8.背負う
少女はそんな俺の想いを知ってか知らずか、説明を続けた。
「現在、組織的にタトゥーを所持しているのは、四つのグループよ。さっきの科学者たちで構成されている組織。それから反社会的な組織。この二つの組織は古くからあるし、権力も集中しているから厄介なの。そして最近できたカルト宗教の組織。最後は、まあ、見ての通り、ただの不良ね」
「おい。嬢ちゃん。ただの不良ってのは、俺たちのグループのことか?」
「他に誰がいるのよ?」
「相変わらず厳しいなぁ。これでも正義の組織やで?」
「どこが?」
「全部や」
「ふうん」
「あ、今、スルーしたやろ。毎回俺たちのグループに頼ってくるくせに!」
青年と少女がじゃれている光景が、俺と佐久間たちがじゃれていた過去の光景に、重なった。そのとたん、視界に靄がかかった。俺は砂利の上に膝をついていた。
「どうして」
小さくつぶやいた俺に、少女とピアスの青年は気付いていない。気付いたのは、コー
トの青年と和服の男だった。社の裏に腰かけていた青年は、コートの汚れを気にする様子もなく、砂利道に飛び降りた。そして青年は、無言のまま俺の腹を蹴り上げた。俺はその勢いのまま、後方に飛ばされた。砂利道のせいで、派手な音が鳴った。言い争いをしていた少女と青年も気付いて目をむいた。
「ちょっと!」
少女が止めに入ろうとしたところを、ピアスの青年が片腕を挙げて制する。
「
義水と呼ばれているのは、コートの青年だ。無表情のまま、淡々と俺を蹴り続けている。しかも、かなりの威力の蹴りだ。一切容赦がない。俺は何故蹴飛ばされているのか分からないまま、必死に防御の体制を取り続けた。亀のように腹を守れば腰のあたりを蹴られ、髪の毛をつかんで無理やり立たせられ、顔面を殴られた。口いっぱいに血の味が広がる。ふらついたところに、回し蹴りが入り、体がくの字に曲がり、再び後方に飛ばされる。まるで人を攻撃するためにできたロボットのように、義水は眉一つ動かさずに俺に近づいてきて、攻撃を繰り返した。
「
「死ぬ前にやめる約束なら、ええよ」
「了解」
義水はコートの腕をまくり上げながら、水牙に近づく。水牙は義水の両腕の上に、自分の手をかざした。
「タトゥーを譲渡する」
水牙が儀式めいた言葉を口にする。そして義水もそれに呼応する。
「拝受」
その一言で、義水の腕に水墨画のタトゥーが転写される。義水がそれを確認するかのように一度頷き、俺の方を振り返った。俺の血の気が引いた。殺される、と思った。義水が一定の歩調で向かってくるが、俺は全身が痛くて動くことが出来ない。
「応えよ、タトゥー」
無力な俺の視界に、沼の水の一部が盛り上がり、水柱が俺に向かってくるのが見えた。水の槍で突き刺すつもりだ。これが俺の末路かと思った瞬間に、水の槍が俺の頭の上と股の下に突き立った。ドスン、という重い音と共に、ぱらぱらと砂利がさらに細かくなって、俺の上に降ってきた。さらに、あの濁った沼の水が槍の形を失い、俺をずぶぬれにした。そのおかげで、俺は意識を失わずに済んだ。
「義水、そこまでや」
「了解」
水牙の言葉で、義水は俺への攻撃をやめて、再び社へ戻った。その代わりに水牙が俺に近寄って来る。死にかけた俺を心配するでもなく、その足取りは散歩のようだ。そしてこともあろうに、俺を見下して笑った。
「派手にやられたな。でも、お前が悪いんやで。義水の前で、自分が助からなかった方がいいようなこと、言いかけたやろ?」
「それは、そうだけど」
俺は声を思うようには出せずに、半ば呻いていた。腹に熱せられた鉛を抱えたように、重く疼く。手足は激痛で動かせず、赤く腫れあがっている。きっと顔も酷い有様だろう。
「でも、偉かったなぁ。お前、反撃しなかったやろ?」
「忘れてた」
水牙は俺の間抜けな回答に、からからと笑う。そしてくしゃりと俺の頭を撫でて、最後にはコツンと一発軽く叩かれた。そして俺の目の高さに合わせるように、水牙はしゃがむ。
「なあ。助かりたくても助からんかった奴、どれくらいいるんやろうな? 考えたことあるか? 今も昔も、日本も世界も、いつでもどこでも、助かりたかった奴がおったはずや。それにな、お前五人も殺したんやで? その五人の命、お前一人分で足りるんか? お前一人分の命で、五人分の命が救われるんか? そんな考え、傲慢や。死んで楽になるんは、卑怯や。だから、本当に贖罪したかったら、背負えばええ」
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