六章 捜索と情報

1.記憶

 今、長いトンネルに入った。窓を見れば電車内の人々が、幽霊か何かのように透けて見えた。がたんごとんと、線路の音がする。俺は瞳の生い立ちに、息をのんだ。そしてサブロウが、本物の天狗だと言うことに言葉を失った。しばらくして、疑問に思ていたことをやっと口にできた。


「自画像のタトゥーがサブロウに効かなかったのは、サブロウが天狗だったから?」


サブロウがちらりと瞳を見る。瞳はその視線を受けて、俺に首を振って否定した。


「自画像のタトゥーのマインドコントロールは、ただのマインドコントロールなんか足元にも及ばないくらいに強力よ。もし、サブロウが遥の言っていたことに心当たりが少しでもあれば、完全に操られていたと思う」


答えは簡単だった。サブロウは人を殺めた経験がなかったのだ。今までも瞳が前衛で、サブロウが後衛として戦ってきたし、俺が連れ去られそうになった時もサブロウが守りで、瞳が攻撃していた。要するに、サブロウは遥の言う「救い」の対象から外れていたのだ。俺の隣に座った義水はこの事実を知っていたのか、何も反応しなかった。沈黙をレールの音が埋めていく。そして瞳が背筋を伸ばした。


「私は、胎児の時から記憶があるの」


この瞳の唐突な告白も、十分信じられないものだった。しかし、その前に聞いたことが衝撃的過ぎて、納得してしまう。大体の人は三歳からの記憶しかないが、稀に胎児や生まれて間もない頃の記憶を持っている人もいると聞いたことがある。


「だから、科学者集団とは犬猿の仲なのよ。もし、私が遠野や百田に捕まったら、殺して頂戴。それくらい、嫌な相手なの」

「させないよ」

「あら、心強い」

「もう、後悔したくないから」

「少しは成長してるじゃない」


電車はトンネルを抜けて、ひた走る。瞳の告白で、サブロウが何者で、何故瞳は「お姫様」や「巫女」などと呼ばれているのかが分かった。そして俺が縛られた赤黒い紐の正体も。あれは瞳の血液を培養して作られた、人工血液に浸した紐だった。だからあの紐で縛られると、タトゥーの能力が使えない仕組みになっていたのだ。


「でも、彫師が見つかっても同じことが言えるかしら?」

「どういうこと?」

「彫師を殺せるのか、ってきいてるのよ」

「それは……」


俺は言葉に詰まり、やはり瞳をあきれさせた。七里の死が、頭から離れない。俺がやらなければ、きっと他の人が手を汚すことになる。サブロウが七里を殺したように。それでは意味がない。サブロウが七里を殺せたのは、簡単なトリックのおかげだった。あの時、水牙がサブロウを水の刃で貫いたと見せかけただけの事だ。本当は水牙が柄からサブロウの体までの刃と、その延長線上に刃の先を作っていたのだ。そして食用の赤い絵の具をそのタイミングで床にまき散らしたのだ。そこにサブロウが横たわれば、サブロウが死んだように見えるというわけだ。


「人を殺すのに、躊躇や後悔はないの? どうして、そんな簡単に人を」

「その質問自体が、一般人の所以よ」


俺の言葉を、瞳が遮る。そして苛立ったように続けた。


「一人の悪人を殺して、その他全員を助けるの。天秤にかけるまでもないでしょ?」

「悪人でも、殺していいことにはならない」

「友達と先生殺しておいて、よく言えたわね」


俺がやったことは、大きなニュースになった。母校である高校は全焼し、中から五人の遺体が発見されている。俺が殺した五人だ。初めの頃は放火殺人だと騒いでいたが、どういうわけか、犯人である俺は捕まらずに、事故として終結した。瞳いわく、裏で一人の老人が動いたのだと言う。裏社会では「長老」と呼ばれる存在で、名を八百万(やおよろず)というらしい。おそらく宗教団体を取り込んだ水牙たちに対抗するため、科学者たちは八百万と手を組むだろうと瞳は語った。こんな剣呑な話をしているのに、義水は電車に揺られて眠っていた。一方のサブロウも、普段から口数が多くない。自然と俺と瞳の会話になる。瞳はネットで拾ってきた地図を広げた。位置情報を知られないため、スマホは持っているが電源を切っている。地図を紙で見るのはもう何年ぶりだろう。


「これを見て」


それは、北海道から沖縄までの日本地図だった。その地図に、何かの位置を報せるマークが全国的についている。北海道や沖縄は全体的にばらけているが、本州を見てみると海沿いにマークが並んでいる。そして、東京をはじめとする大都市圏に、そのマークが集中している。ここで出てくる地図だから、このマークが示しているものにも見当がつく。


「こんなにいっぱいあるなんて、知らなかった」


タトゥーは今ではおしゃれとして若者を中心に広まっているが、まだまだアンダーグラウンド的な存在だと思っていた。それなのに、日本中にタトゥーショップが点在している。都市圏になると、もう何件ものタトゥーショップがひしめき合っているのが分かる。


「私も、ここまで広がっているとは知らなかった。しかも、ネットで簡単にアクセスできるなんて」


俺は再び地図に目を落とす。ネットで検索できるのが、目の前にある地図上の店舗であって、地下に店を構える店舗はまだまだあるのだろう。例えば、俺たちが追っている彫師のように、違法な施術を行っているのであれば、ネットの情報網には引っかからない。


「でも、どうして本州は海沿いなのかな? 北海道や沖縄は違うのに」

「さあ。そればかりは分からないわね。でも、だから良かったんじゃない」

「そうだね」

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