八章 焼却と贖罪

1.不可能

 何かがおかしいということには、三人とも気が付いていた。今俺たちの側にあるのは、地獄絵図、水墨画、植物画のタトゥーだ。それなのに、遠野と百田が選んだ場所は、川沿いにある廃校。水も植物も多くある場所だ。つまり、水墨画と植物画のタトゥーには有利な場所なのだ。そこをあえて選んだということは、何か罠があるということだ。

 廃校は、避難所に指定されているため、予備電源があったのだろう。窓から煌々と明かりが漏れている。静かに様子を伺いながら、廃校の体育館に裏から近づくと、不意に風向きが変わった。上手にある体育館からはガソリンの臭いがした。


「そういうことか」

「やっぱり、俺のタトゥーを封じてきたみたいですね」


おそらく、体育館の中はガソリンまみれだろう。気化しやすいガソリンはあっという間に体育館に充満し、わずかな火の気で爆発的に燃えるに違いない。そこに瞳がいれば、絶対に俺がタトゥーを使わないと、遠野と百田はふんでいるのだろう。


「ほな、水墨画のタトゥーで天上の窓に穴開けて、まずはガス抜きや」

「俺たちは百田を引き付けるさかい、真幌は瞳を助けに行け」


つまり、遠野の静物画のタトゥーに対峙するのは、俺だということだ。


「行くで!」


水牙は肩を回してから、川から水を吸い上げる。その水は矢の如く体育館の天上付近の窓を割った。ガシャンと大きな音がして、ガラスが体育館内に落下した。そんな時、後ろから声が上がった。


「マウス君たち! わー。三匹もいる。一網打尽ってこういうことを言うんだね」


百田が、銃口を向けて立っていた。遠野と百田が離れた場所にいるということは、想定外だった。体育館で瞳に付きっ切りになっているだろうと思っていたからだ。しかし、百田は初めから俺たちの近くで草むらに隠れていたのだ。完全に後ろを取られた。これではタトゥーの力を使おうとした瞬間に、銃殺されてしまう。しかし、これで怯む水牙と義水ではなかった。二人同時に、逆方向に動き出す。


「行け! 真幌!」


俺は声に背中を押されるように、体育館の窓を割って入った。出入り口が錆びていて、ここを開けた時に、火花が散ると発火してしまいそうだったからだ。


「これ、使ってみたかったんだ」


拳銃ならば、弾の数に限りがあるはずだ。それをどうにか耐えれば、タトゥーを持った二人が百田に負けるはずがない。だから、俺は銃声を聞きながらでも、冷静でいられた。




 体育館内は、予想通り油まみれだった。ガソリン独特の臭いが鼻を突く。そして、誰の姿も見当たらない。瞳はどこへ行ったのか。遠野はどこにいるのか。今度こそ後ろを取られないように、俺は壁に貼りついていた。


「瞳! どこだ⁉」


体育館の中に俺の声だけが反響する。ギャリーや倉庫などに遠野の姿を捜すが、見当たらない。しかし、二つある倉庫の一方の扉に、隙間があった。わずかな隙間であったが、そこに瞳がいるようにしか思えない。しかし、これが罠だということも分かっている。俺が駆け出した瞬間、遠野は静物画のタトゥーを行使するだろう。俺は仕方なく、壁に背を預けたまま、じりじりと移動することにした。周りを警戒しながら、角を曲がり、壁伝いに移動する。まだ遠野の姿が見えない。やがて、俺は倉庫の壁に移り、隙間に手をかけた。遠野がいないことを確認して、倉庫の扉を開く。その中には、椅子に縛られてぐったりとした瞳の姿があった。跳び箱やボールなど、スポーツ用具に隠されるように、青ざめた瞳が、学校の教室でよく見かける椅子に、ロープで手足と胴体を縛られていた。


「瞳!」


俺が瞳に近づくために壁から背中を話したと同時に、二人の声が重なった。


「動くな」

「危ない!」


瞳が無理な態勢で俺を吹き飛ばし、遠野は大きく舌打ちをした。


「まだ、そんなに動けたのか。なら、もっと血を採っても大丈夫だったのにな」

「真幌、火を放って」


瞳は遠野を睨みつけたまま、俺にそういった。


「爆発するぞ?」


遠野がそう言って俺を牽制する。ここで火を放ったら、体育館ごと吹き飛ばされてしまう。いくら死を覚悟の上の戦いだとしても、そんな終わり方はないだろう。瞳だけでも、助けなければならない。


「そういえば、お前の仲間は大丈夫か? 百田に何の勝算もなく、あの二人の相手をさせたと思っているのか?」

「どういうことよ?」

「あの拳銃には、無尽蔵に弾が補充される仕組みになっている」

「そんなこと、できるわけないでしょう?」

「そうかな?」


遠野は薄く笑った。そして、遠野の横にぴたりと影が張り付いた。影だと思われたのは、漆黒の着物を纏った彫り師だった。彫り師は着物の袖をたくし上げて、腕を瞳に見せた。


「それは……!」

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