7.安楽死

「私はある意味、カルトのやっていることに賛成よ」

「救いがあるからやろ? でも、財産全部吸収しとるで。しかも、洗脳して」

「汚く得て、キレイに使う。信者も社会貢献し、自分の罪に向き合い、幸せに死ねるなら、これ以上何を望むの? 集団を維持するなら、経費も掛かるのは当然でしょ?」

「俺のやろうとしとることは、自己満足かいな?」

「それ以外の何? あなたはこの人を救えるの?」

「俺達には、俺たちのやり方があるさかい。な? 真幌?」


俺は名前を呼ばれたことに、気付かなかった。オリジナルではないタトゥーを初めて見た衝撃で、目が離せなかった。話には聞いていたが、本当にタトゥーが人間を食うように、体を覆っている。タトゥーが増殖していくなんて信じられなかったが、今檻の中にいる男は確かに、タトゥーに殺されかけている。


「真幌?」


俺は水牙の声に、ようやく振り向いた。


「え、はい?」

「何呆けてんねん。今からこいつを失神させるさかい、その内に火葬を頼むわ」

「火葬? 俺が?」

「他に誰がおんねん?」

「ちょっと待って下さい。俺が殺すんですか?」


偽物のタトゥーは、転写できない。何故ならその偽タトゥーが、科学者集団によって、実験的に作られたモノだからだ。科学者集団は実験データを取るために、偽のタトゥーによって死んだ人間の死体を、回収している。そのため、偽タトゥーで死んだ人間がいれば、科学者集団よりも早く見つけて、処分しなければならない。科学者集団に、実験が無意味だと知らしめるためだ。そして唯一タトゥーを焼いて処分できるのは、地獄絵図のタトゥーだけなのだ。


「俺は、もう人を殺さないって言ったじゃないですか! それに、カルトでも、宗教で救われているならそれでいいじゃないですか! 瞳の言う通りだ!」


俺は思わず檻から後ずさりしていた。もう、これ以上罪を重ねることはできない。人殺しだなんて、まっぴらごめんだ。そんな俺の胸ぐらを、水牙は思い切りつかんだ。


「じゃあ、こいつの最期を見るんか? はっきり言って、偽タトゥーで死ぬ奴の最期は壮絶やで。殺された方がましや、と思うくらい苦しんで死ぬ。その方がええと思うんか?」

「安楽死ってことですか?」

「言ってしまえば、そうかもしれんなぁ」

「認められるわけないじゃないですか! そんなに殺したいなら、水牙が殺せばいい。タトゥーだって、どうにか出来るはずだ!」

「それが出来れば、そうしとるわ! ボケ!」


皆が、分かっていた。少なくても、自分の頭の中では理解できていた。水牙の能力で殺したとしても、タトゥーの部分はどうすることも出来ない。死体の一部でも残っていれば、結局それを燃やすのは俺の仕事になる。しかし、頭で理解していたことが、そのまま気持ちの整理につながるかと言えば、そうではない。特に人の倫理や理性が、理解したはずのことに疑問を呈して、止めようとする。水牙の意識が完全に俺に向いた時、すぐそばで細い悲鳴が上がった。それと同時に、一羽のカラスが木の枝から飛び立った。


「瞳!」


高木は水牙と瞳の隙をついて、檻の裏側を水の刃で切り裂いていた。そして瞳に叫ばれる寸前で手刀を瞳の項に振り落とした。その瞬間、瞳がわずかに声を上げたが、それは高木が瞳を荷物のように肩に担いで走り出したのと同時だった。高木の足は速かった。正確には、逃げ足が速かった。喧嘩で敗走する際など、高木は一番早くその場所から逃げおおせていた。だから、高木は逃げることにおいては、自信があった。それは足の速さだけではない。道順や時間の計測、相手のやり過ごし方など、逃げるために必要な知識と手段は高木には豊富だった。だから、一度相手に背を向けて走れば、逃げられると思った。

 真幌と水牙は、高木をすぐに追ってきた。高木がつけた水の足跡を追うように。そして、高木の後ろ姿を二人が追って来る。足跡が渇いてしまっても、追っては相手の背中を見つけると、追いつけると判断しがちだ。しかしここは駅前に通じる道だ。この小さい道さえ出てしまえば、道路は必然的に何本もの分かれ道となる。高木は地図を思い浮かべながら、角を曲がり、走って大きく円を描いた。つまり、神社の方へ戻ったのだ。相手を追うものは、逃げている相手が、まさか元の場所に戻っていくとは考えない。この知識と経験は、高木の唯一の武器と言えた。しばらく神社周辺に留まった高木は、頃合いを見て教団が所有する建物に帰った。

 そこで高木を待ち構えていたのは、七里だった。高木は少女を肩から降ろす。少女はまだ気を失っているのか、ぴくりともしない。ただぐったりとしているだけだ。七里は少女の顔を確認し、高木を褒め称えた。


「素晴らしい功績です」


いつも落ち着き払っている七里は、興奮気味だった。


「少女は自傷の可能性があるので、これで手足を縛って下さい」


そう言って渡されたのは、赤黒い紐だった。高木は今まで自分の逃げ足の速さを、誰かに褒めてもらったことがなかった。それを称賛されて、高木も興奮していた。少女の手足を縛りながら、教祖様も喜んでくれるだろうかと考えた。糸のような目を、七里はますます細めて弓なり形にして微笑んだ。それを見て、高木は自分の功績よりも後ろめたさを感じた。

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