妖渦の狼煙・弍
会合の後、道継は神々廻家屋敷内の書院に立ち寄っていた。
「——はて……どこにあったかのう……」
広く薄暗い室内には、所狭しと古びた棚が立ち並んでいる。最低限手入れはされているが、訪れる者は少ないようだ。室内には微かに乾いた土のような埃の臭いが漂っている。
道継は棚から埃を被った書物や絵巻を次々と手に取っては、ぶつぶつと呟きながらまた次に目を通すといった動作を繰り返していた。
書院に保管されている書物はそのどれもが難解で古めかしい文字で表記されていて、挿絵や図面らしきものはぼやけていたり消えかかっていたりと、正確に読み取れるものは少ない。一族発祥についてのものや過去の大戦について記したのものがほとんどで、おそらく製本されてから数百年が経過しているであろう、歴史的価値の高いものばかりだ。
そのため、閲覧できる者は神々廻の中でも直系の人間、加えて当主である道元や現巫女姫である祈沙羅など一部の人間に限られている。
こうして慣れた手つきで書物を漁る道継は今となっては隠居の身のため、本来は書院への立ち入りを許されてはいない。
だが、彼が規則を破ってまで足を運んできたのにはある理由があった。
(一連の人里襲撃……決して偶然ではない。必ずからくりがあるはず)
つい先ほどまで参加していた会合でも議題に上がっていた、集団化した妖魔による巫神楽周辺の人里襲撃の件である。
道継は他の者達とは異なる点で強い違和感を感じていたため、少し前からこうして何度か書院に忍び込み手掛かりになる文献や資料がないか探していたのだった。
道継が感じた違和感。それは本来単独で行動するはずの妖魔が集団化したという異常事態に対してではなく、襲われた村々の場所と順序にあった。
調査を担当した者の報告が誤っていなければ、つぐなが発見された村を含め西から北、北から東、東から南といったように、襲われた村々を地図上で繋げば巫神楽を円で取り囲むように被害が出ているという結論に至ったのだ。
多少頭を捻れば誰かが勘付きそうなものだが、会合中、口にする者はいなかった。その事実が、道継が感じる違和感に拍車をかけていた。
「違う……これも違う……ええい、この調子では日が暮れてしまうわい——……む?」
“
“
道継が手に取った絵巻には、そう書かれていた。おそらく、相当古いものだ。長い時を経て傷みきった和紙を破らないよう、慎重に止め紐を解き、その場で床に広げる。
絵巻には、龍幻郷と思わしき大陸の地図が描かれていた。その地図には複雑に絡み合う曲線と、その軌道上に朱い点で描かれた目印のような点が多数あった。絵巻の名称からして、大陸中を循環する龍脈の流れと、その途中途中に点在する龍穴の位置を記しているのだろう。
それを確認すると、道継はごくりと生唾を飲み込み、懐に忍ばせておいた別の巻物を取り出した。
それは任務にあたった懐刃の隊士たちから得た情報を元に道継がこっそり制作した、被害を受けた村の所在地を記した地図だ。うっすらと透けて見えるほどの薄手の用紙が用いられており、龍穴分布図解と同様、墨汁で村の所在地に点が記してある。
そして、床に広げた“龍脈穴分布図解”に、用意した自作の地図をゆっくりと重ねた。すると————
「やはり……!!」
道継から驚愕の声が漏れる。二枚の地図上に点で記された場所、すなわち龍穴の位置と被害にあった村の所在地がぴたりと重なったのだ。
しかも、それだけではない。道継は興奮した様子で地図上の点を指でゆっくりとなぞる。北から西へ、西から南へ、南から東へ。全部で五ヶ所記された被害地を龍脈の流れに従ってなぞるに連れ、道継の顔色はみるみる青ざめ、指先は震えていった。
「……これは……なんということじゃ……」
そして最後に、北東の地点。そこまでなぞると、浮かび上がった仮説に道継は冷や汗を垂らした。彼がなぞった指は、巫神楽を中心に取り囲むように、五芒星の紋様を描いていたのだ。
道継の抱いていた悪い予感は当たった。断片的であった情報が、一つの答えを示唆している。一連の事実は凡人にはただの偶然に思えるのだろうが、博識な道継は浮かび上がった事実を災厄の前触れであると断定した。
龍穴から溢れる生命力は人の感情の影響を強く受け、陽の気にも、陰の気にもなり得る。妖魔に襲われた村には当然、村人たちの血が流れ、数多の負の感情が渦巻くだろう。恐怖、絶望、憎悪——人が死に際に抱く負の感情は、強大な陰の気を生む。その場所が龍穴付近であれば、大地を循環する龍脈の流れによって伝染病のように陰の気はじわじわと広がっていき、大量の妖魔を生んでしまう。
近頃増加している異常個体も、一連の事件の影響なのだろう。
つまり、暗躍している何者かは、巫神楽を陰の気に侵された龍脈と大量の妖魔で包囲しようとしているらしい。その先にあるのは、長きに渡り妖魔殲滅を掲げてきた神々廻への復讐か、人の世の終焉への足掛かりとするためか。
一度はそう考えた道継だったが、最悪の可能性が頭をよぎり、冷や汗を垂らした。
「まさか……奴らの狙いは……」
思わず言葉が漏れた。
想定しうる最悪の可能性、それは“始祖・道真の復活”である。
そう結論づける要因は十分だった。
まず、始祖・道真の霊魂を封印し、なおかつ巫神楽を覆っている不可視の結界も龍脈の流れを利用・応用したものであるということだ。里を取り囲むように設けられた結界の起点は巫神楽が存在する霊山一帯の龍脈の流れに沿うように配置されており、巫女姫が有する一才の穢れなき霊力、すなわち陽の気を流すことで封印と結界の維持を保っている。それが神々廻の巫女姫が代々継承してきた務めであり、責務でもある。
では、数百年侵されることのなかったその盤石な防備を、いかにして突き崩すのか。答えは単純だ。同様の方法を用いて、結界を構築している根底から崩壊させればいい。
巫神楽を護る結界の礎となる龍脈の流れ、範囲を超える規模の陣。巫女姫が有する陽の気ですら霞むほどの、邪悪で
その双方を以ってすれば、数百年巫神楽を護ってきた結界といえど太刀打ちできないだろう。
何者かは、長い月日をかけてその手はずを整えてきたのだ。
今この瞬間にも、敵勢力は着々と力を蓄えていることだろう。だが巫神楽を取り囲むほど広範囲の龍脈及び龍穴を利用するとなると、膨大な時間を要するのは明白。すぐに攻めてくることはないだろう。
かといって、呑気に茶をすすっている余裕はない。おそらく道元も重役たちも、表面的な問題に目を向けてばかりでこの事実に気付いていない。
一刻も早く報告し早急に対策を練らねばと、道継が重ね合わせた巻物を巻き直し懐に入れた時だった。
「————関心しませんな。
ギィという扉が開く音と同時に、抑揚のない無感情な声が聞こえた。
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