第百二十四話「剣降って地固まる」
林太郎が誤解をとくのに丸三日を要している間、東京タワー前では懸命の救助活動が行われていた。
崩落した膨大な量の剣は広範囲に散らばり、ブルドーザーでさえかき分けるのは一苦労である。
なにせ土山とは違い掘った傍から崩れてくる上に、一本一本が鋭利な刃物なのだから。
そのいっぽうで、崩れた山の傍らでは考古学研究の第一人者たちが狂喜乱舞していた。
「おおっ、これは弥生時代の青銅剣……! それもこんな完璧な状態で……!」
「こちらもすごいですぞ! バデレールといいまして、メトロポリタン美術館に同じものがあるのですが……いやはやまるで新品だ」
「これはね、エジプトのメジャイが使っていたものでね、ピラミッドからも同じものが出土してましてね、それではここでクエスチョンです」
「おーいあんたら! 救助活動の邪魔だよーっ!!」
重機を用いての除去作業が行われる中、怪我をおして救助活動に参加したウィルとラマーによって、べこべこに凹んだ装甲車が発掘された。
ねじ曲げられたハッチをバーナーで切断し、中から要救助者が引きずり出される。
およそ100時間ぶりに救助された小諸戸歌子は、心労でゲッソリと痩せこけていた。
「無事かウタコっ!?」
歌子の目はまるで焦点が合っておらず、歯はカチカチと鳴り続けている。
「あぶぶぶぶ……国際バッシング……責任問題……解任……破滅ですわ……」
「……この期に及んで己のキャリアを心配しているなんて。まったくたいしたヤツだぜ」
「それでこそウタコだ。なあウィル、どうせ俺たちは
「ふっ、もう申し込んである。
「「HAHAHAHAHAHA!!!」」
彼らがトリオ芸人としてブレイクするのは、もう少し先の話である。
…………。
いっぽう阿佐ヶ谷のヒーロー仮設本部では、鮫島朝霞司令官が小諸戸参謀本部長にかわり風見長官への報告を行っていた。
「……ヒーロー本部の人的損害は重軽傷者4名。報告は以上となります」
「ご苦労さま、助かるよ鮫島くん。僕には現場のことはわからないからね」
「いえ、仕事ですので」
食えない男だと、朝霞は思った。
長官は現場を知らない
近隣の大使館についても、一部損壊したものはあったが、人的損害は奇跡的に皆無であった。
それどころか、日本を襲った未曾有の“局地的災害”はマスコミ各社でセンセーショナルに取り上げられ、国際社会から同情と多額の寄付金を集めている。
だが驚くべきことはそれだけではない。
剣山怪獣の原因不明の活動停止は、いつの間にか“ヒーロー本部の手柄”になっていた。
「丸く収まってよかったよ、ほんとにね」
「色々と手を回していただき、恐縮です」
収まったのではなく、収めたのだ、それも自分たちにとって都合の良い形に。
彼は現場を知らないのではない、知る必要がないのである。
これまでノーチェックだったが、今後の“朝霞の計画”に支障をきたすかもしれない。
朝霞は“政治と情報操作”だけで守國の後釜を射止めたこの
報告を終え、長官室を去ろうとした朝霞に、風見が声をかける。
「そういや鮫島君、最近家に帰ってないだろう」
「……ええ、まあ。どうしてそれを?」
「報告書から消毒液の香りがしているよ。部下を心配をするなとは言わないけど、ちゃんと休みもとるんだよ」
「……お気遣いありがとうございます」
朝霞は長官に一礼すると、足早に長官室を後にした。
彼女が向かう先は病棟である。
風見の言う通り、事件以降朝霞は一度も下高井戸の自宅に帰っていない。
報告書も病室で書き上げ、印刷も病棟のプリンターを借りた。
そこまでする理由はただひとつ。
「…………」
「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」
病室の扉を開くと、ベッドの上でチューブに繋がれた褐色肌の男が腕立て伏せをしていた。
「あっ、朝霞さんおはようございます!」
「暮内さん、もう起きても大丈夫なんですか?」
「ええもうピンピンしています!」
信じられない光景であった。
この男、暮内烈人はつい今朝まで昏睡状態で絶対安静と言われていたのだ。
それは烈人が救助されてから数日間、病室にずっと泊まり込んでいた朝霞が一番よく知っている。
「ひょっとして朝霞さん、俺のことを心配してくれていたんですか?」
「心配はしていません。あなたに出撃命令を下した上司としての責務です」
「そんなぁーっ! あ、でも聞いてくださいよ朝霞さん! 俺が眠ってる間、誰かがずっと手を握っててくれたみたいなんですよ! それで……」
「いいから大人しくしていてください。今看護師を呼んできますので」
朝霞は烈人に腕立て伏せをやめさせると、病室からそそくさと出て行った。
涼しい廊下に出ると、壁を背にして顔を隠すように自分の目元を手で覆い、はあと深いため息をつく。
朝霞は行き交う職員たちに、今の自分の顔を見られたくはなかった。
頭を冷やし、静かに呼吸を整える。
だが本当に見られたくなかったのは、誰も気づかない程度に赤らんだ頬などではないのだ。
あの男は、空気の読めない男は、今のヒーロー本部で極悪怪人デスグリーンと唯一対等に渡り合える男は。
何も知らないのだ、朝霞のことも、朝霞の考えも、朝霞が思い描く計画も。
かつて神保町地下に存在した怪人収容所から、剣山怪人ソードミナスを逃がしたのは朝霞だということも。
「暮内さん、私はあなたを利用しているだけなんですよ」
朝霞は誰にも聞こえないよう、小さく呟いた。
誰にも届かなかったはずのその言葉は、鎖のように朝霞の心を締めつけた。
…………。
アークドミニオン地下秘密基地では“大極悪怪人デスグリーン様■■■■■大極悪軍団発足記念パーティー2”が大々的に催されていた。
なお雑に墨塗りされているところには、うっすらと結婚披露宴の文字が浮かんでいる。
林太郎が方々に頭を下げ倒し、開催直前になって方針を転換したためだ。
いつものパーティー会場には、がっつりめかしこんだドラギウス総帥や三幹部をはじめアークドミニオンの怪人ほぼ全員が参列していた。
「おや? 結婚式と伺っていたのですが、違いましたかな?」
「ご祝儀いらないの? ラッキー、新しいカメラ買おうかなぁ」
「えええ、ウェディングケーキ作ったのにぃ! まあいいや食べちゃおー!」
情報が錯綜するなか、主賓席ではもはや涙も流し尽くした林太郎が、げっそりとした顔で乾杯を受けていた。
大型モニターに映し出されている“極悪軍団組織図”には極悪怪人デスグリーン以下、牙鮫怪人サーメガロ、暗黒怪人ドラキリカ、そして剣山怪人ソードミナスの名が並ぶ。
「アニキ、なんか美味しそうなジュースみつけたからアニキのぶんも貰ってきたッス。ヴィシソワーズっていうらしいッスよ。あばぁー、甘くないッスぅ……」
「サメっち、それはジュースじゃなくてじゃがいものスープだよ。ほら口の周りふいて」
「ふふふ……甘いですよサメっちさん。さあセンパイどうぞ、酔い覚ましに冷たい烏龍茶です」
「うん、見てたよ今、何入れた? 無味無臭ならバレないと思った?」
軍団を率いる長というよりも、まるで妹をあやすお兄ちゃんか、あるいは幼稚園の先生である。
そんな林太郎たちを遠巻きに見つめるひとつの影があった。
柱の影から林太郎に熱い視線を送っている主は、ソードミナスこと湊である。
新調した赤いドレスに、うっすらと化粧などもして。
その高い背丈も相まって、彼女の立ち姿はまるでモデルのようである。
「ううう、ドレスなんて生まれて初めて着たぞ……。しかしいざ行くとなると、ききき、緊張してきた……」
「貴官、そんなところで何をしている」
「どきーーーっ!」
いきなり声をかけられ、湊の頭の上から剃刀の刃が飛び出した。
能力をかなり制御できるようになったおかげで、ドレスを傷つけずに済んだのは僥倖である。
「ななな、なんだ、ウサニー大佐ちゃんじゃないか……!」
「ふむなるほど、連中はなかなかしたたかじゃないか。貴官も積極的に攻めたほうがいいぞ、そのうち取り返しのつかないことになる」
湊は言われてからハッと気づいたように会場内を見渡した。
林太郎にばかり視線を注いでいたため、周囲から林太郎に熱視線を注ぐ者たちの存在に気づかなかったのである。
「げひひひ、フリーだってんならもう遠慮はいらないわよねえ? ……じゅるり」
「玉の輿ニャンなぁ……将来有望な将軍とお近づきになってワンチャン狙うニャンぞ……」
「アハァン、あたしにもチャンスはあるってことねぇ、んっんーーんムキムキッ!」
目を血走らせ、獲物を狩る獣のように舌なめずりをする女怪人たち。
林太郎の結婚披露宴撤回騒動が、アークドミニオン内部に新たな火種を生んでいた。
「あわわわわわ、どどどどど、どうしよう……」
「迷っていても仕方あるまい、突撃あるのみだ。行ってきたまえ
「…………うん!」
友に背中を押され、きらびやかな光のもとへと駆け出す。
その顔は少しの不安と、たくさんの希望に満ちていた。
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画面の前のよいこのみんな!!
今日の極悪怪人デスグリーンの更新はここまでだ!!
第四章・剣持湊編はこれにて一旦、幕!
怒涛の更新であっという間だったね!
次章のテーマはイマジナリーフレンドだ!
その前に番外編を一本挟むぞォ
次回! 第百二十五話「守國一鉄の憂鬱」
お楽しみに!!
みんなの応援コメント全部読んでるぜ!
正直めちゃくちゃ力になるからどんどん応援してくれよな!!
⇒⇒⇒このあとはみんなで極悪ダンス!
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