11.救う
「今、イレズミって言わないで、タトゥーって言うでしょう? そしてタトゥーはファッションの一部だって考える人もいる。でも、そんなに甘いものじゃないのよ」
考えてみればその通りだ。タトゥーは、シールなんかと違って、簡単に取り外しできない。その日の気分で消したり表したりも、不可能だ。その点において、タトゥーは化粧や服などの身体加工とは違う。以前テレビの特集で、若者のタトゥー事情が扱われていた。客も彫師も顔は映さず、声も加工されていた。その点においても、あのテレビ画像は異質だった。彫師のもとに通い、高い金でタトゥーを入れた女性が、それを後悔してタトゥーを消すまでを追っていた。女性は皮膚科や美容整形外科などに相談し、皮膚科で皮膚移植の手術を受けた。手術ではタトゥーが彫られた部分の皮膚を除去し、太ももの皮膚を使ってその部分を補っていた。皮膚の色は異なり、キレイな肌を取り戻すことはできなかった。そして小さなものなのに、数十万という高額な治療費が女性に請求された。高い金と時間を費やして自分の体を加工し、また高額な治療費を払うのに、元通りには治らない。女性は結婚して子供が出来たことを機に、夫婦と子供を象徴する三匹の龍を背中の一部に彫っていた。しかし離婚し、親権も相手に取られ、残ったのはもう意味もなくなったタトゥーだけだった。そのため、女性はタトゥーを消すことを選んだのだが、それはもはや身体加工というよりは、自分の体を傷つける自傷と変わりなかった。
「過去の罪と一緒で、キレイには戻れない。それなのに、本来のタトゥーの意味も、自分の国のタトゥーのこともよく知らずに、多様性だの個性だのファッションだのって持ち出して、カッコいいと思ってる。愚かだわ」
瞳の「過去の罪」という言葉が、重く響く。過去には戻りたくても戻れない。多くの若者はきっと、何も知らないのだ。ある社会ではその痛みを我慢することで、成人とされたことも。またある社会では、それがないと生きていけないことも。階級を表したり、死者の国へのパスポートだったり、婚姻の目安だったりすることも、何も。そして何も知らないまま、安易なファッションとして自分の体を傷つける。ピアスの穴はふさがるが、タトゥーは一度彫ると一生そのままだ。
「でも、無知を利用して、一般人でサンプル取るのは、ひどすぎるやろ」
「そうね。よく説明もないまま、流行しているみたいだし」
「流行しているのか?」
誰にも渡せない不幸の手紙が、社会に蔓延している。それが、日々増加傾向にある、死因不明の死体と繋がっている。
「一体、いつから?」
「分からない。でも、オリジナルが出来てから、それを研究してできたのが偽タトゥーだから、そんなに古くじゃないはずよ。ただ、普通のタトゥーの広がり方が早いから、最近は偽タトゥーも急速に広まっている状況だと思うわ」
「そのオリジナルを彫った彫師を探し出して、タトゥーを辞めさせて、術を加除させれば、全てが丸く収まるんだな?」
随分回り道をして、この答えに辿り着いた。それは俺が他の若者たちと同様に無知だったことや、甘い考えを持っていたからだ。もう、後には引けない。まさに背水の陣だったのに、俺は救いをまだ求めていた。でも、これは受け身では解決しないのだ。もっと能動的に動かなければ、俺はまた同じ過ちを犯すだろう。それでは、いけないのだ。俺は体の痛みと若干の気持ち悪さを抑えて、立ち上がった。
「ありがとう、瞳、サブロウ。俺を助けてくれて。贖罪の機会を無駄にはしないよ」
俺はそう言って、水牙の方に向き直る。
「水牙と義水も、ありがとう。それから、俺に、力をかしてくれないか?」
助かりたくても、助からない人がいる。救われたくても、救われなかった命がある。メディアに扱われなくても、毎日病気や事故、事件や自殺でなくなっている人がいる。小説に登場する凶器は、使われることが決まっている。虚構において、凶器は使われなくてはならない。もしもそれが凶器でなかったら、どうだろうか。現実に他人を助けることが出来る力があったなら、それもまた、使われなくてはならないのではないか。俺が得た力というのは、きっと使われるべくして存在するのだろう。
水牙は、俺の短い髪の毛をくしゃりと撫でた。
「ええ根性や。ええよ。歓迎したるわ! よろしくな、真幌」
俺が安堵して「はい」という前に、瞳の鋭い声が飛んだ。
「騙されないで!」
瞳が俺と水牙の間に割って入る。
「さっきも言ったけど、そのタトゥーは特別なモノよ。それを特定のグループが所有したとなると、勢力同士の均衡が崩れることになる。それは危険なことよ」
瞳は水牙をねめつけ、あきれたように言った。
「それが分かっていながら、誘ってるでしょ? どういうつもり?」
「もうちょっとやったのに、敵わんなぁ」
水牙は苦笑を浮かべた。
「何か、目的があっての事でしょう?」
「カルト集団の、教祖がおるやろ? それを救いたいんや」
「救う?」
「そうや。俺たちは近々、カルト集団を崩壊させる気や。そのためにはどうしても、地獄絵図のタトゥーが必要やった」
一緒にいるからと言って、一枚岩ではない。俺は水牙と義水は、瞳とサブロウと協力関係にあるから、信頼できると思っていた。しかし、違うのだ。水牙と義水は、初めから俺のタトゥーを目当てにして、利用しようと考えていたのだ。一体誰を信じればいいのか分からない。瞳は人差し指を唇の下に宛てて、考え込んでいた。そんな中、今まで黙っていたサブロウが声を発した。
「巫女」
瞳は思考を邪魔されたことに苛立ったのか、不機嫌そうに顔を歪めてサブロウを振り返る。
「何よ?」
「ここは協力してはどうか。オリジナルを持っている集団同士は、いずれぶつかることになっている。まずは我々が協力し、カルト宗教を取り込むのも考えの一つだと思う」
「でも、危険すぎるわ。だってあそこが所有してるタトゥーは――」
瞳が何か言いかけた時、水牙は俺と瞳の肩を無理やり組んだ。
「ほな、協力ってことで」
水牙は白い歯を見せて笑った。瞳は迷惑そうに水牙の腕を払い、「仕方ないわね」と悔しそうに言った。俺は瞳が水牙に協力するつもりなら、異論はなかった。利用であれ何であれ、人を救うために俺の力が必要ならば、協力する価値がある。
力は、他人を救うためにあるのだから。
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