4.事件
「タトゥーを探せ」
「はい」
「他には?」
「何も」
社長は首を振って、緊張の糸が切れたように息を吐いた。肩の荷が下りたかのようだった。これで、やっとこの不気味な伝言を忘れられるという風に見えた。俺は礼を言って、不動産屋を後にした。外で待っていた三人にこの話を伝えると、三人とも難しい顔をした。そして瞳が吐き捨てるように言った。
「まるで、私たちを掌に載せて嘲笑っているみたいね。手がかりがないと見せかけて、ちゃんと足跡を残してる」
確かに、瞳の言う通りだった。
「でも、本当に彫師は死んだのかしら?」
「どういうこと?」
「入れ替わったということか?」
サブロウが反応した。
「そう。その弟子が彫師で、死んだのが弟子だった可能性もある」
「なるほど。あり得る」
「タトゥーを探せば、彫師に辿り着くはずだよ。きっと」
「そうね。駅に戻りましょう」
俺たちはうなずいて、街を行き交う人々に注意を向けながら駅に戻った。もう夕暮れ時だった。ずっと曇天のせいか暗くなるのが、早い気がした。
駅に戻った俺たちは、手分けしてタトゥーをしている人を探すことになった。改札前に瞳とサブロウ、駅直結のシンボルビル入り口に義水。そしてバスプールやタクシーの待合所前に俺がいる。駅は暖房と人の熱気で暑かった。もしかしたら、駅の構内までは腕をまくってくる人もいるかもしれない。瞳がタトゥーをした男を見つけたのは、俺たちがそれぞれの配置に着いてすぐの事だった。
「私一人で行くわ」
「しかし」
「どうせ、一般人よ」
そう言い残して、サブロウのもとを離れた瞳は、首筋に黒いタトゥーを入れた男に近づいて、声をかける。
「素敵なタトゥーですね」
男は振り返り、瞳に驚いた表情を見せた。
「どこで彫ったんですか?」
瞳がたたみかけるようにきくと、男は頬を上気させた。
「君、タトゥーに興味あるの? だったらこれから一緒に……」
そう言いかけた男の前に、サブロウが見かねた様子で立ちふさがる。男は腹を立てた
様子もなく、瞳をちらりと見て、人ごみをかき分けるように逃げ出した。しかし、瞳とサブロウにすぐに捕まる。
「お金は持っていない」
男は情けない声で言った。どうやら瞳とサブロウが組んで、「オヤジ狩り」なるものをやっているのだと勘違いしたようだ。つまり瞳を狙っていたということだ。サブロウが男を抑えて、瞳が尋問する。駅の中ではかなり目立つが、仕方がない。
「そのタトゥーはどこで彫ったの?」
「あの、事件の前のタトゥーショップでだよ。本当だ」
この男は先ほど俺たちが見たテナントで彫ったのだ。つまり、事件後の彫師の足跡を追うには至らない。サブロウと瞳は男を解放し、男は一目散に逃げていった。
「片っ端からタトゥーを探しても、意味ないわね」
「そうだな」
「一度皆で考え直しましょう」
俺たちは再び集合して、知恵を出し合った。もちろん、先ほどの男のことも話題になった。ただやみくもに動いても見つからない。しかも、逃げた男のように以前のテナントで彫っていては意味がない。
「ちょっといいか?」
俺は話を一度止めた。
「彫師が彫ったタトゥーは、全部オリジナルなんだろう?」
「そうだけど?」
「じゃあ、呪いや能力もあるのか?」
「それは違うわ。彫師が蟲毒を用いて彫ったものにのみ、呪いと能力があって、今のところは新しい能力と呪いを持ったタトゥーは、確認されていない」
「そうか」
俺は肩を落とした。もしもオリジナルがすべて能力付与できるなのなら、何か能力で事を起こせばやって来ると思ったのだ。
「でも、そうか。事件、ね」
瞳は考えるようにうなずいた。遥の事を思い出したのだ。普通のタトゥーショップは、客を受け入れる側だったが、追っている彫師は客を自ら招いている。しかも、能力に飢えているような存在を狙って声をかけていた。もし、今でも同じことをやっているのなら、客はタトゥーに魅入られて、気が大きくなる。自分が弱かった分、弱い存在に牙をむく可能性が高い。瞳は地図を頭の中で広げる。インターネットの地図だから、最新の地図情報になっているはずだ。事件があったタトゥーショップが表示されているのなら、近くに今でもタトゥーショップがあるはずだ。間違ってはいない。ただ、情報が足りないのだ。瞳は外に目を向けた。駅ビルから見ると、人々が多く足早に行き交っていた。そんな中、段ボールを持った男が目に留まった。皆が急ぎ足で駅から遠のいていくのとは反対に、駅のホールに留まっている数人の男女がいた。瞳は弾かれたような顔をして、おもむろに歩き出した。
そして瞳は腕をまくって、一人のホームレスの男性に声をかけた。男性は瞳を見て体を震わせて、身を捩った。男性は何もかも捨てて、逃げ出そうとしている。明らかに瞳に怯えている。
「待って」
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