4.拮抗

◆ ◆ ◆


 義水と水牙が見つめた視線の先には、ボロボロになりながらも炎を纏う俺の姿があった。火を身に纏っていれば、とりあえず、九重からの攻撃は避けられる。しかし、八百万が放つ突風が炎を後方に流してしまうと、隙ができる。まさに一進一退の攻防だった。その八百万の背中を切りつけたのは、水牙だった。水の刃が八百万の背を大きく切り裂くが、傷は浅い。空気の壁が咄嗟に刃を阻んだからだ。水牙は大きく舌打ちをした。


「八百万様!」


遅れをとった九重は、八百万のもとに馳せ参じようとしたが、八百万の方がそれを制した。


「九重」

「承知いたしました」


九重が八百万の背中を守るために、二人は互いの背中を預けた。八百万はそれだけ、九重を信頼しているということっだ。


「小僧どもめが」


空気が渦巻き、鎌鼬になって水牙を襲う。四方八方から飛んでくる鎌鼬をかわしながら、水牙は水鉄砲で八百万の急所を狙う。しかし、そこを九重が体を張って守る。両者が一歩も譲らないまま、膠着状態が続いた。

 しかし、風景画のタトゥーがいくら強力であったとしても、相手にしているのは水墨画のタトゥーと地獄絵図のタトゥーという攻撃型のタトゥーだ。消耗戦になれば八百万が不利だ。そして俺はもう、ただの一般人ではなくなっていた。揺らめく炎を身に纏い、風が運んできた空気を利用していくつもの炎の塊りを、八百万の頭上に降らせた。降り注ぐ火の玉から、九重が八百万に覆い被さって庇った。水蒸気が辺りを白く染める。


「九重!」

「よか、った。ご無事で……」


九重の執事服は焼け焦げて、溶けた部分が九重の皮膚に貼りついていた。重度の火傷を負っていて、誰が見ても、もう九重は助からなかった。


「しっかりせんか、九重」

「申し訳、ございません。父上」


首を折った九重は、もう二度と目覚めることはなかった。


「息子さん、だったんですか?」


俺は思いもよらぬ九重の最期の言葉に、痛みを感じた。親子だからこそ、九重に八百万は背中を預けた。つまり、この二人は姓が違っていたが、本物の絆があった。八百万は地面に九重を寝かせてから、答えた。


「血は、繋がっておらん。施設から引き取った養子じゃよ」


つまり、瞳とサブロウと同じような境遇の二人だったということか。


「あなたに勝ち目はありません。息子を失ったあなたなら、瞳の境遇にも理解があるでしょう? 今からでも遅くない。俺たちと一緒に戦ってくれませんか?」


俺のこの言葉が、八百万の逆鱗に触れた。カッと目を見開いた八百万は、風を纏い、言い放つ。


「九重を殺した奴らの仲間になど、誰がなるものか!」

「だったら、どうしてタトゥーのパートナーにしたんや?」

「お前たちには分かるまい。ここで全員、死んでもらう」


そこにいたのは、一人の老人ではなかった。暴風の中に一人で佇む夜叉だった。俺も炎を纏い、八百万に対峙する。体はもう限界を通り超えている。それは手負いの八百万も同じ。おそらく、次の激突で勝負が決する。


「水牙、義水。巻き込まれないようにしておいてくれ。制御できないかもしれない」


もしかしたら、飛び火して延焼するかもしれない。それでも、今、全てを賭けてやるしかない。


「応えよ、タトゥー!」


俺は夜空に向かって、拳を高く突き上げた。炎が風を焼き払い、地面を走る。そして夜空を焦がして、炎が鳥のような姿で八百万に突っ込む。吹き荒れる暴風が、炎から八百万を守っていた。しかし、次第に風が押しつぶされ、炎が八百万に迫った。


「ここまでか」


八百万はついに炎の中に呑み込まれて、その場に伏した。その場には肉が焦げた独特の臭いが立ち込め、八百万の死体は顔さえ分からないくらいに焼け焦げていた。その無残な死体から、一匹の蜘蛛が這いだし、俺のタトゥーに飛び移ると、そのまま俺の腕の中に消えた。

 俺は、八百万と九重の死体を並べ、少し離れたところに遥の死体も並べる。サブロウをのぞくタトゥー保持者とその相棒がそろっていた境内に残っていたのは、結局、俺と水牙、義水の三人だけだった。


「さて、早いとこ瞳を探さなあかんな」

「研究所?」

「いや。そんな分かりやすい所おらんやろ」

「じゃあ、一体瞳はどこに?」


俺は、瞳が電車の中で話していた話が気がかりだった。

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