった。しばらく入院を余儀なくされるということだった。
一方の水牙は、よろめきながら俺に近づき、膝を折った。乱暴に俺の体を瓦礫から引きぬくと、水牙は俺の頬を叩いた。
「真幌。しっかりせい!」
俺がその声に反応して目を開けると、最初に飛び込んできたのは朝日の眩しさだった。そして、徐々に滲んだ視界に水牙の顔が輪郭を持ってくる。
「水牙? 瞳は?」
「今、義水と病院や」
「そうか。良かった」
体中が軋みをあげ、激痛が走った。どうやら動けそうにない。
「待ってろ。お前にも救急車呼んでやるから」
「……、らな、い」
「え?」
「俺には、いらない」
「何言うとんのや?」
「警察に、電話、し、て」
俺は助かってしまった。人を大勢殺しておきながら、俺だけ生き残ってしまった。瞳や水牙、義水だけが生き残るべきだったのに。俺は学校で人を殺した。教団で信者たちを焼き殺した。俺のせいで、サブロウを死なせた。遥も七里も、死なせた。そして九重と八百万の父子も殺した。最後には、百田や遠野、彫り師まで殺した。俺が弱かったせいで、こんなにも多くの人が死んでしまった。それは許されないことだ。
「あほか、お前!」
水牙は俺の胸ぐらを乱暴につかんで、俺を揺さぶった。
「そないな事いうなら、何で全部のタトゥー燃やしたんや?」
全ての罪を、俺が背負うことはないと、水牙は言いたかったのだろう。しかし俺は償わなければ、これからどうやって人間として生きて行けばいいのか分からなかった。俺には水牙たちのように、責任を持って生きていけるほどの矜持がない。人間として、弱いのだ。俺がもう少しだけ強い人間だったら、死ななくて済んだ命は沢山あった。しかし、もう死んでしまった人々には、謝罪すらできない。だから、せめて誰かに俺を裁いてほしかった。確かに、タトゥーをこの世からなくすことで、一定の義務は果たしたと思う。そうでなければ、また誰かがタトゥーを受け取って、不毛な戦いに身を投じることになり、悲劇は繰り返されただろう。それを阻止できたことは、本当に良かったと思っている。
「ごめん、水牙。でも、俺は水牙たちに出会えて良かった。水牙たちみたいに、俺も強くなりたかった。だから、ごめん」
「謝るな!」
いつの間にか、俺も水牙も泣いていた。そういえば、水牙が泣いているところを初めて見た。水牙たちには、これから新しい人生が待っている。タトゥーがない日々が始まるのだ。それが水牙たちにとって、どのような意味を持つのかは分からない。でも、命を削って戦い、呪いによる制限があったこれまでとは違った世界だろう。特に瞳にとっては、初めての世界となる。生まれる前にタトゥーを譲渡された瞳が、これからどんな人生を歩むのか楽しみだった。
仰向けになった俺の視界に入ってくるのは、久しぶりの青空で、その青さが目に染みた。こんな風に青空を見上げたのは、いつぶりだろう。もう二度と戻ることができない日常が、今はとてつもなく恋しかった。繰り返されるばかりの日常は、ほんの少しの綻びから瓦解する。ああ、もう少しで、高校生活も終わりだったのに、と今になって思う。俺たちが当たり前に暮らしていることこそ、こんなにも尊い。そしてそれは、当たり前などではけしてない。普通であることの大切さを感じながら、俺の普通の生活は終わりを迎えるのだ。
水牙は、警察に通報して、俺から離れた。俺は警察管轄の病院に入院することになり、回復を待って逮捕されることになるのだろう。放火や放火殺人の重要参考人という扱いであったが、俺はなかなか話ができるまでに回復せず、警察には苦労と迷惑をかけただろう。そして、何より俺の犯行を捉えた防犯カメラや被害者の殺害方法については、現実的な殺害方法が割り出せなかったため、俺の自白と状況証拠だけの逮捕となるはずだ。
俺はまだ二十歳前だ。それが今後どのように裁判や刑に影響するかは分からない。それでも俺は、極刑を望むつもりだ。命は尊い。数々の俺の犯行は、許されるものではない。自分がしたことには、責任が伴う。誰のせいにもできない。償うのは自分自身でしかない。
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