10.死因不明
「彫師は、タトゥーの顔料に、蟲毒を混ぜて彫ったのよ。それが、不幸の手紙になったの」
つまり、彫師は蟲毒で得た呪物をすり潰して、タトゥーの顔料に混ぜて彫った。そのため、それらのタトゥーは、時限爆弾的な制約と共に、力を発揮するようになったのだ。
「もし、力が必要なら、あなたはどうする?」
以前の俺のように、殺したいほど憎んでいた相手がいたとする。そこに、違法にならない殺し方が存在していたら、誰もがその方法を使うだろう。しかし、その力は所持していると死んでしまう時限爆弾。それを解除するには他の誰かにタトゥーを譲渡しなければならない。しかしある意味「タトゥー=力」なのだから、その時点で自分の力は失われてしまう。時限爆弾を解除して、その上で力を保持し続ける方法があるとすれば、方法は一つしかない。信頼できる相手に、時限爆弾が爆発する前にタトゥーを譲渡し、またそれを譲渡してもらえばいい。そうすれば、相手も時限爆弾を持っているから、必然的に自分にタトゥーが返ってくる。つまり、タトゥーの時限性が組織化を促しているのだ。
「だから、俺にもパートナーが必要?」
「もし、あなたがその力を望むのであれば、ね」
蟲毒という呪術を作った張本人である彫師を探して、タトゥーを消させることが出来れば、この不毛な戦いはなくなる。タトゥーで死ぬ人もいなくなる。それまでには俺には力が必要だ。ひいてはパートナーが必要だ。しかし、いくつか引っかかることがある。
「偽物って?」
瞳はしばらく黙ってから、口を開いた。
「言葉の通りよ」
タトゥーに、偽物が存在する。そこには、先ほど俺を拉致しようとした二人の男の組織が、関係しているという。思い出しただけで、肌が粟立ち、足が震える。きっとこれは精神的な嫌悪感が強いのであって、身体的にどぶ水に全身が濡れているから、というだけではないだろう。俺が溜まらずくしゃみをすると、義水が俺に向かって手を突き出し、そのまま横にスライドさせた。また何か攻撃されると思った俺が、咄嗟に身を起こすと、服が引っ張られる感覚に襲われた。濡れていた服の水分が、ズズッ、と音を立てて空気中に抜けていき、沼の中に戻った。俺の服は見事に乾き、髪も元通りになった。義水はすぐに身をひるがえして、社の方に消えた。便利なものだ。俺に風邪をひかれると、きっと足手まといになると考えたのだろう。
「話、戻していい?」
「ああ、うん。ごめん」
俺が呆けていると、瞳が何事もなかったように言った。これが彼女たちの日常なのだと思うと、少しかわいそうな気がした。
「偽タトゥーは、タトゥーの能力だけに特化した偽物よ」
瞳は語気を強めて、苛立ちを見せた。偽物だから、本物のように転写が出来ない。つまり、一か月後には確実に死が待っているのだ。まるで解除方法がない時限爆弾だ。しかし、いくら力が欲しくても、自分が死んでは意味がないような気がする。そんなモノを誰が欲しがるのだろう。俺は百田に言われた「マウス」という言葉を思い出した。今度こそ背筋が凍る思いだった。俺は未遂で終わったが、あんなふうに拉致してきた人に、その偽タトゥーを彫っているという可能性を考えたからだ。
そこに、社にいたはずの水牙が降りてきた。手には新聞紙の束があった。その新聞紙の束を、水牙は俺に投げた。咄嗟に新聞紙を胸で受け止めると、そこには世間を震撼させるような記事が載っていた。『謎の連続殺人鬼』とか、『集団暴行事件』とか、そういった物騒なものばかりだ。世間にはいつだって物騒なことに溢れている。毎日のニュースで、一人も事件に巻き込まれていない日が、一日でもあっただろうか。いつも誰かがどこかで、殺されている。そして同時に、いつも誰かがどこかで人を殺している。安全大国と呼ばれる日本でさえ、こんなことが毎日繰り返されているのだ。しかし、それが偽タトゥーと、どのような関係にあるのだろうか。水牙は両手をズボンのポケットに突っこんで、軽い調子で剣呑なことを言った。
「死因不明って、結構多いらしいで」
日本の警察は有能だと聞く。もちろん、医者も信用に値する。科学だって一流だろう。刑事ドラマの受け売りの知識でしかないが、警察は科学者や医師の協力を得ながら、死体の死因を特定するものだと思っていた。それなのに、その三者が協力しても死因が分からない場合があるのか。そういえば、俺の中学の担任の友人が突然死したことがあった。その死因も分からずに「心不全」とされたと聞いた。どうやらその医師は、死因が分からない死体にはすべて「心不全」の診断を出していたようだ。この死因不明と偽タトゥーは、どのような関係にあるのか。水牙はにやついて、俺の青ざめた顔を見た。
「そうや。最近の死因不明の多くの遺体は、偽タトゥーが絡んどる。単に時限爆弾が発動したか、その前に力を使って誰かを殺して、自分も時限爆弾で死んだか。どっちかやろ」
「偽タトゥーも、その彫師が?」
「彫師のもんは全部、オリジナルや。偽タトゥーはタトゥーの研究者が作ったらしい」
確かに、人の命を弄ぶような百田のような人物なら、やりかねない。
「厄介なのは、研究開発費を国が出しているということね」
つまり、研究者たちのバッグには国がついているということだ。そしてこれはおそらく、軍に用いることが前提としてあるのだろう。そして、その為のデータが必要となる。そのために、一般人に偽タトゥーをばら撒いているのだ。俺が受け取ってしまったタトゥーは、この秘密を守るために、偽タトゥーを焼くために、研究所が所持していたものだった。
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