8.襲撃

「力を水球に裂けなくない状態になったって事よ。敵襲か大怪我をしたか、あるいは……」

「どうして、こんなことに」

「完全に裏をかかれたわね。私とあなたが一緒なら、こっちを狙うと思っていたのに」

「でも、水牙も強いし、遥もいるから、大丈夫だよね?」


俺のこの言葉に、三人は黙り込んだ。そして、言葉を紡いだのはやはり瞳だった。


「遥はどれくらい信用出来ると思う?」

「どういう意味だ?」


遥は水牙になついているように見えた。しかし考えてみれば、七里を殺したのも、教団を崩壊させたのは、俺たちだ。そもそも、遥と七里は百田たちと繋がっていた。遥が俺たちを恨んでいても、おかしくはない。もしも、遥が百田たちに寝返ったらと思うと、ぞっとした。そして、もう一つの可能性に気付く。遥のタトゥーの能力は、他人を傀儡にすることが出来るというものだ。最悪の場合、俺たちは水牙を敵に回す事になる。この状況に、一番苛立っていたのは、いつも無口な義水だった。水牙が心配でならないのか、殺気立っているのが俺でも分かった。立っていても仕方がないと瞳に促されたが、座っていられるような心境にはなかった。結局四人とも、終点まで立ちっぱなしで窓の外を眺めていた。

 

 ドアが開くと同時に、俺たちは駆け出した。水牙のいる神社のある駅まで、さらに在来線を乗り継がなければならない。


「サブロウ。直線距離で水牙の様子を見に行って」

「分かった」


サブロウは隼に変身して、駅のホームから飛び立った。義水の後を瞳と俺が追う形となるが、相変わらず俺は最後尾だった。気持ちだけが先走り、足がもつれそうになる。ホームからの階段を、義水は一段とばしながら駆け上り、在来線のホームに移動して、発車時間を待っていた電車に乗り込んだ。瞳と俺がそこに駆け込むが、すでに義水は電車の中で時計をにらみ、貧乏ゆすりをしていた。義水と瞳はほとんど息を切らしていなかったが、俺は相変わらず息が苦しかった。ようやく発車時刻となり、在来線が動き始める。


「掌で転がされるっていうのは、こういうことを言うのね」


瞳は苛立った息を吐きながら、そう言った。


「でも、彫師の考えが分かった気がする」

「目的ってこと?」

「ええ」


頷いた瞳だったが、言葉を吐き捨てるようだった。義水もこれには反応して、瞳の方を見た。


「何て狡猾な奴!」


瞳は地団駄を踏むように言った。それは俺も義水も同じ気持ちだった。タトゥーの能力保持には、必然的に集団を形成しなければならない仕組みになっている。そしてその集団同士はタトゥーを奪われないように反目し合う。それはタトゥーに時限爆弾が仕込まれているからだ。自分を強化する能力と、自分を害する毒。この相反する二つを同時に組み込むことで、タトゥー保持者集団同士に殺しあいをさせることに成功している。この構図は、彫師が用いた蟲術に酷似している。


「つまり、私たちは彫師の手の上で殺しあいをする蟲ってことよ」

「じゃあ、殺しあいをさせて最後に残ったタトゥー保持者は、生きながらにして彫師の術に利用されるってこと?」


瞳は無言でうなずく。それが答えだった。


「そんな」


あってはならない事だ。人間は玩具ではない。術の道具でもない。一体このタトゥーのせいで、どれだけの人の人生が狂わされてきたのか。俺は密かに拳を握り締めた。

在来線が目的の駅に着いた。神社に向かってホームを走る。しかし駅から出た時、一羽のカラスが瞳の足元に墜落して来た。そのカラスは人語を話した。


「に、逃げろ」

「サブロウ!」


瞳の声に安心したのか、カラスはそれきり動かなくなり、人の姿に戻った。地面には大量の血痕があり、サブロウの両足は無惨に折れていた。


「サブロウ!」


周りの駅の利用客たちが騒ぎだし、駅員が飛び出してくる。誰かが呼んでくれた救急車のサイレンが近づいて来る。


「真幌、あなたにサブロウを頼んでもいいかしら?」

「でも、瞳が行くべきだ」

「分かってる! だからこそ御願いしてるのよ! 私がサブロウの仇を取るの!」

「真幌」


無口な義水が、初めて俺の名前を呼んだ。


「俺からも頼む。この傷口は、水墨画のタトゥーのものだ」


どうやら、一番恐れていた事が現実となってしまったようだ。


「義水は水牙と戦うのか?」


義水は鼻を鳴らして、うなずいた。俺もうなずく。そうしている間に、救急車が駅前に到着した。サブロウがストレッチャーに乗せられる。意識はない。


「俺もすぐ行くから」

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