3.失態

「駅弁?」

「はい。全国の駅弁大会において、一位になった駅弁が、この駅にあるとのことです」


九重の頭の中には、老人の好みがすべて入っている。さらに、老人が関わるであろう事や物の位置も、完全に把握している。


「ほう。では、お前も一緒に食うか」

「申し訳ございません。相手方の出迎えと、案内があります」

「あんな奴ら、待たせておけばいいとは思わんか?」

「はい」

「では、一緒に飯を食え」

「承知いたしました」


九重は深く頭を下げて、部屋を出ると、足早に改札口に戻った。部屋には電子レンジがなかった。温かい弁当を届けるには、改札口前の待合室で売っている弁当が一番いい。老人の味の好みも心得ている九重は、弁当を三つ買って、ホテルの部屋に戻った。部屋にあった電気ポットで湯を沸かし、沸騰しない適温で茶を入れる。老人はいたく弁当が気に入ったようで、一つでは足りないと言い出した。九重はもう一つの弁当を老人に差し出し、茶を差し出す。水は駅前のコンビニで買ってきたミネラルウォーターで、水道水は使わない。ホテルの水は旨くないと、老人がつぶやくのを聞いたことがあったからだ。弁当二つを完食した老人は、九重に帰りの洋服を見せろとせがむ。早々に弁当を食べ終わった九重は、駅ビル内にあった店で買った服をベッドに並べて見せる。もう、値段のタグも取っておいたので、あとは着るだけになっている。老人はその生地を確かめるように洋服を撫でて、ご満悦だ。


「着心地が良さそうじゃな」

「はい。この地域の伝統的な織物の生地でできた洋服で、上下セットでも、別々でも着られるとのことでした」

「なるほどのぅ」


九重は抜群の体内時計を発揮して、相手が駅に着く頃だと老人に告げた。老人はそれを聞いて、やっと重い腰を上げた。今日は気分が良いらしい。いつもなら、相手を待たせて当然だと思っているが、今日はいつもとは違う。老人の後を、九重は影のように付き従った。

 エレベーターで五階まで上がり、会議室に入る。道案内もドアの開閉も、九重はさりげなくこなす。会議室にはもう既に相手が待っていた。九重の体内時計が狂っていたのではない。老人が人を待つことが実は大嫌いだと知っていたために、このような状況を作り出したのだ。老人は肩眉をあげて九重を見る。


「もう来てるじゃないか」

「申し訳ございません」


小声で二人はやり取りしたが、やはり老人は満足そうだった。相手が老人と九重の姿を見て、椅子から立ち上がる。老人は手でそれを制した。


「ああ。固い挨拶はいい。座んなさい」


そう言われて、相手の二人は椅子に腰かけた。老人も九重に引いてもらった椅子に座わる。九重は座らず、老人の背後で控えていた。見慣れた光景なのか、相手も心得ているようで、何も言わなかった。スーツ姿の黒髪で一重の鋭い目つきの男は、九重に手土産を手渡す。老人は興味深そうにそれをのぞき込む。


「この辺りで、幻の銘酒と言われる日本酒です」


九重は紙袋を取らずに、重さだけでそれが一升瓶入りの酒だと認識し、更にわずかに覗いたラベルから、銘柄を判別した。老人は二度ほどうなずいて、相手に礼を口にした。


「気を使わせてしまったかのぅ?」

「いえ。では、さっそく本題へ」

遠野とおの


スーツ姿の黒髪の男は、老人の気を損ねたかと思い、体を震わせた。


「少し、余裕が必要だな。ビジネスライクなことはいいが、あまりに興覚めじゃ」

「すみません」

「先輩でも、怒られることあるんですね」


金髪の男は、その場に似合わない口調で笑った。


「百田、お前はリラックスしすぎじゃ。足して二で割ったら、ちょうどだろうがなぁ」


老人は顎髭を撫でつけながら、椅子に深く座った。


「それで、本当かね? 宗教者たちが小魚たちに食われたというのは?」

「はい。間違いありません」

「では、多くの偽タトゥーが葬られ、さらに自画像のタトゥーが奪われたというのも、本当なのか?」


老人の目に、冷徹な光が宿った。それを全く気にせずに、百田は言った。


「そうなんですよ。困っちゃいますよね」

「百田!」


遠野が叱責するが、自分が責められる立場であることが分かっている遠野は、それ以上何も言わなかった。今回の宗教団体壊滅の根本的な原因には、地獄絵図のタトゥーがかかわっている。その地獄絵図のタトゥーを管理していたのは、遠野だった。


「遠野、一般人にオリジナルが渡れば、いずれこうなることは分かっていただろう?」

「はい」

「しかも、その一般人を取り逃がしてしまうとは、お前らしくない失態よのぅ」

「面目ございません」

「二藤部瞳、か?」

「はい」

「あれも、お前の失態だったのぅ」


遠野はひたすら、自責の念にかられていた。

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