追憶 〜陰転〜

 山頂付近目指して集落を離れると、緋桜と紅葉の色彩は薄れ青々とした竹林に、人々の活気は消え静寂に響く葉擦れの音へと変わる。


 千鶴は慣れた足取りで、柘榴と共に竹藪の中を駆けている。


 すぐ脇には神々廻家が暮らす屋敷へと通じる整えられた石道があるが、そこを通るわけにはいかない。


 万が一、一族の者に姿を見られでもしたら厄介なことになる。自身の勝手な行いで姉が責任を問われるのは忍びない。


 巫神楽において集落と屋敷はそれほど離れていないが、集落の民が山頂付近に立ち入ることは固く禁じられている。唯一、懐刃の頭領だけが周辺の状況と任務報告のために行き来するくらいだ。それは龍神の遣いと畏怖される神々廻家と民とを隔てる、古くから取り決められたしきたりであった。


 それは千鶴とて例外ではない。神々廻に生まれながら、神々廻の性を抹消され一族の系譜からも除外された存在。忌み子となった日以来、屋敷へ近づくことすら許されず、山腹の孤立した古屋へと追いやられた。


 第三者がその悲惨な境遇を耳にしたなら、きっと誰もが憐れむことだろう。さぞ虐げた者達が憎いだろうと、同調することだろう。


 だが、違う。


 憎いのは、自分自身だ。在りし日の、心身ともに未熟だった自分。姉に頼りきりだった自分。一時の感情に溺れ、全てを壊した自分。


 ——なにより、最愛の姉をこの手で傷つけた自分自身が憎い。


 石道脇の竹藪から徐々に道を外れていくと、次第に轟々と流れる滝が水面を打ち付ける音が耳に入ってくる。その先にあるのは開けた空間、巫女姫が身を清めるために訪れる、みそぎの滝だ。


 自分の意思で毎日のように通っているが、姉の顔を思い浮かべる度、愛しさに紛れて昔日の惨劇が脳裏をよぎる。


 周囲の人間達が浮かべた恐怖の表情、侮蔑の視線。その中心で涙を浮かべ、呆然と佇む自分。感じたのは圧倒的な孤独。味方など一人もいないのだと悟った絶望。


 そして涙で霞む目に映ったのは、巫女装束を鮮血で染め、倒れ込んだ姉の姿。


 その瞬間、無垢な少女の運命は決した。


 最愛の姉と巫女姫として共に生きるはずだった運命は、血と闘争にまみれた夜叉としての修羅道へと転じた。



 四年の時が経った今でもその光景が鮮明に浮かび、手には最愛の人を斬り裂いた感触が残る。


 そして、その度に思う。


 ——きっと私は、この先も自分自身を許せず、呪い続けるのだろう。



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