3.出会い
教室で俺を出迎えたのは、葉月だった。女の名前のような名字で、おとなしそうに見えるが、佐久間と一緒に俺を「毒婦」扱いしていたし、他人がペットの話を始めると「親ばか」と言って見下すような奴だった。葉月はまるで蝙蝠のように振舞った。つまり、俺にも佐久間と富田にも、すり寄るような態度をとったのだ。羽があるから鳥の仲間だと言い、体毛があるから動物の仲間だと言った蝙蝠のようだった。結局、両親が公務員で温室育ちのボンボンは、イジメの傍観者も加害者だということを分かっていなかった。傍観者よりも質の悪い行動も、自分は精一杯のことをやったのだと、自分を納得させる材料だったのだろう。
幾日か経った日の事、俺は担任から職員室に呼び出しをくらった。もう担任の顔は見たくなかったが、残念なことに、毎日顔を合わせていた。そして職員室に呼び出した俺に、担任は信じられないことを言った。
「先生たちの前でだけ仲良くするのは、やめなさい」
俺は、何故担任が俺を叱るような口調で、そんなことを言ったのか分からなかった。
「何のことですか?」
「とぼけるのはやめなさい。見苦しい。皆から聞きましたよ。君が先生の前でだけ友達のように振舞うって」
俺には、身に覚えがなかった。あえて言えば、主語が違う。俺が、佐久間たちとつるんでいるように見えるような行動をとることは、出来ない。俺と佐久間や富田は、絶縁しているのだから。さらに言えば、先生の前でだけ、俺をイジメていなかったのは佐久間と富田の方だ。どうやら佐久間と富田は、自分たちがやっていることを、俺がやっているように担任に告げ口していたらしい。しかも担任は数学を担当している割に、二人か、三人いれば「皆」となるようだ。随分と大雑把だ。俺はもう、何もかも面倒になって、「やっていません」と事実だけを言置いて、職員室を出て、授業に戻った。
俺は時々、スクールカウンセラーのもとに通っていた。担任から言われたことや、佐久間たちとのやり取りで疲弊していたから、俺は翌日の朝一でカウンセリング室に向かった。俺がこれまでの事をカウンセラーに話すと、カウンセラーはため息をついて、こう言った。
「あなたは、反省しないのですね」
目を丸くした俺は、思わず身を引いた。そして、ある事実に行き当たる。富田だ。富田もまた、カウンセリング室のヘビーユーザーだった。担任だけでなく、カウンセラーまで、佐久間と富田の手が回っていたのだ。俺が必死に、事実とは異なると主張しても、カウンセラーは、まるで残念な生き物を見るように、俺を見た。そして最後に、言い捨てた。
「だったら、あなたの人を見る目がなかったんだね」
ショックだった。あくまでも、悪いのは俺なのだ。俺はもう疲れて、カウンセリング室から出た。もう二度と、このカウンセラーには会いたくないと、思った。
教室に行くと、佐久間たちが三人で笑っていた。そんな光景を横目に、俺は自分の席に戻る。三年の終わり。つまり卒業を間近に控えている状態で、俺に肩入れする奴なんて誰もいなかった。ただ遠目に、俺の事を哀れんでいるのは分かった。クラスメイトは、俺たち四人を仲の良いグループだと思っていたし、それがどうしてこんなことになってしまったのか、誰も分かっていない様子だった。
そんな折、教室で最後のパーティを開こうと、担任が言い始めた。友達同士で机をくっつけて、担任が用意したジュースや菓子を食べて楽しもうという、簡単なお別れ会だ。皆が友達同士で机をくっ付けていく中、無論、俺だけが取り残されることになる。俺は担任を見つめていた。葉月が慌てたように、佐久間の机に自分の机をくっつけようとしていたのが、滑稽だった。もう、どうでもよくなった俺は、席を立って、担任に言った。
「気分が悪いので、保健室に行きます」
疑問形ではなく、断言だった。そして「気持ちが悪い」ではなく、「気分が悪い」だった。だから俺は振り向きざまに、担任に言葉を投げつけた。
「こういうのが、見たかったんですね」
こういう、残酷で屈辱的な光景が、担任のあなたは見たかったんですね。そういう意味だった。俺は本当にどうでもよくなった。三年間、真面目にひた向きに努力してきた結果がこれか。そう思うと、たまらなく虚しかった。一瞬、死んでしまおうかと思ったこともある。ただ、それは佐久間たちを喜ばせる結果であるために、回避してきた。それでも、努力した結果が裏切りだと思うと、誰も信じられなくなった。だから俺は保健室にも行かなかった。初めて、学校に無断で帰路についた。家に帰っても面倒なので、駅の近くのコンビニの駐車場で、炭酸ジュースを飲んでいた。ゴミ箱の横に座り込んで、必死で殺意にも似た感情を押し殺していた。慣れない炭酸を煽ったら、豪快なげっぷが出た。ちょうどその時、貧相でボロボロの服を着た男が、コンビニの駐車場に駆け込んできた。両足ともに裸足で、髪の毛は無造作に伸びて白髪交じりだった。髭も手入れされた様子がなく、体臭が獣じみていた。何なんだ。人がこんな最悪の気分の時に。そう思って男をにらみつけると、男も俺を目を見開いて見つめていた。目が合ってしまったのだ。しかも男は明らかに俺を見つけて、喜んでいた。
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