私が夢を志すワケ

凪野海里

私が夢を志すワケ

 昔から読書をしていると、「すごいね」と言われてきた。最初は褒められていることが嬉しかったけれど、大人になってから改めて考えると不思議だった。

 何が「すごい」のか。


 幼い頃の私はかなり病気がちな方だったらしく、母親の話によると1ヶ月幼稚園を休むことも当たり前のことだったらしい。外で遊ぶこともあまりしなかったから、自然と家のなかで過ごすことが多かった。だから私は、療養中のベッドの上や病院の待合室などで、よく本を読んでいた。

 せなけいこ先生の『ねないこだれだ』の絵本シリーズ。しろくまちゃん、ノンタンなどのキャラクターもの。あるいはアニメを絵本にしたものとか。とにかく色々読み漁っていた。

 なかでも1番好きだったのは、枕元でお母さんがしてくれた絵本の朗読だったと思う。どんな本でもよかった。自分で読むよりもお母さんの優しい声で聞く物語が何よりも好きだった。だから風邪を引いたときはいつもお母さんに絵本を読んでくれるようにせがんだ。甘えていたんだと思う。


 絵本を読んでいたおかげもあって、自然と字を覚えるのも早かったらしい。幼稚園のみんながお絵描きやごっこ遊びをしている合間に、絵本を開いて読んでいた。小学生になると下校途中で歩きスマホならぬ、歩き読みをしていた。おかげで、近所の人からものすごく怒られたけれど。


 小学生の頃は朝読書の時間が1番好きだった。朝礼も運動も自習も好きではなかった。とにかく読書が好きだった。休み時間も、移動教室の合間も本を読んでいたくて。どこへ行くにも本を持っていった。


 物語を書いたのは、小学校1年生くらいだったと思う。別に意味なんてなかった。なんとなく、「こんな話を書きたいな」くらいの感覚でノートに書き始めた。書いては飽きて、書いては飽きて……。そんなことを繰り返していた。

 とにかく、何かを想像するのが楽しかった。3年生になると目の前で起きている出来事を、頭のなかでスラスラと文にして遊んでいた。誰に見せるわけでもないのに、「私は走った。目的地は図書館だ」とか、「○○ちゃんが一輪車に乗っているのを見て、なんであんなに乗れるのだろうかと思った」とか、簡単な文を作っていた。


 やがて4年生にあがった頃、私は伝記を読むのにハマっていた。昔の偉人たちがどういう生き方をしていたかを知ることが楽しくて読んでいた。ほとんど漫画だったけど、漫画だから内容がスラスラ入ってきて、それが余計に楽しかった。

 ヘレン・ケラー、ナイチンゲール、マリー・アントアネット(マリー・アントワネット)、ベーブ・ルースにベートーベン……。外国の偉人が多かった。おそらく、日本の偉人は数えるほどしか読んでいないと思う。野口英世と卑弥呼を図書館で借りたくらいか。

 そうやって色々読み漁っていくうちに、5年生になった頃。モンゴメリに出会った。


 L.M.モンゴメリ。世界的に有名な『赤毛のアン』の作者だ。彼女は幼い頃に母を亡くし、父とも離れ、母方の祖父母に預けられるかたちで暮らしていた。幼い頃から何かを空想することが好きで、道にある白樺やリンゴの木、時には鏡に映っている自分にまで名前をつけて遊んでいた。想像力が豊かな子だったらしい。やがて頭のなかで物語を生み出すようになって、あれこれ空想することも多くなっていったとか。

 読んでいるあいだじゅう、何かと共感することが多かった。物語を生み出して、空想して、1人で遊ぶ。私も同じ経験をしていた。伝記のなかでモンゴメリは、やがて作家になる道を志す。


 そのとき、私も同じように思った。

 そうだ、作家だ。私も作家になればいいんだ!


 作家になれば良いと、決意したが早かった。物語用のノートを作って、そこにひたすら思いつく限りの物語をどんどん書いていった。友だちに読んでもらったり、感想を聞いたりしていたときがとにかく楽しかった。今にして思うと恥ずかしい話だけど、「絶対、作家になれるよ」なんて言われたときには鼻が高くなったりしたものだ。

 幼いうちには誰だって経験する、褒められたら鼻が高くなって、プライドまで高くなっちゃうやつ。きっと私はそれに近い状態だった。

 でも大人になった今になると思う。本当に作家になれるのだろうかと。特に今の時代はネットで拡散できる時代だ。投稿サイトに初めて作品を投稿した高校生のとき、まず、あまりの閲覧数の少なさに愕然とした。


 あ、自分はたいしたことないんだ。


 どうやったら人に面白いと思われるような作品を書けるのだろう。面白いなんて人それぞれの基準だ。こっちが面白いと思っていても、つまらないと思っている人がわんさかいる。

 打ちひしがれた、とにかく。

 きっと鼻が高くなりすぎたんだ。たいしたことのない実力のくせに、プライドだけは高い。自分よりはるかに面白くなさそうな物語を見て、「こんなのが読まれるなんて」と蔑んだ。


 物語は面白くて楽しいけれど、その裏は残酷だ。世界には物語を書くことだけが好きな人もいれば、それを世にだして作家として食べていきたい人だっている。果たして私はいつまで、作家になりたい夢を追い続けられるだろうか。あるいは、いつまで叶わない夢を見続ける悲しい大人であり続けるのだろうか。

 けれどやっぱり、書くのは楽しい。作家になれるだろうかと悩んでいても、書きたい物語はわんさかあふれだす。気付くとパソコンに向かっている。登場人物たちが動いている――。


 物語はやっぱり残酷楽しいんだと思うのは、こういうときだ。

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