6.マゾ
少女は自分が路上に捨てた紐を見ながら言ったが、次の瞬間には俺をにらみ返してきた。
「人は焼き殺すのに、ポイ捨ては駄目?」
俺はびくりと体を揺らした。俺は優等生だった。自分でも正義感が強い性格だと思っていた。しかし、俺は五人もの人々を焼き殺した殺人鬼だ。俺が正義だと思っていたものは、キレイな包装紙にくるまれた凶器だったのかもしれない。俺はそんな正義を振りかざして、自分の都合の悪いものを、排除してきたのではないか。悪と言うレッテルを張って、俺は自分を正義だと思って、他者を断罪していい気になっていた。
やっと解放された俺は、食い込んだ部分が痛かった。縛られたときは痛みを感じなかったが、激しく動かされたせいで、締まり方がおかしくなったらしい。少女が小刀を持ち歩いていると言うだけでも十分物騒なのに、本物の銃や獅子、凶暴化する植物など、現実ではありえないだろう。俺は騙されているのか、それともどこかで、幻覚作用のある薬を飲んだのか。もしそうだとしても、この四人の存在はどう考えるのだ。動物が人になったり、植物を操ったり、現実ではありえない。これはもしかして、今流行の異世界というやつか。いずれにしろ、長居は無用だ。俺は巻き込まれただけで、ただの一般人だ。逃げようと俺が視線を巡らせると、いつも和服の男と目が合う。つまり、俺はずっと和服の男に監視されているのだ。俺を逃がすつもりはないようだ。これからどうなるのかと、俺は頭を抱えた。
「まあ、今日のところはウチに来いや。ええやろ?」
ピアスの男が顎をしゃくって大通りを示す。
「まだ私たちが、あなたたちと協力関係にはないことは覚えておいてね」
少女がピアスの男をにらむと、その男はへらりと笑った。
「協力がどうこう言う前に、こいつをどうにかせなあかんやろ?」
全員の視線が俺に集まる。このことで、全員の意見が一致したらしい。正確には俺の腕にあるタトゥーを見た全員の、優先順位第一位が決定したのだ。ピアスの男が歩き出すと、それに従ってコートの男も歩きだす。少女が俺の背中を押して、自分の前を歩かせる。最後尾には和服の男がついてきた。今度こそ、俺は移送される囚人だった。あの時の佐久間たちの様子を思い出す。相手をこの世から消してしまったことで、その時の行き場のない怒りや絶望感は、俺の方に向かってくる。俺は、最低の人間だ。
駅前の大通りを行くのかと思ったら、すぐに裏道に折れた。その狭い道は、人一人がやっと通れるくらいで、舗装もされていない砂利道だった。雑草が繁茂し、誰も普段から使っていない道だと分かる。すぐに大きめの沼に出て、その坂道を上ると神社の裏側に出た。
「電車で遠くに逃げたほうが良かったんじゃ……?」
恐る恐る口に出してみる。間髪入れずに、少女が口を開く。
「本当はそうしたいところだけど、あなた、自分の立場が分からないのね。警察に捕まったら厄介なのよ。道だって、警察さえいなければ、大通りを進んだ方が良かったのに」
「け、警察? ああ、そうか」
俺は高校に、防犯カメラがあることに気付いた。防犯カメラには、俺の行動が記録されているはずだ。防犯カメラ自体が熱で駄目になっても、映像は守衛室に録画されている。火事の原因はすぐに、人体自然発火だと分かるはずだ。しかし、そんなことは映像を見ても正しく判断されない。三人が灰になる様や、担任の足元から突然上がった炎。その中で薄笑いを浮かべながら立っている俺。燃えている担任をそのままにして、逃げるように部屋を出て、カウンセリング室に入るところも、記録されているだろう。そして俺が入室直後に、カウンセリング室からも火が上がったことも。さらに、火が上がったカウンセリング室から逃げる俺が、学校から姿を消すところまで、全て記録されているはずだ。そして、クラスの全員が、俺の事を犯人だと決めつけるだろう。俺があの三人や担任、カウンセラーを憎んでいたことを、俺のクラスなら誰もが共有しているからだ。
「自首、したほうが、良かったのか?」
周りにいた四人が、俺の方を驚いたように見た。ピアスの男だけが、からからと乾いた笑いをこぼした。
「あなたは、ああいうのが趣味なの? え? マゾってこと?」
「ああいうの?」
「マゾヒストの略よ。痛いのが好きなの? あの、マッドサイエンティストに捕まりたかったのかってことよ。駅で銃を撃つようなバカのこと」
思い当って、背筋が寒くなる。あの金髪の男の事だ。確か名前は百田と言っていた。何故警察に自首することが、あの百田とつながるのか。そんな俺の思いを見越したように、少女は苛立ったように言う。
「駅封鎖して、日本の真昼間に銃を撃つような連中よ? 警察とか政治家とか、そういう権力者と繋がっているに決まっているでしょう?」
「そんな漫画みたいなこと、あるわけがない」
「人殺しが、今さら何言ってるのよ?」
「巫女」
和服の男が、少女を咎めるような声で制した。少女は口をとげて、俺の正面に立った。
「今のは、言い過ぎたわ。ごめんなない」
「いいよ。事実だから」
少女の目は、漆黒に澄んでいる。白い肌に黒髪が映え、それでも頬は興奮のためか上気していた。
「そのタトゥーについて、知りたい?」
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