6.弱い者いじめ
俺の言葉はすぐに流され、瞳を地下の駐輪場に置き去りにする。俺と義水がバスを待つふりをしながら、駐輪場の出入り口に待機し、サブロウは鼠になって駐輪場でのトラブルに備える。瞳は駐輪場をゆっくりと歩いていた。夕暮れの空が夜へのカウントダウンを始めている。雪がちらほらと降り始め、足早に人々が過ぎ去っていく。高校生の姿が多くなり、駐輪場の利用も増える時間帯になったようだ。大学生はいつ頃になったら帰宅するのか。俺を含めて、四人は誰も大学生活の経験がなかったから、予想できなかった。ただ、授業の他にも、サークルやアルバイトをしている大学生が多いと聞く。そう考えると、大学生の駅の利用時間は疎らになるのかもしれない。寒さに耐えて一時間が経とうとしていた。タトゥーの他に何ら特徴がない青年を見つけるのは、思ったより難しかった。今は若者の間でタトゥーがファッションとして流行っているし、タトゥーのシールまで売っているのだ。それを見つけ次第、声をかけなければならない。
動きがあったのは、暗くなりかけた頃だった。黒いパーカーにジーンズ。黒髪をワックスで整えた青年が駐輪場に自転車で入っていった。それに反応したのは、義水だった。何も言わずに駐輪場に向かって歩き出す。俺もその動きにつられて、駐輪場に入る。息が白かったが、駐輪場では白さが目立たない。少し濡れた駐輪場は静かだった。青年は俺と義水の尾行に気が付かずに、自転車を停めて降りる。その横を瞳が通り過ぎようとした。その時、青年はいきなり瞳の腕を掴んだ。
「何ですか?」
瞳の声が反響する。いざとなれば、駅の近くに交番もある。俺と義水は自転車の陰に隠れて、見張りを続けた。瞳が合図を出すまでは、我慢だ。不快そうに見上げる瞳に、青年は口角を上げた。まるで、いたぶる相手を見つけたサディストの目だった。
「放して下さい」
瞳がつかまれた腕を引っ張ると、瞳の腕に彫られたタトゥーが、ちらりと見えた。青年は感心したように息をもらした。
「かわいい顔して、結構やるね。お兄さんと遊ばない?」
「お兄さんもタトゥーがあるのかしら?」
「ああ。同類だよ、君と」
青年が腕をまくると、そこには青黒い龍のタトゥーがあった。
「それは、どこで?」
「そんなのいいじゃん、別に。こっち来いよ」
男が強引に瞳の腕を引っ張った時、一匹の鼠が飛び出した。男は驚きのあまり一瞬怯み、鼠を手で払い飛ばした。しかし鼠は空中で犬の姿に変わり、身を翻して着地した。
「何なんだ⁈」
男は踵を返したが、駐輪場に溜まっていた砂に生えた雑草が、男の足首に巻き付いた。
「逃がさない!」
次々に目の前に起こる異常な現象に、男はやっと自分の立場を理解したようだ。すっかり怯え切った男の前に、俺と義水も駆けつける。男はますます腰が引けていた。男は地面に尻もちを着いて、後ろで唸る犬や目の前の瞳、出入り口をふさぐ俺と義水を見回した。
「何なんだよ、お前等⁈」
「別に。只者だけど? そのタトゥーを彫ったのは最近? どこで?」
「最近だよ。彫ったのは大学の裏門から少し坂を上ったところの、サロンの二階だ」
「特徴とか、目印はある?」
「外壁が派手な円形の建物だから、すぐに分かる」
男は情けないことに、半べそをかいていた。元々は気の弱い人間だったのだろう。瞳は呆れたように、男の前にしゃがんだ。男は引きつった声を出して身を引いた。
「弱い者いじめは駄目よ。今度やったら、警察じゃ済まないかもしれないわよ」
植物が男の足を急激に締め上げ始めた。
「痛い!」
「このまま、骨を折ってもいいんだけど、今回は情報をくれたから、見逃してあげる」
植物がしゅるり、しゅるりと音を立てて男の足を解放すると、男は前のめりになりながらその場から逃げ出した。
「もうすぐ夜になる。外観が分かる内に行きましょう」
「でも、どこの大学か聞かなくて良かったの?」
「バスでも自転車でも通える大学なら、駅から一番近い大学でしょ?」
俺たちは駐輪場を出て、近くにあった地図を見る。駅から遠い大学が多い中、一つだけ駅から近い大学があった。地図上には円形の建物も載っていた。
「ここね。行きましょう」
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