6.措置

 まず、俺を容疑者のように扱った時と同じように、佐久間と富田、そして葉月を呼び出す。担任には、同じ部屋をあらかじめ準備させておく。そして三十分後には担任が確認に来ることになっている。俺は奴らに、助かるチャンスを与えることにした。二年半くらいは、一応友達として一緒にいたので、それくらいはしてやらないといけない気がした。そうしなければ、俺の方が卑怯者みたいだからだ。


「楽しくなかったら、信用できないという結論だったけど、それは今も変わらない?」


佐久間は顎をしゃくって、あからさまに嫌そうな顔をした。富田はうつむいたままだ。葉月は考え込むようなしぐさを見せた。


「一生、変わらねぇよ!」


佐久間がそう吠えると、隣に座っていた富田も深くうなずいた。


「葉月はどう思う?」

「そうだな。そういう人も中にはいると思うけど、友達に信頼とか、ちょっと概念がズレてる気がするんだよね。ああ、もちろん佐久間の言っていることも、分かるけど……」


葉月はどこまでも、どっちつかずだった。


「残念だ」


俺は三人を視界におさめ、両腕に意識を集中した。誰から燃やそうか考えていた。すると佐久間は、何を思ったか、俺にトイレットペーパーを寄こした。俺が泣いているから黙っていると思ったらしい。佐久間は絶対に許せない元凶だから、二人が燃えているのを見せて、十分に怖い思いをして、命乞いをさせて燃やそうと思ったのに、駄目だった。カッとなった俺は、すぐに佐久間を燃やした。騒がれると迷惑だったから、先に頭を丸ごと燃やし尽くした。佐久間は燃えながら、机に突っ伏した。佐久間の頭は、ガラス製の灰皿に落ち、体も内側から燃えていった。まあ、灰になったから、灰皿の中が最期と言うのは言いえて妙だ。思わず顔上げる富田と、目をむく葉月。葉月が息を思い切り吸い込んだタイミングで、俺は残り二人を燃やした。プスプスと音を立てながら、三人とも燃えて死んだ。あっけなかった。

 そして、ちょうどそこに担任が入ってくる。俺のシナリオでは三十分後という約束だったが、二十分ほど早かった。おそらくここの部屋の廊下を通った人から、焦げ臭いとか変な臭いがするとか、苦情が入ったのだろう。タバコでも疑われただろうか。いずれにせよ、俺にはもう、どうでもいいことだった。担任はあまりの焦げ臭さに、腕で鼻を覆って顔をしかめている。三人分の灰と、ソファーの焦げ目が、元々何だったのか分からないのだろう。俺は担任にもチャンスを与えることにしていた。優等生だった俺は、学校推薦で大学に合格していた。内申書をこつこつ書いてもらった担任には、必要な救済処置だと思った。


「先生。あなたも、信頼がない友情は成り立たず、その信用とは楽しさだと思いますか?」

「何を言っている? それよりも三人はどうした? 何を燃やしたんだ?」

「三人は教室ですよ。この灰は汚いので、俺が処分しておきます。さあ、答えて下さい」


人間が簡単に灰になるはずはない。その常識化された固定観念が、担任の中に横たわっているのが分かる。だから、その答えも全く面白みがなかった。


「友情には楽しさが付き物だろう。ただ、信頼も大事だ。それは人間関係の根底にある」


信用と信頼を置き換えて、なおも佐久間たちの論理に呑まれている大人の意見だ。数学教師である担任としては、佐久間たちに肩入れしたことに、矛盾を生みたくないのだろう。首尾一貫、「友情=楽しさ=信用」という図式を守りたいのだ。それは生徒を守りたいからではなく、自分の教師としての立場を守りたいからだ。


「正直、俺はあんたに信頼を置いていましたよ。そして俺の言動は、教師たちの信頼に値するものだったと思うんです」


俺は両腕に力を込めて、担任をにらんだ。


「残念です。あなたは最後に、俺に失望と絶望を与えてくれました。これは、お返しです」


俺が肩をすくめて、にこりと笑った瞬間、担任の足元から火の手が上がった。担任は下手な歌を大声で歌い、炎に包まれた足で滑稽なダンスを踊った。スプリンクラーが作動し、警報装置が激しく音を立てる。俺はすぐさまその部屋を脱出し、カウンセリング室に駆け込んだ。警報装置が鳴っているのに、そこにはカウンセラーが机に向かっていた。火災報知機は稀に鳴る。訓練だったり、悪戯だったり、誤報だったり、内容は様々だが、本当に火事になったことは一度もない。カウンセリング室は非常口にも近いため、カウンセラーは重い腰を上げなかったようだ。これも、俺のシナリオ通りだった。

 カウンセラーが俺の方を怪訝そうに見る。書いていたものを机の抽斗にしまって、立ち上がり、俺と対峙した。


「今日は予約は入っていませんでしたが?」


いつもの穏やかな口調で、カウンセラーは言った。こいつには、温情をかけてやる気はなかった。佐久間や富田の、傀儡に過ぎない。よって、チャンスも与えない。


「偽善者が。生徒の心に寄り添うどころか、偏見で俺を差別してあんなことまで言って」

「一体、何を? まさか、この騒ぎは君が?」


俺が悪戯で、火災警報装置を押したと思ったようだ。まさか、自分も担任と同じように、火災発生現場そのものになることも知らずに。俺は担任の時と同様に、カウンセラーの足元から火を発生させた。下手なミュージカルの一人芝居のように、奇声を上げ、助けを求め、駆けずり回っていた。


「さようなら」


俺はそのまま非常口から外に逃げ出した。警報装置がうるさく鳴っている。生徒たちも教師たちも、これが本当の火災であると気付き始めたようだ。がやがやとした声を背中で聞いていた。消防車のサイレンが近づいてきた。俺がいた高校に向かうのだろう。

 俺はこうして、これから始まるはずだったキャンパスライフを棒に振って、復讐を成し遂げたのだった。灰になった三人と、焼けていく大人二人を思い出す。急に怖くなって、駆け出した。今までに経験したことがない感情だった。もっとも、人を殺した経験がないから、その感情も初体験だったのだ。背筋がぞくぞくした。誰かに追跡されているような緊張感と、優越感があった。

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