6.干渉力

「ここらで見ぃひん顔やなぁ」


関西弁に低い声。その一言に、高木は背に冷たいものを感じた。


「ん? 俺に何か用か?」

「お前が、水牙か?」

「そうやけど、ああ、もしかして引っかかったんか?」

「引っかかる?」

「俺らが流した噂、ちゃんと届いてたんやなぁ」


水牙は大きな欠伸をして、背を伸ばした。そして、大きなため息をついた。自分を殺しに来た相手に対して、まるで危機感を覚えていない様子だった。


「と、言うことは、カルトの刺客ってことで間違いないな?」


水牙が立ち上がり、社の階段をリズムを刻むように降りてくる。高木との距離はもう十メートルほどしかない。社の裏に坂があり、その坂を下ったところには沼があった。


「俺たちはカルトじゃない! 教祖様を侮辱する奴は、俺が殺してやる!」

「だから、あのタトゥーは厄介なんや」


水牙は頭をぼりぼりと掻いた。その余裕しゃくしゃくの態度が、高木を苛立たせた。


「お前たちに捕らわれている少女と少年を引き渡せ!」

「あ? ああ。そういうことになっとんのか。ええよ。俺を倒せたんならな」


水牙は鼻で笑った。高木は自分が馬鹿にされていると思い、カッとなった。沼の方にちらりと視線を投げかける。その一瞬の隙を突いて、水牙は高木の足を自分の足で払った。態勢を大きく崩された高木は、転倒しそうになるのを地面に手を突くことで、やっと堪えた。しかしその直後、沼の水面が見えない力で吸い上げられるのが目に入った。とぐろを巻くように昇天する水は、さながら龍のようだった。渦を巻いた水流が、高木の無防備な腹を直撃した。高木は、くの字に体を曲げて吹き飛ばされ、そのまま地面に転がった。高木は、何故だと何度も思った。自分も沼の水に、水牙を攻撃するイメージを持って命じ続けていた。それなのに、水は全く自分のイメージ通りに動かなかった。その上、水牙の命令で水は動いていた。高木は呻きながら、自分のタトゥーを確認した。その腕には確かに水墨画のようなタトゥーがあった。つまり、タトゥーの効力がなくなったわけではない。


「どうなってやがる?」


腹を抑えて呻く高木の耳に、軽い足音が近づいてくる。水牙だと認めるや否や、自分の体を濡らしている水を集め、針状にして水牙に放った。水牙の目や首を狙って、水の針が空を切る。しかし水牙の体の届く寸前で、針は水の玉になって地面に落下した。水牙の足元だけ、雨が降ったかのように濡れた。


「何で?」


水牙の死を確信して口角が上がっていた高木の表情は、あからさまに凝固していた。そんな高木を目にした水牙は、また頭をぼりぼりと掻いた。


「やっぱり、聞いてないんやな。君のタトゥーはコピーで、俺のはオリジナル。つまり偽物と本物。コピー商品って、オリジナルは越えられへんとよう言うやろ? それと同じで、俺のタトゥーの方が水への干渉力が強いんや。せやから、君は俺の前では丸腰と一緒なんや」

「そんな……」


高木は青ざめた顔で、水牙を見た。死への恐怖と、このままでは教祖様がこの男に殺されてしまうという危機感が、高木を支配していた。教祖様に捧げた命だ。惜しむことはない。ただ、どうやってこの男を殺せばいいのか、分からないのだ。元々高木は頭を使うより、腕力で相手をねじ伏せる方が得意だった。そんな高木はいつも、相手に恐れられている方だった。しかしこの重要な場面において、高木と他人の立場は逆転している。


「ちょい、服脱げや」


水牙は攻撃を止めて、そんなことを言い出した。何か武器となるものを隠していないか、確認するつもりだろうか。タトゥー頼みでやって来たのだから、高木はそんなものを用意してこなかった。だからここは素直に従い、相手に服従したと見せかけて、反撃の機会をうかがった方が良策に思えた。高木は言われた通り、上半身の服を脱いだ。高木のタトゥーは、腕から肩までを食いつくし、背中全体にまで及んでいた。それを見た水牙は、顔をしかめた。


「これは、もう手遅れやな」


水牙は溜息交じりに、残念そうにぼやいた。そして神社の社の方に向かって、水牙は高木も知っている名前を大声で呼んだ。社の裏から出てきたのは、高木が生きたまま連れてくるように命じられていた少年と少女だった。


「嬢ちゃんは、呼んでへんけど?」

「今のところ、彼の保護者なので」


少女はポニーテイルを揺らしながら、強気に言って腕を組んだ。少女が「彼」と言いながら視線を送ったのは、真面目でおとなしそうな少年だった。確か少女は二藤部瞳。少年は市村真幌という名前だった。真幌はびくびくした様子で、高木のタトゥーを見ていた。一方の瞳は見慣れている新聞でも見るように、高木のタトゥーを眺めていた。この二人を連れ帰れば、教祖様は喜んでくれるに違いない。高木はそう考えた。しかし、瞳と水牙がアイコンタクトした瞬間、高木の視界は緑に覆われた。


「もう、助からないわね。と言っても、方法は今のところないし」


植物の檻の中に入れられたと悟った時には、もう既に遅かった。高木は植物の狭い檻を壊そうと試みたが、微妙にしなる格子は、力を吸収してしまってびくともしなかった。

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