誰も読まない物語

雨乃時雨

誰も読まない物語

シロトリ歴1175年10月1日

 俺が誕生する。


(中略)


シロトリ歴1180年4月5日

 図書館から借りた本を全て読み終わってしまった。とても暇だ。

 暇で暇で退屈でしょうがなかったから、家にあった紙と鉛筆を使って、自分で物語を書いてみた。

 それを見た親が、「この歳で小説を書くなんて、この子は天才かもしれない」と言っていた。とても嬉しかった。


(中略)


シロトリ歴1186年3月24日

 学校の授業なんて聞かなくても分かる。4月に配布された教科書を授業中に読み進めれば、それだけで理解できる。だから、授業時間中はとても退屈だ。

 その暇な時間はいつも小説を書く。今日も小説を書いた。

 そういえば今日、随分と増えた小説のうちの一作を子ども小説大賞に応募した結果が返ってきた。優秀賞だった。親は喜んでいたが、俺は最優秀賞を獲れなかったから悔しかった。いつか俺の小説を全世界に認めてもらうんだ。優秀賞なんかで、満足していてはいけないと思う。


(中略)


シロトリ歴1198年5月30日

 小説の新人賞の結果が返ってきた。三次選考落ちだった。

 大学を中退して、ずっと小説に打ち込んできた。起きている時は勿論、寝ている時に見ていた夢でさえ、朝起きればすぐにメモをし、小説を考える材料の一つにしてきた。ここまでしていたのに落ちるということは、きっと選考委員の見る目が無かったのだ。

 親も「頼むから就職をしてくれ」と言ってくる。

 就職なんかすれば、小説を書く時間が減るではないか。それに、俺の最終学歴は高卒だ。俺のような有能な人間が、高卒扱いで入社なんて耐えられない。俺に残された道は、やはり小説家しか無いのだ。


(中略)


シロトリ歴1215年5月30日

 意識が朦朧とする。どうやら俺は死ぬらしい。

 数日前に風邪を引いて、病院に行く金も無かったから、仕方なくいつものように小説を書いていたら、急に力が入らなくなったのだ。助けを呼ぼうにも、指先一つ動かない。

 死ぬのは怖くない。

 数多くの小説を生み出したからだ。現在も公募に応募している作品があるし、この部屋にも未発表の作品が山ほどある。

 俺は死後に評価されるのだ。死後に評価される作家はかなりの数、存在する。

 そして、俺の本は、きっと「人気の本」コーナーに並び、未来永劫残るのだ。俺のことを疎んでいる親だって、きっと認めてくれるに違いない。疎遠になった友人だって、俺の本を読んでくれるはずだ。

 そうでなければおかしいのだ。


**


「先輩、このくそ分厚い本も捨てていいんですか?」

「厚さ、装丁関係なく、一度も閲覧履歴が無い本は捨てていいよ」

 人は死後、本になる。故人の人生は物語に、個人の性格は装丁に。全てが本に成る。それらの本は、世界各所に存在する塔という共同墓地に収められ、我々のような司書により厳重に保管される。

 しかし、塔の本棚は無限ではない。納められる本には限界がある。この第百五十の塔は、塔の中でも比較的大きな部類に入るが、それでも本棚は常にいっぱいだった。だから、本の廃棄に関するルールが幾つか定められており、ルールの一つに死後七十年間、一度も読まれなかった本は廃棄されるというものがある。私と後輩は、七十年間一度も閲覧履歴が無い本を、本棚から排除している最中だった。

「にしても、七十年間一度も読まれないってことは、家族にも友人にも読まれなかったってことですよね」

 この国では、その故人の命日になると家族や友人が故人の本を読みにくる。そして故人を悼むのだ。一度も読まれない人というのは、それだけ家族や友人に疎まれ、嫌われていたということになる。

「そういうことだね」

「ふぅん……。読者も仲間も居ないなんて悲しいですね」

 後輩は他人事のように言って、衒気げんきと虚飾にまみれた性格だったのだろう――ごてごてとした装飾の、ただ分厚いだけの本を捨てた。

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