第百二十一話「剣山怪獣を攻略せよ!(総天然色)」

 東京都内に突如出現した巨大怪獣ソドミナゴン。


 まるでRPGに出てくるスライムのような見た目だが、山と見まごうその巨体をあなどるなかれ。


 たとえばヒーローたちが乗り込む巨大ロボットは高さ60メートル前後、重さ500トン前後である。

 これに対し無数の剣の集合体であるソドミナゴンの体長はおよそ300メートル、重さはおよそ10万トン、まさに破格のビッグサイズだ。


 圧倒的質量によりただ移動するだけで街を粉砕するさまは、まさに災害である。



 前代未聞の大怪獣の出現に、ヒーロー本部は対応に追われていた。


「斥候ドローン部隊、撃墜されました!」

「ええい、出撃要請はまだか!? 至急状況判断を乞う!」

「参謀本部長が呑み込まれて生死不明だと!? 誰に作戦指示を仰げばいい!?」


 マスコミの報道合戦は過熱し、非常事態宣言を無視した報道ヘリが現場上空を飛び交う。

 速報は海を越え、ショックは日本国内のみならず世界各国にも広がっていた。


「ご覧いただけますでしょうか!? ここからでも動いているのがわかります!」

「大統領、我が国の在日大使館がKAIJYUに踏み潰されたとの報告が」

「なるほど把握した、ホットラインを繋ぎたまえ。それとウォッカを」



 世界中がパニックに陥る中、怪獣に真正面から対峙する男がひとり。

 しかして彼はヒーローにあらず、“元”ヒーロー・栗山林太郎である。


 緑のスーツに身を包み、大きなマントをたなびかせた林太郎は、迫りくる銀色の巨体を前に不敵な笑みを浮かべていた。


 デスグリーン変身ギアの一般回線に、地上部隊からの通信が入る。


『こちらサメっちッス、準備できたッスよ!』

「よし、それじゃあ作戦を開始してくれ!」

『アニキ、ほんとにひとりで大丈夫ッスか?』

「ありがとうサメっち、だが心配は無用だ。アニキを信じろ」


 サメっちとの通信を終了すると、続いてアークドミニオン秘密基地のモニタールームに接続する。


「こちらデスグリーン。タガラック将軍、情報は確かなんでしょうね?」

『軍事衛星まで使って内部をスキャンしたんじゃ、間違いないわい。そのばかでかい山の中心には小さな空洞がある。ソードミナスがおるとしたらそこじゃろう』

「了解、引き続きサポートをお願いします。……さてと、楽しい楽しいトンネル堀りの時間だ」


 林太郎がいるのは、地上150メートルに位置する東京タワーの展望台である。

 都内を一望できる観光スポットだが、避難命令が出た今となっては人っ子ひとりいない。


 地上ではサメっちとベアリオン、そして数名の怪人たちが待機している。

 彼らはサメっちから作戦開始の合図を受けると、一斉にドクロマークの錠剤を口にした。


 怪人たちの身体が次々と光に包まれ、むくむくと膨らんでいく。


「サアアアアアアメエエエエエエエッ!!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!」


 60メートル級へと巨大化した怪人たちは、一斉に剣山怪獣ソドミナゴンへと殺到……。


 ……しなかった。



「へいへーい、ビビってんッスかー?」

「おらどうしたあ! オレサマの顔面に一発かましてみろよオラア!」


 彼らは口々に囃し立て、手を鳴らし、ソドミナゴンを挑発する。


「どうやらサメっちの水陸両用拳におそれをなしたみたいッスね!」

「所詮は剣を寄せ集めただけのザコなんだからよお。そこらへんにしといてやろうぜえ、ガハハハハ!!」


 ズッ、ズズズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 剣山怪獣ソドミナゴンの身体がぶるると震え、怪人たちへと標的を定める。

 ゆっくりではあるが、怪人たち目掛けてじりじりと山が動く。


「はわっ! こっち来ちゃったッス!」

「ビビんなよサメっちい、こっからが正念場だぜえ? おい兄弟聞こえるかあ! こちらベアリオン、作戦の第一段階は成功だあ!」


 通信を受けた林太郎は、展望台から眼下を見下ろした。


 対峙するとめちゃくちゃ大きく感じる巨大化怪人たちも、こうして見るとまるでおもちゃのように見える。

 それから展望台の反対側に目をやると、銀色の壁が今まさに林太郎のいる東京タワー全体を飲み込まんと迫っていた。


 ズズズンッ!


 ――という激しい衝撃と共に、東京タワーの展望台に剣の集合体が激突する。



「アニキィィィィィィィィィッ!!!」



 サメっちの叫び声が響く中、東京タワーは林太郎と共にすっぽりと呑み込まれてしまった。




 メキメキ……ミシミシ……。


 闇に閉ざされた展望台には、ガラスを突き破って剣がなだれ込んでくる。

 このままでは剣の大群に圧し潰されるのは時間の問題であろう。


 だが林太郎は冷静に身を屈めていた。


 剣の山が東から西へと一方向に動くのであれば、たとえ展望台の東側が完全に埋め尽くされたとしても、剣が流れ込んできにくい西側には多少のスペースができる。

 林太郎はそこに身体を潜めていた。



「順調だな……ここまでは計算通りだ」



 ソードミナスは巨大な山の内部、厚さ100メートル近い鋼の層を超えた山の中心にいる。

 分厚い障壁に穴を穿つには、通常兵器はおろか核でさえも有効手段とはなりえないであろう。


 当然のことながら、生身で突入するなど狂気の沙汰である。


 この問題に対する林太郎の答えは至ってシンプルであった。



『山が動くんだったら、山自身にトンネルを掘らせてしまえばいい』



 ソドミナゴンは硬い一枚の岩盤ではなく、無数の剣の集合体、いわばさらさらの砂山である。

 穿てば衝撃を吸収してしまい、割って砕くこともできないが、中をかき分けて進むことはできるのだ。



 ならば固定された強固な構造物に対し、砂山自体を動かしてぶつけてやれば良い。

 そうすれば、構造物そのものを動かさずとも山の内部に入り込むことは可能なのである。



 巨大化怪人たちによってソドミナゴンの巨体を誘導し、この付近で最も強固かつ高さのある構造体にぶつける。


 いうなれば潜水艦が海の底で水をかき分けながら進むように。

 東京タワーの展望台を方舟として、剣の山の中心まで突っ切ろうというのが林太郎の立てた作戦であった。




 しかしそれはあくまでも理論上の話だ。




 ミシシ……メリ……メキャコ……。




 膨大な数の剣による重圧にさらされることにはかわりなく、展望台内部には鉄骨がひしゃげるような不穏な音が鳴り響いていた。


 いくら強靭なスーツをまとっているとはいえ、剣の波に飲み込まれれば命の保証はない。

 加えて、林太郎は烈人との激しい戦闘で頭部を守るマスクを失っていた。


「おいおいまだか……? なんだか心配になってきたぞ……頼むぞーっ! もってくれよーっ! わぁーーーッッ!!」


 もうそろそろ山の中心に到達しているはずなのだが、剣の波は一向に収まる気配がない。

 ついには天井が圧に耐えかねて崩落し、林太郎のいる空間はタタミ一畳ほどにまでせばまった。


 崩れた壁や無数の剣が林太郎の身体をじわりじわりと圧迫する。


「だーっ! 早まったかもぉーーッ!! やだぁーーーッッ!!! 昭和の設計技師さん信じてるぞーーーーッッ!!!」


 暗闇に押しつぶされつつある林太郎は、もはやこれまでかと目を瞑る。




 次の瞬間――展望台の周囲を流れていた、数多の剣の騒音が消えた。




 山を突き抜けて外へ出てしまったわけではないはずだ。

 だが林太郎の上に覆いかぶさった瓦礫の隙間からは、ぼんやりと白い光が漏れていた。



 林太郎が瓦礫を蹴り上げて外に出ると、そこは周囲2、30メートルほどのそこそこ広い空間であった。

 床にはタイルのように剣が敷き詰められ、ドーム状に折り重なった剣の天井にはところどころに淡い光を発するものが混じっている。


 まるで剣に彩られたプラネタリウムのようであった。



 林太郎の視線が、空間の中心にいる“その人物”に注がれる。


 こんな美しくも危険極まる場所に、誰かがいるとすればそれは彼女以外にありえない。



「ソードミナス……!」



 乙女は重なり合う大小の剣を、まるでドレスのように身にまとう。


 それでいながら刃たちはけして彼女の黒く長い髪を、白くなめらかな肌を傷つけることはない。


 伏しがちで涼し気な瞳は祈るように閉じられ、剣に囚われ優しい光に包まれて眠るさまは神秘的でさえある。



 その姿はまさに、玉座で眠りにつく剣の国の王女であった。




「まったく、とんだいばら姫がいたもんだ」



 ソードミナスの姿を見て少し安心した林太郎は、さっそくザゾーマからもらった秘薬の小瓶を取り出した。

 これをかけるなり飲ませるなりすれば、ソードミナスは意識を取り戻し剣山怪獣もその役目を終えるという手筈である。


「王子様のキスじゃないのは勘弁してくれよ……」


 林太郎は小瓶の蓋を開けながら、静かに眠るソードミナスに歩み寄った。

そしてその白い頬に触れようとした、その刹那。



 シュバッ!!!



「うおっ!?」



 風を切る音と共に、剣の一本が林太郎へと襲い掛かった。

 きらめく先端が林太郎の頬をかすめ、傷口からうっすらと赤い血がしたたり落ちる。


「おいマジかよ、冗談だろう……ここまできて……」


 林太郎の目が見開かれたのは、なにも顔に傷を負ったからではない。




 剣はあろうことか秘薬の小瓶を貫いていた。




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