7.殺人鬼

「分からない」


俺はすぐにでも、知りたいと答えたかった。しかし、もしもこのタトゥーが俺にとっても危険なものだとしたら、俺は贖罪の為に何も知らないまま、このタトゥーを所持したまま、死ぬべきなのではないだろうか。


「そのタトゥーを使ったことは、後悔してる?」

「もちろん」


死にたいくらいに、後悔している。そして死にたいくらいに、恐れている。百田が言っていた状態になるくらいなら、自殺したほうがきっと楽だ。


『死に直面した人間の行動って、興味深いじゃないですか。しかも、自分の体に自身が殺されるんですよ? カニバリズムじゃないですか』


おそらくタトゥーは、時限爆弾のようなものなのだろう。だとしたら、俺の体はやがてタトゥーに蝕まれ、人体自然発火して死ぬのだろう。カニバリズムという言葉は知らないが、きっと自分で自分の体を害することなのだろうと、推測できた。少女とピアスの青年が、俺の方を見て、目を見開いている。そして青年は笑った。


「頭がええなぁ。大体自分の状況は分かっとるやんけ」

「まあ、あなたのタトゥーに関して言えば、そう言うことよ」


少女は俺の推測に補足的な説明をした。


「このタトゥーには、時限性の毒が仕込まれているの」


少女によれば、このタトゥーは命を対価に能力を与えるのだそうだ。不幸の手紙同様、他人に転写しないと、タトゥーの保持者は即死する。期限はちょうど一か月。タトゥーにはいくつか種類があり、俺のタトゥーは地獄絵図のタトゥーと言って、他のタトゥーとは違った特殊なものだとされる。地獄絵図の中でも火炎地獄をモチーフにしたこのタトゥーは、おどろおどろしい名前の通り、炎ですべてを焼き尽くすことが出来る。他のタトゥーと違った特殊性は、まさにそこだと言う。他のタトゥーが保持者に与える能力は、他に直接的に干渉できない。しかしこの地獄絵図のタトゥーだけは、他のものに干渉する力がある。そこまで説明した少女は、白いパーカーの腕をまくった。そこには植物画のタトゥーがあった。範囲は手首から肘にかけてである。色とりどりの植物の絵が描いてあった。棘のあるバラや木々の細密画だ。俺の趣味の悪いタトゥーとは、全く違い、いかにもファッショナブルだ。


「例えばこれだと、植物には干渉できるけれど、他人には干渉できない。分かりにくいかしら? そうね。彼のタトゥーなら分かりやすいと思うわ」


少女が視線を送ったのは、ピアスの男だった。男が腕をまくると、水墨画のようなタトゥーが現れた。俺や少女のタトゥーとは、全くタッチが異なるタトゥーだった。色がなく、墨で描いたようにぼかしてある部分もある。これはまるで、雪国の真冬の世界だった。範囲は俺と少女と同じだった。


「俺のは水墨画やさかい、水に干渉できる。けどな、他人の体の中の水分には干渉できんのや。まあ、殺したい相手がいても、そいつの体の水分で相手は殺せへん。そこが君のと違うところやな」


人間の体の半分以上は水分だと、生物の教師が言っていた。つまりすべての水を自在に操ることが出来るのであれば、殺したい相手の体の水分を操って簡単に殺すことが出来る。しかし、水墨画のタトゥーの能力は、他人の水分には干渉できない。つまり、タトゥーがあるからと言って、そこに水がなければ、能力を行使できないのだ。しかし俺のタトゥーは、そこに火がなくても自在に着火し、その炎を操ることが出来る。その点において、俺のタトゥーは特殊であり、攻撃に特化しているのだ。


「あなたのタトゥーは元々、科学者集団が検体に所持させていたのだけれど、持ち逃げされたから追っていたんでしょう。でも逃げた先にたまたま居合わせたあなたに、タトゥーが誤って譲渡されてしまったというところね。それに、何にでも着火できるわけではなさそうね。自分と敵として対峙している相手に限られているみたい」


おそらく、俺にこのタトゥーを譲渡した男は、時間が差し迫っていたのだ。だから俺にタトゥーを受け取るように迫った。しかし、本当にたまたまだったのか。たまたま俺だったのか。俺は違うような気がした。あの時、俺には殺したいほど憎んでいる相手がいた。男はそれを嗅ぎ取ったように見えた。


『いるだろ? お前の周りに、ムカツク奴とか、気に入らない奴とか。いるよな。だったらいい方法がある。そいつらを確実に、自分の手を汚さずに、この世から消す方法だ。そいつらが、憎いだろう? いいのか? こっちは苦しむのに、あいつらはお前の事なんか忘れて、将来楽しくやるんだぞ? お前は一生をダメにされたのに?』


最初の言葉は、カマをかけただけかもしれない。実際、自分の周りや過去を見渡して、ちょっとムカつく奴とか、気に入らない奴とか、いない奴の方が珍しい気がする。要するに、最初は誰でも良かったのだ。しかし男は後半には俺がタトゥーを受け取ると、確信している。何故なら俺が、そのタトゥーの威力に、強く惹かれていたからだ。男はそれを確信し、俺にタトゥーを渡せると考えたのだ。そして自分と俺が似た種類の人間と勘付き、俺がこのタトゥーを近い内に使うことを見越して、強引に俺にタトゥーを譲渡した。体の芯がぞくりと言った。

 拳銃ならば、引き金を引かねばならない。刃物ならば、刺すか斬るかしなければならない。鈍器ならば、振り落とさなければならない。そうしなければ、所持していただけでは人を殺すことはできない。俺のタトゥーも同じだ。所持しているだけでは、ただのファッションだ。しかし殺意を持ってそれを使えば、相手を殺すことが出来る。俺はよく考えることもせずに、拳銃の引き金を引いた。自分が百田に脅されたときにはあれだけ怖かったのに。メスで切り裂かれたハツカネズミでさえ、怖かったのに。しかし俺は、ガラスの灰皿という鈍器を、使おうとしたのではなかったか。俺は、一般人なんかじゃない。タトゥーがなかったとしても、俺はれっきとした殺人鬼だ。

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