2.物件

 俺たちが電車を乗り継いで向かっているのは、北にある地方都市だ。遥の証言によれば、自画像のオリジナルを彫った店は、海沿いではなく街中だった。しかも、他の店に隠れるように、ひっそりと施術を行っていた。つまり、彫師は海沿いに店を構えていない。そして、遥は本州から出たことがない。こうなると、本州の海沿いに集中しているタトゥーショップは、全て選択肢の中から消すことが出来る。すると内陸部にあるタトゥーショップが残されるが、それは大都市圏以外それほど多くない。遥の記憶が頼りだが、幼い時に車で自宅とは離れた場所で捨てられた遥は、それほど鮮明に住所を覚えていなかった。しかし遥の話し方や些細な訛りから、サブロウがある地方都市を思い出した。各地の霊場や霊山を修行の場としてきたサブロウの推測に、俺たちはそれに賭けてみることにした。

 電車が終点に着いた。聞いたことがないメロディが鳴っていた。義水が目覚めて、サブロウと一緒に荷物を持ってくる。人の流れに乗って、外に出る。そこにはビルや商業施設が所狭しと並んでいた。吐き出す気が白い。鈍色の空はまだ雪を抱え込んでいるように見える。それさえなければ一見して、ここが地方の都市だと忘れてしまうような光景だった。


「ここからどうするんだ? 地図にあったタトゥーショップに行くのか?」

「そうするしかないわね。同業者なら情報を持っているかもしれないし」


本州は海沿いにタトゥーショップがあり、都市部には内陸にも多い。おそらくタトゥーの需要は人口の多さに比例しているのだろう。特に若者の需要が多ければ、内陸部にも多くなる。この内陸部の地方都市には、タトゥーショップが一軒しかない。


「でも、こんな危ないタトゥーを公に施術しているとは思えない。もっと別な探し方

をした方がいいんじゃないか?」

「別って?」

「タトゥーをしている人を探すとか」

「どうやって? 日本ではタトゥーをあまり他人に見せない風潮が強いけど?」

「それも、そうか」


まして今は冬だ。人々の肌の露出は少ない。そんな中街を行き交う人々に、いちいち聞いて回るのは現実的ではない。


「全く、考えなしなんだから。ほら、行くわよ」


瞳に続いて駅のバスプールに降りる。市街地の定額巡回バスに乗り、流れる風景を見ていた。中では日本語とは思えない言葉が行き交っていた。全国チェーンのドーナッツ屋。カラオケ店にバル。パチンコ屋。居酒屋やコンビニが多い。それからビジネスホテルや大きなデパート。駅前は仕事帰りの人々に向けた店が多く並ぶ。地方都市版の新橋と言ったところだろうか。駅前の大通りを大分進み、やがて折れる。街の中心部と思われるところで降りる。こちらは本屋にカフェ、パン屋に八百屋、文具店と、いかにも学生街といった様子だ。その通りを歩き、小道に何度か折れる。そのたびに人通りが少なくなり、アパートや寺などが並ぶエリアにでた。さらに小道を行くと、二階建ての建物があった。


「ここね」


瞳がその建物の前で足を止めた。その建物にはテナントを募集する看板が設置されていた。つまり、建物は空の状態だった。


「これ、さっきの不動産屋の電話番号じゃない?」


瞳の言葉に、サブロウが頷く。俺と義水の方の窓からは見えなかったが、その反対側に座っていた瞳とサブロウは駅の大通りで不動産屋を見つけていたらしい。緑を基調にした看板に、楓のマークだから見覚えがあったのだと言う。


「戻りましょう」


そう言って、瞳は足早に引き返す。それにサブロウと義水が続く。俺は走っている状態に近い。ただでさえ足手まといなのに、三人について歩くことさえままならない。

 駅前の大通りに出ると、すぐにその不動産屋は見つかった。


「ほら、出番よ」

「え? ちょっ……」


俺は問答無用で、不動産屋に押し込まれた。窓に貼りだされている物件のほとんどが、学生向けのアパートだった。確かに瞳やサブロウは年齢的に怪しまれそうだし、義水は口をめったにきかないから、不向きだと思われる。俺なら高校を卒業したばかりの年齢だから、怪しまれることはないだろう。しかし店の小ささには緊張した。何も買わずに店を出にくいという状況に似ている。


「いらっしゃいませ」

「あ、あの。アパートを探していまして」

「ああ。新入生の方ですか?」

「え、はい」

「おめでとうございます。そちらにお掛け下さい」


黒い丸椅子に腰かけると、資料で膨れ上がったファイルを持って、女性が物件を案内してくれる。


「でも、大学生にしては早いですね。もしかして推薦ですか?」

「ええ。まあ」

「優秀なんですね。ところで、御家賃の希望などはありますか?」


褒めたついでに、家賃の話とはよくできている。

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