8.盾

「すみません。俺は、相手を殺せませんでした」


水牙の前では赤子同然だったことが、悔しくてたまらなかった。せっかくのタトゥーが無駄だったことや、オリジナルのタトゥーや自分のタトゥーが模造品だったこと、真幌という少年を連れて来られなかったことや、もう一人の敵が見当たらなかったことを、高木は七里に報告した。すると七里は高木の方に手を添えた。


「分かりました。よく頑張りましたね。今回はこれだけで充分です。無事に私たちの仲間を保護できたのですから」


そう言った七里は眼鏡をすいと持ち上げ、わずかに高木の肩を握る手に力を込めて、続けた。


「でも、油断は禁物。きっと彼らはこの少女を取り戻しに来るでしょう。その時は、教祖様を守ってくれますね?」


高木はひどく胸を打たれ、感涙しそうだった。深くうなずいた高木は、涙声で答える。


「もちろんです。能力で勝てなくても、盾になります」

「その意気です」


七里は高木の方から手をどけると、敵の急襲に備えて休むように指示した。高木はその指示に素直に従った。自分の力を認められることが、こんなにも感動するものだと初めて知った。教祖様を守る盾になる。きっと教祖様も自分の功績を認めてくれる。その興奮と使命感で、いつまでも高木の目は冴えたままだった。

 高木が去ると、七里は目の前で眠る瞳に声をかけた。


「そんな猿芝居は、いつ覚えたんです? お嬢様」


瞳はその厭味ったらしい声に、舌を出して応えた。そして目を開けて、七里の方を見上げると、嫌みで応戦した。


「女子中学生誘拐って、どんだけロリコンなの? ああ。それともこういう趣味?」


瞳は臆することなく、自分の縛られた両手を掲げて見せた。七里は鼻で笑うと、瞳の顔面目掛けて蹴りつけた。鈍い衝撃音の後、壁に凹みが出来た。もしも直撃していたら、瞳の顔も同じようになっていただろう。


「ああ。こっちの趣味もおありで」

「いい気になるな。お前の従者はどこだ?」

「さあ」

「お前を痛めつければ、出てくるか?」

「そんなに想定内のことが起こると思ってるの? 視野が狭いのね」

「まあ、お前が我々の仲間になれば、従者も従うだろう。それが主従というものだ」

「あれ? 私を引き渡さなくていいの? 科学者たちとは、そういう約束じゃないの?」


七里は舌打ちした。瞳に痛いところを突かれたようだ。それを確認して、瞳は嬉しそうに笑っている。七里は苛立たし気に、二度目の蹴りを放った。今度は瞳が地面に寝転がって、その蹴りをよけた。壁に先ほどより大きな穴が開いた。


「危ないわね。そんなことで、百田たちを出し抜けると思うの?」

「お前が、そいつらを殺してくれるんだろ? ついでに、あの汚い鼠どもも」

「私はそんな約束してないわ」

「今から、自分自身でそれを誓うんだよ」


七里は祭壇の部屋まで瞳を引きずり始めた。まるで、重いゴミ袋を引きずるような格好だった。瞳は擦れる肌に傷を作り、引っ張られるフードに首を絞められていた。しかし、手足を縛られていては抵抗も出来ず、血染めの紐でタトゥーを封じられては能力も使えない。七里は祭壇の部屋をノックもせずに開けると、そこに瞳を投げ込むようにして押し込んだ。そして自分もそこに入り、祭壇の中央を見つめた。


「その人は、まさか」


祭壇から、驚いたような声が降ってくる。


「ええ。二藤部瞳で、間違いありません」

「では、彼は?」

「彼? 高木のことですか?」


丁寧な言葉遣いとは裏腹に、七里の言葉や口調からは尊敬の念が全く感じられなかった。それに加え、高木という名字を発した時には、蔑んだような色があった。


「人間の屑みたいな奴の割に、役に立ちました。死んでも構わないと思って水牙に差し向けたのですが、まさかこんな戦利品を持ち帰るとは、見直しましたよ」

「まだ、生きているのですね?」

「一応。あなたの盾になって死にたいそうです」


一瞬、祭壇の声が途絶えた。そして震える声が返ってきた。


「そう、ですか」


またしばらくすると、今度は襟を正したように凛とした声が返る。


「では、下がりなさい」

「仰せのままに」


七里は慇懃無礼気味に一礼し、冷たい目で床に転がりる瞳を一瞥したから部屋を出た。


「全く、どういう躾してんのよ? こんな美少女を引きずって連れてくるって、どういうこと? 痛いんですけど?」

「あなたは、人を殺したことがありますね?」

「忘れたわ」

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