5.自然発火

「一体、どうやって……?」


俺は男と炎を交互に見て、呟いた。声が震えていた。その俺の様子に、男は嬉しそうに狂気じみた声で笑った。


「このタトゥーは、所有者が火を操れる。自然発火のタトゥーだ」


俺の脳は、今、全力で男の言葉を否定していた。それはある可能性に強く惹かれているからだ。自然発火を自由自在に操れれば、あいつ等を火だるまにして、焼死させられるという可能性だ。


「お前、この力が欲しいだろ?」


俺はこの間に逃げることも出来たのに、それをせずに逡巡した。男がヒャハッと奇声をあげて笑った。


「そいつらが、憎いだろう? いいのか? こっちは苦しむのに、あいつらはお前の事なんか忘れて、将来楽しくやるんだぞ? お前は一生をダメにされたのに?」

「知ったような口をきくな!」

「知っているさ。俺も俺の人生を奪ったやつらに、復讐してきたからな。もちろん、このタトゥーを使って」


俺の心臓が、一際激しく鳴っていた。前例があるということに、人間はこんなにも弱いとは思ってもみなかった。男は俺に近づいてきた。そして先ほど同様に、俺の両腕を掴んだ。俺は今度はその腕を振り払おうとは思わなかった。


「受け取ると言え。それでこのタトゥーは、お前のものだ」

「う、受取り……、ます」


俺がそう言った瞬間、男の腕からタトゥーがなくなった。その代わり俺の両腕に激痛が走った。


「くっ! うわあああああああああああっ!」


その焼けるような、そして両腕を抉るような痛みに、俺はアスファルトの上を転げまわった。


「ヒャハッ! やった! これで俺は自由の身だ‼」


男はそう言って、本当に小躍りしながら走り去った。ジャンプしながら拳を天に突き上げていたのが、視界に入った。一方のたうつ俺に、コンビニの店員が声をかけてくれた。


「大丈夫ですか?」

「腕が、腕が! 腕が焼けるように痛い!」

「救急車、呼びますか? 今、アイシングします。放火魔に何かされたんですか?」


やっとの思いで、俺は首を振った。この腕の痛みが、男のタトゥーを受け取った代償だとするなら、俺の腕に、男の両腕のタトゥーと同じものが、刻まれているのだろう。そんなものを救急隊員や警察に、見られてはならないような気がした。店員は状況から、男を放火犯だと思っているらしい。俺が大事にさえしなければ、ただのボヤ騒ぎですむかもしれない。店員にやせ我慢して、俺は腕をさすりながら立ち上がる。まだ両腕は疼き、痺れたようになっていたが、激痛はおさまりかけてきた。俺は店員が持ってきた氷入りのビニール袋を腕に乗せながら、礼を言ってコンビニを後にした。


 完全に痛みが取れた頃、俺は公園のベンチで、そっとシャツの腕をまくってみた。俺の手首から肘にかけて、予想通り、鬼やら罪人やらの趣味の悪いタトゥーがあった。それを確認した俺は、ふと公園のゴミ箱に目をやった。コンビニの物とは違う形状だが、分別できるようになっている。燃えるゴミ、燃えないゴミ、缶、ビンの順に並んでいる。男は燃えるゴミに着火させていたが、他のゴミも試しておくことも重要だと思えた。ここはまるで俺の為に設えられたような場所だった。さて、男は何か魔法使いのように呪文でも唱えたか。答えは否だ。そんな呪文のようなものは聞こえなかったし、そんな暇もなかったはずだ。では、魔法陣でも描いたか。これも、否だ。ゲームみたいなことは、何も起きていなかった。だからこそ、コンビニの店員は放火だと思い込んだのだ。ただ、男は一言だけ呟いたようだった。


『応えよ、タトゥー』


 俺の目は、燃えるゴミを佐久間たちに見立てて、意識を集中した。両腕に力を入れるように、拳を握りしめた。何も言う必要はない。何も描くこともない。何故ならもう既に、両腕にその様式が、もしくは要式が、備わっているのだから。


(応えよ、タトゥー)


そう俺が心の中で念じた時、コンビニの前で見た火柱が上がった。火柱はすぐに縮んで、ゴミ箱の投入口を回り、鉄製と思われるゴミ箱を変形させ始めた。次に、燃えないゴミに意識を向ける。やはり小さな爆発音とともに火柱が上がって、ビニールなどを焼いたときの、嫌な臭いと黒い煙が上がった。俺はチェックリストに印をつけるように、缶とビンにのゴミ箱も順序良く燃やしていった。変形したゴミ箱を、最後に覗いてみる。燃えるゴミと燃やせないゴミは、灰となっていた。缶やビンは、溶けてゴミ箱の底にへばりついていた。どのゴミ箱からも、まだ熱が感じられた。


「はははっ」


俺は笑いながら変形したゴミ箱を蹴った。この灰があいつ等の末路だと思うと、愉快で仕方なかった。これが模試だったら満点だ。俺の本性は、どうやらこちらだったようだ。所詮優等生なんて、俺の性分に合わなかったのだ。自分でも、今の自分が不思議だったが、元々サイコパスのような人格が俺の主人格だったなら、納得もする。

 


 高校生活もあとわずかだ。やるなら、早めに実行に移した方が良さそうだ。この日、俺は復讐を決意し、翌日には実行した。




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