#ただのファン
千羽稲穂
ただのファン
『#ただのファン』というタグを見たとき、これあたしじゃんってなった。あたしはただのファンだ。彼の小説を追う、ただのファン。彼は画面の向こう側にいた。ツイッターで、小説書いてますとか、そんなことをいうような人じゃなく、唐突に、「小説書きました。」とだけツイートで流されて、「茜雪」とこれがとてもきれいなタイトルだったから、思わず読みに行ってしまったのだ。それまで彼はゲーム実況しかしてなくて、YouTubeでもけだるげな声で、登録者もそんなにいないのに、ゲームをし続けていた。吐き出す言葉はそんなにきれいじゃないのに、なぜか彼の根底に流れる川のせせらぎのような音に惹かれた。雰囲気や、空気、間の取り方、どれも穏やかでいつまでも聞いてられる声だった。そんな彼が小説を書いて投稿した。周囲はどうでもいいというふうに、いつも通りツイートをする。彼のファンはタイムラインの中で私だけ。読みに行って気づいた。この人の言葉が、音が、根底に流れる心音が好きなんだと、ようやく気付いた。
あたしはその時から、「ただのファン」第一号になっていた。
ただのファン一号は、その時から彼にゾッコンだった。彼のゲーム実況はすべて洗いざらい見て、ここが小説のこういうところと一緒なんだと、比較して、考察して、にんまりと笑った。字や声でなく、もっと彼の言葉を拾いたくなった。彼のセリフひとつひとつに、かわいさを抱き、何度か声に出した。
そうして、次の小説が投稿されたとき、あたしは声を出して喜んだ。ベッドの上で小躍りして、早く読みたいような読みたくないような、そんな気持ちにさせられた。文の一文字一文字を追うごとに、まだ読み終わりたくない、なんでこんな短いんだと思わせられた。時間は早く過ぎて、最後の文を読み終わるときには、彼の透き通った川のせせらぎが自分の中をすっと通り過ぎていくのを感じ取っていた。つぶさに感じ取る水の冷たさに、彼の根底に流れる哲学みたいな、何かがあると思った。それを掬い取ってあたしは息がしたいと、切望した。
ただのファンは、待ちきれなかった。もう何が何でも、次の小説が読みたくなった。どこのサイトでもいい。彼の小説がないか、言葉がないか探した。でも、見つからなかった。投稿された二つの小説だけが、ぽつんと私の中で転がっている。彼のツイートは、いつもながらに少なく、言葉も短く、何に影響を受けて小説を書いているかなんてものもわからない。わからないことだらけで、あたしの供給はみたされなかった。
感想を送ろうと思った。どう言葉にしていいかわからないけれど、私の言葉をいくつか連ねて。初めて小説が読めましたとも、初めて小説書きのファンになりましたとも、そう、伝えようか迷って、何度も言葉を濁した。結局朝が明けて、学校に行って、夜になって宿題をするルーティンに入ってしまい、一週間が経過した。どこにもだせないあたしのファン魂を、伝えようとした。その時、彼がありきたりなツイートをした。
「僕の小説のジャンルはなんだろうな。ライトノベルかな。それとも文芸?」
よくわからない言葉だった。ファンなのに。彼の言っている言語を読み解こうとして、無理で、やっぱり感想を控えた。誰よりも彼のことを一番に追っていた。一番読み解こうとして、ファンになって、必死になって彼を見ようとしていた。それなのに、あたしはなんにも気づいていなかった。
そんなツイートをした後、彼はアカウントを消した。
彼があたしのタイムラインからいなくなって、数か月。あたしは何度も小説が投稿されていないかチェックした。でも、そこにも彼の痕跡はなかった。どこにもあの時、投稿された小説はなかった。あたしは紙にして印刷していた彼の言葉を繰り返し読んだ。どこかに彼が消えた理由があるかもしれない。どこにもない彼の痕跡を辿ろうとした。しっぽだけでも捕まえたい。彼の言葉の端々にある諦念に、独特な哲学に惹かれた。何度読んでも同じところで涙して、最後にきれいだな、こんな人になりたいとすら思った。まるで失恋したかのような居心地になり、何もしたくなくなっていた。
あたしのリアル。ファン第一号は、しがない学生だった。もう一年で就活か、進学かを決めなければならない。そんなどこにでもある選択を差し迫る中、彼の言葉や行動は、あたしの中で爆ぜる花火のような非日常に感じられた。夜空に咲いた花火をもう一度見たいから、もう一年経っても、花火を見続ける。花火が爆ぜた後は、なぜか切なくなる。あたしの瞳はいつしかぐずぐずにふやけて、目の前がまっくらいになっていく。夜空に花火はないのに、ずっと見上げているみたいで、悲しくなる。ゲーム実況のチャンネルも、ツイッターも、小説も、どこにも彼を見つけられない。完全にブラックアウト。せめて生きているかどうかだけでも教えてほしかった。それだけでも、あたしはあの時感じられた、彼の根底をすくえるような気がした。
そんな傷心の、ただのファン。そこでひょっこりとタイムラインに小説書きが現れた。
「私が小説を書き始めたのは、WEBで投稿されなくなった作品があるからです。私はその小説の続きを書こうと思って、投稿し始めました。」
あたしの夜空にズガーンッと、花火が打ち上げられた。まっくらだった、夜空に再び彩を見せる花火に、目をいっぱいにさせた。何度も打ち上げられる花火に、あたしの中の彼が蘇ったのを確信した。彼の流れ、せせらぎ、声の色、それらが集約されてぐわんぐわんとうなり、竜巻を起こす。これを、どう伝えられるだろうか。でも伝えていかなければならないと、確かにひしひしと感じて、思った。あたしが、彼を書けばいい。彼を投稿し続ければ、彼の痕跡はないけれど、新たな足跡を刻める。何度も花火を打ち上げて、何度も夜空を彩れる。
あたしは、それから書き始めた。彼のことを真似して。彼の文のまねっこばっかだけど、彼の哲学に、彼の言葉をのせて、新たな彼の像を。決して彼自身ではなかったけれど、あたしの思っている彼の想像を膨らませてどんどん書き連ねた。声は彼に似てないからゲーム実況は無理。ツイッターも彼のようにいかないから、あたし自身のキャラでツイートするしかなかったけれど、小説だけは彼のように書けた。
すると次第に、どこから聞きつけたのか知らないが、あたしが書いた小説にコメントが送られるようになった。
「面白かったです。続きはまだですか?」
彼の言葉が届いたみたいで嬉しかった。それはもう、特大の大きな花火を打ち上げたみたいに。
しがない学生をしつつ、あたしはWEBに小説を投稿している。書いているのは彼のこと。彼がいなくなって一年。それなのに、あたしはまだ彼にならい小説を書いている。「影響を受けた作家は?」と尋ねられると、すかさず彼の名前をだした。そうして、知らない間にあたしは珍しいWEB小説家として、タイムラインにいるようになった。小説をあげると、誰かしらが読んでくれて、感想をくれる。それだけでも嬉しいのに、たまに力の入った感想をくれると天に上るような心地になる。あたしと同じような仲間たちがタイムラインにいる、一年前では考えられないような世界が広がっていた。あたしの小説を読んで「面白い」と言ってくれる人がいて、あたしはより強く彼を書いていく。そして知らないうちに、彼ではなくあたしが出てきて、知らない間にあたしの小説も書くようになっている。あたしはここ一年で大きく様変わりした。
「この小説、僕が書いた小説みたいですね」
そんなコメントが流れた師走。あたしは、たったひとコメントに衝撃を受けた。このコメントは、彼のコメントみたいだ。そう確信をもって、何度も読み返した。少しだけ変わったネーミングセンス。ぼかしたような語彙に、懐かしさと切なさを思いっきり浴びた。もしかして、この読者は彼なのかもしれない。
「昔、僕も死んだ犬が喋るミステリを書いてたんです。自慢とか、そういうのではなくて、純粋にこの作品面白くて好きなんですが、どこか懐かしいなって思って」
続くコメントで、もうこれ、彼じゃんって、確信した。私の仲間たちのコメントの中にうずもれる彼のコメント。あたしは飛びついた。逃がさないように、今度は即座に返信コメントをして捕まえる。つかんだしっぽは離さないように、手に握りしめて。
「もしかして」とあたしは確信に迫るようなコメントを返信した。彼の返信が来るまで何秒か。数分、数十分、何時間と液晶画面を見つめ続けた。ぽんっと返信があったのは数十時間後、一日が経っていた。
「あの時、読んでくれていたんだ」
これ以上ないくらい、あたしは泣いた。あれ以来、彼の痕跡はどこにも見当たらず、二度と会えないとすら思っていたのに目の前にいる。本当に彼だった。
彼は、今、変わらずにゲーム実況をしているらしい。名前を変えて、でもあの時のネーミングセンスのままで、登録者数はあの時の倍以上いて、軽く人気者になっていた。せっかくだから、通話アプリで、直接通話した。つもる話もあると思っていた。でも、なんにも話せなかった。彼の小説が好きだったことだけ告げて、彼の言葉に酔いしれた。
「でも、この小説は僕の小説ではないかな」
その言葉にちょっとだけ悲しくなって、でも嬉しくって。
「そうですね。これはあたしの小説です」
それだけは確かに心にとどめて、しっかりと答えた。
「そそそ、そういえば、し、小説ってまだ書いてますか」
「うん」
彼の力強い声に泣きそうになる。
「うん、また読んでよ」
あたしと彼との通話が終わり、ひとしきり泣いた後、彼の投稿したゲーム実況を見た。彼と有名実況者がコラボしている動画だった。タグに『#ただのファン』という文字が連なっていて、あたしはひとりほくそ笑んだ。
これってあたしじゃん。
#ただのファン 千羽稲穂 @inaho_rice
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