開拓村の読み書き事情 ~欠けた開拓地のそこそこ平和な日常~

海原くらら

広場に立てられた掲示板にて。

 さて、そろそろ……。おや、こんにちは。

 暑い中ご苦労様です。

 あなたも布告を見に来られたのですか?


 自分ですか? 兵士の業務中ですよ。

 今日はここに立てられた掲示板の警備と、張り出された布告文の読み上げ担当です。

 ええ、そうです。こういう布告文を読み上げるのも兵士の仕事なんですよ。

 この開拓村には文字を読めない人もいますからね。


 足を止める住民の方が増えてきましたし、今から読み上げようかと思っていたところなんです。

 すみませんが、お話はその後で。


 えー、皆様お静かに。

 そこに張り出されております、開拓騎士団からのお知らせを読み上げます。

 内容をご存じの方も、まだ知らない方に自分の声が届くよう、どうかお静かに。


 今回のお知らせは、ふたつです。


 ひとつめ。魔獣について。


 以前から村内での目撃証言がありましたヘビですが、大型で危険度の高い魔獣ヤツメヘビはすべて退治されました。

 また、中型以下のヘビの駆除も進んでいます。


 しかし、まだすべてが退治されたわけではありません。

 引き続き、ヘビが隠れやすい村はずれの茂み等には不用意に近づかないようお願いします。

 もしヘビにかまれた場合は、すぐに開拓騎士団の兵舎内にある医務室か、丘の上にある薬草加工小屋へ。


 ふたつめ。作業員の募集について。


 先日、麦畑の収穫から脱穀までの作業が完了しました。

 想定以上の収穫により当面の食料は確保できましたが、相当量の麦わらが残っております。

 今後も大量発生するであろうこの麦わらを有効利用できないかということで、いろいろと試してみる予定です。

 このため、麦わらの運搬や加工等を行う人員を十数名ほど募集します。


 今回の募集に参加した場合、参加期間中の農作業が免除されます。

 また、期間中に作成された試作品や一部食料が優先的に提供されます。

 参加希望者は、宿舎内の臨時木材加工所に申し出てください。

 希望者多数の場合は基本的に新着順だそうですので、参加したい方はお早めに。


 今回のお知らせは以上となります。

 お知らせ内容については、農作業等に戻られた後に周囲の方への伝達をお願いいたします。


 ふう。お待たせしました。

 どうでしょう。内容は伝わりましたか?

 大丈夫ですか。ならよかった。


 そこに書いてある文章よりもわかりやすかった?

 ありがとうございます。

 あなたは文字が読めるんですね。


 読めない人たちはどれくらいいるのか、ですか。

 うーん。この掲示板の横で見てた限りでよければ。

 そこに書かれているような硬い文章だと、十人のうち七人くらいは読めてなさそうですかね?


 あら、どうしました? そんながっかりして。

 それだと読み物があっても読者が限られる?

 まあ内容にもよると思いますよ。もっと簡単な文章なら、読める人と読めない人が半々くらいにはなる気がします。


 それでも少ない?

 いや、こういう開拓村ではかなり多いほうだと思いますよ? 

 国や地方にもよるんでしょうが、辺境の村とかだと村長以外の村人は全員文字が読めないなんてこともあるって聞きます。

 商業の発展した都市とかだと、読める人のほうが多くなるそうですが。


 自分ですか? 幼いころに家族から基礎的な部分だけ教わりました。本格的に学んだのは兵士になってからです。

 で、この開拓騎士団に所属したときに訓練の一環ということで改めて勉強させられました。

 命令文を読んだりとか、報告文や伝令文を書いたりしないといけないですからね。


 まぁそのおかげで、ひととおりの読み書きはできますよ。

 書くのはちょっと苦手なんですけど。

 書けることは書けますが、そこそこ時間がかかります。


 え。なんです今度は。

 仲間になってほしい?

 何の話です?


 書けるなら本作りを手伝ってほしい!?

 いや本当に何の話ですか。そんなのやったことないですって。

 慣れれば速く書けるようになるからって、待ってちょっと落ち着いて。まず理由を話してくださいよ。


 はぁ。

 なるほど。

 あなたの故郷では、いろいろな本や読み物があったと。

 個人で読む本や巻き物の他にも、大道芸としての書物の読み上げに、版画を使った速報記事なんてものまで?


 それはまた、ずいぶんとまぁ充実してたんですね。

 うちのほうだと本に触れる機会自体が少なかったですよ。

 身近な本といったら、村長の家にあった読み聞かせ用の物語本とか、聖職者の人が持ってる経典くらいですかね。

 文字の勉強にしても、余った木の皮を再利用した手作りの教材を使ってましたし。


 ま、そのへんは文化の違いってやつですかね。


 で、ここにはそういうのがない。

 ないなら作ってみようと。


 物語を知ってる人は何人かいたと。

 絵を描ける人も見つかった?

 いたんだ、この村にそんな人。よく見つけましたね。


 だけど書き手が足りない。あなたも書けるけど、他にも書ける人が欲しいと。

 で、私も? じゃなくて自分も?

 いやいや、自分は無理ですって。これでも兵士ですよ? そんな時間とれませんから。


 しかし、なんでそんなことを思い立ったのですか。

 暇だから?

 故郷にあったもので皆が楽しんでたし、ここにないなら作ろうと思った?


 そういえば、この前もボードゲームの駒とかを作ってましたね。

 あなたって行動力ありますねぇ。

 思いつくだけならともかく、実際にやってみる人ってなかなかいませんよ?

 そうそう。あなたが作った駒やダイス、自分たち兵士の間でも使わせてもらってます。なかなか評判がいいですよ。


 え。それは嬉しいけど、物書きのほうはどうなんだって?

 むう。話がそれない。

 空いた時間だけでもいいから? いや困りますって。


 それに、本にしても巻き物にしても、それを作るための紙はどうするんですか。

 紙ってわりと貴重品ですよ?

 そもそもここじゃ紙は作れないでしょうし、開拓本部からの補給はあてにできないでしょう。紙の大半は騎士様が使いますから。軍事書類や公文書の作成とかで。


 え。作り方を知ってる? 紙の?

 質が悪くなるけど麦わら原料でもいける? うっそ。ほんと?


 んー……。

 それが本当なら、木材加工所に話をしてみますか?

 はい。ちょうど麦わら加工の作業員を募集してますし、それに関するってことで。


 どんなものが作れるのかいろいろと試したいって話でしたから、紙の試作もさせてくれるかもしれません。

 この前も、紙が足りないーって騎士様がぼやいてましたし。

 まぁ自分は作り方を知らないですし必要な道具もわかりませんが、そのへんは試作担当の騎士様や兵士と相談ということで。


 え。うまくいったら本作りの仲間に加わってほしい?

 書き手じゃなくて本の読み上げでもいいから?

 いい声してるしって、そんなこと言われましてもですね。

 そりゃまあ、興味がないわけじゃないですが……。

 いや照れてませんよ。嬉しそう? 違いますから。


 あぁもう。まずは紙の確保からでしょう。麦わら加工で紙が作れないと、話ははじまりませんって。

 ほらほら、行ってください。先着順ですから、早くしないと枠が埋まっちゃうかもしれませんよ? 

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開拓村の読み書き事情 ~欠けた開拓地のそこそこ平和な日常~ 海原くらら @unabara2020

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