2.友人関係解消

俺の向かい側に座ったのは、何故か富田本人ではなく、佐久間だった。俺は混乱したが、取り合えず話し合いの場が用意されたのだと、自分を納得させた。


「こうした場を用意してくれて、ありがとう」


俺が引きつった顔でそう言うと、佐久間が「どういたしまして」と言った。そして、佐久間が話し始めた。富田はうつむいて、黙り込んだままだった。佐久間は話し始めると同時に、用意していたトイレットペーパーを、机の上に置いた。泣くんだったら、使えよ。という具合だった。その時、俺はさすがに怒りを感じたが、反論しなかった。冷笑を浮かべたまま、佐久間は一人で話し始めた。


「俺らさ、お前といてもつまらないんだよね。だから、友達、辞めてくんない?」


俺は初め、何を言われたのか分からなかった。何故、この場で佐久間が必要なのかさえ、理解できなかった。これは俺と富田の問題だ。部外者が何故話の主導権を握っているのか。


「つーか、お前。俺に、友達は信頼してないって言ったよね?」


確か、出会って間もない頃に、佐久間に言った覚えがある。佐久間がいきなり「お前、俺の事信頼してる?」ときいてきたからだ。その時佐久間は、同じ中学の女子が処女を奪われて捨てられて泣いたという話をしていたし、ゴミもポイ捨てしていたし、そういったことも含めて「信頼できない」と答えた。しかし、それは佐久間に限ったことで、「友達は信頼しない」とは、言っていないのだ。最近では髪を染め、ピアスをして、化粧をして、タバコを吸っていた男だ。しかも、他人が隠したいであろうことを、平然と吹聴するような男だ。そんな男に、一体信頼を置く人間は何人いるのか。


「信頼もしない奴に、相談とか、あり得ねぇだろ?」


話がすでにすり替わっている。つまらないという感情と、友達と言う概念と、信頼という価値観がぐちゃぐちゃだ。しかも、俺は信頼していなかったから、佐久間ではなく富田に相談していたのだ。それなのに、どうしてそんな言葉が出るのか。俺はグラウンドでの富田の会話を思い出した。


『だって、あいつは今、自分が楽しいことしか目に入らないだろ?』

『そんなことないと思う』


ここに来て、俺は富田にはめられたと悟った。正確には、富田と佐久間が裏で手を組んでいたのだ。元々仲の良い二人だった。そしてどこまでも卑怯な二人だった。富田は俺に佐久間に相談するように勧め、佐久間は俺の相談した内容を、担任にそのまま流していた。信頼もされていないのに、重い相談ばかりされて困る、と。


「だいたい、自傷? キモイんだよ」


俺の自傷は中学時代に始まったが、高校に入学してからはなくなっていた。俺も忘れるくらいだった。佐久間が自分の腕に、漫画のキャラクターの名前を彫って、見せつけてくる前までは。それに、佐久間も中学時代に手首を自分で切っている。自分にはキモイは当てはまらず、俺はキモいのか。


「お前、友達出来ないよ。何か、最初から自分で壁作ってる感じ」


佐久間がそう言うと、示し合わせたように富田が顔を上げた。すかさず、富田は佐久間に加勢する。


「そうそう」

「それに、もっと自分に自信を持った方がいいよ」

「うん。俺もそう思う」


何故上から目線で、何も知らない奴らが俺に説教するのか、分からなかった。俺は成績が良かったから、佐久間や富田の補習に、いつも付き合っていた。部活でも副部長だったし、生徒会では生徒会長だった。確かに中学時代には友人関係がごたごたしていたし、家庭環境も悪かったから、そのころの俺は自信なんて持っていなかった。しかし今は違うと思っていた。三年かけて、自信をつけてきたつもりだった。それを突然否定されたのだ。真摯に真面目に努力してきた俺が、今が楽しければ何をしても良いというような相手に。どうして、こんなひどいことが、簡単に出来るのか、理解できない。悔しくてたまらなかった俺は、相手の思うつぼだと分かっていながら、涙を流した。佐久間が鼻で笑っている。そして、佐久間はこれをきっかけに、さらに酷い言葉を投げつけた。


「前の国語の模試、俺の方が点数上だったし」


事実だったが、脈絡を無視している。俺が反撃してこないと分かったため、何でも言っていいのだと思ったらしい。俺の弁論は、ボクサーの拳と同じだと思っている。弁論大会の常連だったし、県のユースとして、文科省主催のユースフォーラムでの議論に、参加していた。だから、相手にしないことにした。


「そうだったな」


俺が言うと、今度は嬉々として佐久間は言った。


「本当は、中学時代の人間関係も、お前が悪かったんじゃねぇの?」


俺の目は、机の上のガラス皿に吸い寄せられた。その意味に気付いて、ゾッとする。自分は今、何をしようとしたのか。佐久間の頭をこのガラスの灰皿で、殴り殺そうと思ったのだ。まさか自分がそんな人間だとは思っていなかったのに、そんな行為に及ぼうと考える日がこようとは、夢にも思わなかった。それと同時に、佐久間への怒りは、憎しみに変わった。


「そうかもな」


ようやく、言葉が出たが、俺は元の俺ではなくなっていた。そこで、昼休みを告げるチャイムが鳴った。佐久間と富田は、昼飯を食べるために教室に戻っていった。

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