5.期待

ここで正しく力を使い、自分の過ちに後悔せよと。


「もちろんです」


声までも震わせて、高木は答えた。


「ありがとう。詳しくは七里に聞きなさい」


お礼を言われたことは、高木にとって遠く昔の事だった。それを教祖様に言ってもらえるとは、思いもしなかった。


「勿体ないお言葉です」


高木は、自分が赤面していることに気付いた。顔から火が出る思いという経験は、今までで一度もない。これが初めてだった。これまでの高木なら、そんな時代劇に影響を受けたようなセリフは、思いつきもしなかっただろう。それを心臓の上に手を当てて、腰を折って言っていた。それがおかしなことだとは、思わなかった。


「ご武運を」

「はい」


高木は教祖様の口調が柔らかくなったことを確認すると、嬉しさで飛び跳ねたくなった。恋愛感情とも違う何かが、心の中に火を灯し続けている。高木は再び一礼して、祭壇の部屋を後にした。

 外にはやはり七里が待ち構えていた。糸目に眼鏡をかけて、いつも神父のような格好をしている。教祖様からのお言葉を仲介し、信者に伝える役割の若い男だ。

七里は何の変哲もないA4判の茶封筒を、高木に渡した。中を覗くと、二人の男の写真と、地図が入っていた。地図には神社の辺りに赤くマジックで丸が付けられていた。おそらくこの写真の男二人が、教祖様の命を狙っている輩だろう。そして地図の赤い円の中心にある神社が、この二人の居場所だと考えられた。高木が顔を上げるのを待って、七里は申し訳なさそうに言った。


「実は、この二人の男のどちらかは、君と同じタトゥーを持っています」

「え?」


高木は目を丸くした。確かに最近人食いタトゥーが若者たちの間で、急速に広まっているのは事実だ。しかし高木はこれまで、自分と同じ境遇の人間に出会ったことがない。だから、タトゥーが人を食うなんて、所詮は都市伝説だと思っていた。それが自分の身に降りかかり、入信に至ったが、それならばこの二人も教祖様に救われなければならない気がした。そんな高木の考えを読んだかのように、七里は言った。


「残念ながら、自分の罪に向き合わず、罪を重ねる若者もいます。そしてその二人は、特に凶悪で、徐々に力をつけつつある我々が気に入らないようです。だから、教祖様を亡き者にして、この教団を乗っ取るつもりでいるのです」


七里は悲し気に眉を寄せ、さらに悔し気に拳を握っていた。高木にとって、相手に不足がないことは喜ばしいことだった。七里は続けた。


「心根のお優しい教祖様は君を想って、言わなかったことがあるかもしれない。それを私の口から伝えても、よろしいですか?」

「はい、もちろんです」

「実は、この二人は教団に入るはずだった少女と少年を、取り込んでいます。どうやら、騙されているようです。少女と少年は殺さずに、正しく導いて頂きたいのです」


つまり、ここに生きたまま連れてくることが必要なのだ。確かに荷が重い。しかし自分が他人を更生させる立場に立ったことがない高木は、重荷を課せられれば課せられるほど、自分の価値が上がっていくように感じた。つまり、他人に必要とされ、役に立つことの喜びを知ったのだ。


「大丈夫です。教祖様も教団も、俺が守って見せます。その少女と少年も無事に連れて帰ります。では、行ってきます」

「期待しています。これがその少女と少年の写真です」

「はい」


高木は二人の写真も、封筒の中に入れた。何て素晴らしい日なのか、と高木は思った。他人に期待されたことなど、今までで一度もなかった。しかし今日はこんなに頼られ、必要とされている。特別扱いされている。高木は鼻歌でも歌いだしそうだった。


 高木は、地図を見ながら駅の方に歩いた。駅から北東に向かって歩くと、駅前の大きな道路が細い道に繋がっていた。その細い道をしばらく行くと、神社の社の正面に出た。古い神社だが、地域に根差しているように見受けられた。その証拠に神社の境内は草が刈り取られ、社もきれいだった。境内の側にはゴミの集積所まであった。こんなに人通りの多いところに、凶悪な罪人がたむろしているなら、近所の誰かが通報してもよさそうだ。それをしないということは、それだけ凶悪犯が地域に溶け込んでいるということだ。その行動力と機転の良さに、高木は緊張し始めた。きっと、狡猾な相手だ。しかも自分と同じ力を持っている。教団内部には大口を叩いてしまったが、自分が生きて帰ることが出来る保証は、どこにもなかった。しかしそのたびに、教祖様の声が脳裏によみがえり、高木を鼓舞し続けた。

 標的は、あっさりと高木の前に現れた。神社の主とでも名乗りそうなくらい自然に、その青年は社で眠っていた。耳に金のリングピアス。後ろ髪だけが長く、長身痩躯。間違いない。写真に写っていた一人の男の内の一人だ。これはチャンスだと思い、高木が一歩神社の境内に足を踏み入れた。ちょうどその時、男がぱちりと目を開けて、猛禽類を思わせる鋭い眼光で高木を射た。

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