第百二十話「剣山怪獣ソドミナゴン」

 一言で表すならば“剣の山”であった。



 無論、生け花に使うタワシをひっくり返したような、可愛いやつのことではない。


 小さな彫刻ナイフから刃渡り数メートルの斬馬刀まで、ありとあらゆる刀剣類が無数に積み重なって築き上げられた斜度60度ほどの巨塊である。


『昔話に出てくる山盛りご飯みたいですね』

「いやそんなほっこりするものじゃないでしょ。何なら神話とかそういう類の現象だよこれ」


 まだ結晶内に囚われたままの桐華と林太郎がその頂に目をやる。


 ゲリラ豪雨が過ぎ去り、雲間から差し込む日の光を乱反射させながら、そのあまりにも桁が外れた存在は東京のど真ん中に堂々と鎮座していた。


 大きさは東京タワーよりも少し低いぐらいだが、それでも周辺のビルと比べると圧倒的な高さと質量である。

 人類が有史以来生産し続けてきたすべての剣が、ここに集まっているのではないかと思えるほどであった。


 考えたくはないが、剣の雪崩に巻き込まれた烈人や歌子はきっとあの下にいるのだろう。


「この大量の剣……まさか……」

「アニキぃぃぃぃぃーーーーーッ!!!」


 鋼どうしがぶつかり合う音に混じって、林太郎を呼ぶ声が耳に届く。

 声の主は山を見上げる林太郎の姿を見つけるや否や、悪い足場をものともせずに駆け寄ってきた。


「アニキィ! それにキリカも無事だったんッスね!」

「サメっち、脅迫状を送っちゃった件はまた今度ゆっくり話そう。それより、こりゃいったいどういうことなんだ?」

「それが大変なんッスよぅ! サメっちのせいでジンコンコンキューに剣でブワッて噴水をメガ盛りごはんがおかわり無料ッス!」

「よし一旦落ち着こうか、何が言いたいのかサッパリ理解できない」


 林太郎が慌てふためくサメっちの肩に手を置いて呼吸を整えさせていると、ベアリオンと近場にいたのであろう数名の怪人たちが集まってきた。


「兄弟すまねえ、できる限り手は尽くしたんだがよお……」

「やっぱり、このふざけたオブジェはソードミナスが?」

「ああ、けど何でこうなったのかはオレサマにもさっぱりだぜえ。クソッ、ミカリッキーのやつこんなときに逃げ出しやがってあのカミキリムシ野郎があ! やっぱり虫は信用できねえぜえ!」


 まさかミカリッキーさんも、あの大量の剣の下敷きになってしまったのだろうか。

 だとすれば惜しい人を亡くしたものだと、林太郎は心の中で静かに手を合わせた。


「それよりも、ソードミナスは生きているんですか? あの傷じゃそう長くはもちそうになかったけど……」

「おう、それがよお……」


 ベアリオンが何かを言おうとしたその矢先、言葉を遮るように大きな音が空から響く。

 凄まじい騒音を響かせながら、林太郎たちの頭上に1機のヘリコプターが飛んでいた。


 機体側面に輝くエンブレムから、それがマスコミなどではなくヒーロー本部のものであるとすぐにわかる。


『こちら垂直離着陸戦隊アパッチファイブ、目標上空を旋回中。対象アルファは依然沈黙。また周辺に複数の怪人の姿を視認。斥候の報告通り、対象アルファは無機物で構成されているものと思われる……いや待て、何かおかしいぞ』



 ズズズ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。



 地鳴りとともに、山が震えた。



 無数の剣で構成された山全体が、まるで生き物のようにゆっくりと移動する。

 そして山肌の一部が、急に逆立った・・・・かと思うと――。


 ヒュゴッッッ!!!


 凄まじい風切り音とともに、ひとかたまりとなった数百本の剣がヘリに向かって射出された。


『対象アルファより攻撃を確認! シックス・ツー回避行動に移る!』


 林太郎たちが見上げる中、ヘリは空中でまるで鷹のように素早く向きを変える。

 ヒーロー本部の戦闘ヘリだけあってその機動力は折り紙付きだ。


 しかし空中でばらけた剣の塊は、散弾のように空の広範囲を襲う。

 さしもの機動力をもってしても全てを避け切ることは困難であった。


 数本の剣がヘリの側面に突き刺さり、そのうちの1本があろうことかテイルローターを直撃した。

 姿勢制御の要を失ったヘリは、ぐるぐると回転しながら急速に高度を落としていく。


『うわああああッ!! シックス・ツー・コントロールロスト! 繰り返す、コントロールロスト! シックス・ツー・ダウン!!!』


 空に黒い煙のラインがきりもみ状に引かれたかと思うと、次の瞬間地上で大きな火柱が上がった。


「このでかさで動くのかよ……こりゃ山というより、自動迎撃装置付きの巨大なナメクジだな」


 怪人たちはみな口を開けたまま、恐らくは世界最大の生物であろう“怪獣”が這いまわるさまをぼーっと眺めていた。

 名前をつけるならば、剣山怪獣ソドミナゴンといったところか。


 ソドミナゴンの動きは一見緩慢なように思えるが、規格外のサイズゆえに山がほんのわずかな身じろぎをするたび地上の構造物は甚大な被害を受けていた。


 乗り捨てられた車や街路樹はおろか、信号機からビルに至るまで、山は全てを飲み込みながら歩くほどのスピードでゆっくりと移動する。


「ヘリを落としやがった……。兄弟、こりゃいよいよ手が出せねえぞ。どうする?」

「ソードミナスがこれを動かしているようには思えないけど……動いている以上はまだ生きている可能性が高いってことでしょう。だったら俺の答えはひとつだ」

「この大きな山の中からソードミナスを掘り当てて助け出すってことッスね!」


 サメっちはグッと両の手に小さなスコップを握りしめる。

 まさかそれでこの1本平均1キロはあろうかという剣の山を掘ろうというのか。


 結晶に入ったままの小さな桐華が眉をしかめる。


『まさに言うは易し、行うは難しですよセンパイ。どうやって掘り進むつもりなんです?』

「それによお、ソードミナスの本体に近づけたとしても無事に救い出せる保証はねえぜ?」

「罪深き咎人の誉は幾星霜と折り重なり、詩人は流るる血の数と等しく英雄の名を連ね讃えるであろう」

「それなんだよなあ、難関が多すぎ……ん? 今何か変なのが混じってなかったか?」


 林太郎たちが振り向くと、そこには死んだはずのずんぐりむっくりとした蟲型怪人、奇蟲軍団のナンバー2・切断怪人ミカリッキーの姿があった。

 ただどういうわけか、その長い触覚は片方が取れていた。



 だがミカリッキーよりも遥かに目を引く人物がそこにいた。


 その中性的でありながら、異様にすらりとしたシルエットを見間違えようはずもない。



 剣の大地を踏みしめる足は枝のように細長く、毒花のように派手な衣装は灰色の街にあってあまりにも異質に過ぎる。


 長い睫毛をたたえた目元は、蝶のマスクに覆われてなお怪しい色香を放つ。

 仮面はその下に収められた妖艶なる美と危険を、隠すどころかより一層際立たせていた。


 全ての蟲を従える王にして、アークドミニオン最高幹部のひとり。

 謎と花の香りに包まれた毒と薬のエキスパート、奇蟲将軍ザゾーマであった。


「蠱惑にそそのかされし禍つ棘は、その儚き胸に罪を抱く処女の御霊みたまにぞ突き立てられん。しかしてなみだは瀑布となりて穢れをそそがんと欲すものなり。その胡乱うろんな瞳の器は神々の寵愛を湛え、血の祝福をぞ溢れせしめん」

「ザゾーマァ!! てめえ、さては最初からずっと見ていやがったなあ! 今までどこにいやがったあ!?」


 百獣将軍ベアリオンがザゾーマに食って掛かった。

 しかしザゾーマは意に介した様子も悪びれるそぶりもなく、ただ優雅に笑みを浮かべているだけである。


「いやはや、ワタクシども奇蟲軍団に雨は天敵でございますから、ほほほ」

「あの、ミカリッキーさん。ザゾーマ将軍は今なんと?」

「はい、ザゾーマ様は『これこそが剣山怪人ソードミナス様が持つ本来の力だ』と仰っています」

「これが……? あの・・ソードミナスの……?」


 ミカリッキーは改めてかしこまると、ごほんと咳ばらいをする。


「それについてはワタクシからご説明いたしましょう、はい」


 甲虫ゆえの外骨格に包まれたその顔からは、表情なるものを読み取ることはできない。

 しかしその声のトーンから、いつになく真剣な空気が伝わってくる。


「……それは、ミカリッキーさんが珍しく訪ねてきたことと、何か関連があるってことですか?」

「はいもちろんでございます。ソードミナス様はここしばらくのところ、我らが主ザゾーマ様を筆頭とするアークドミニオン三幹部のもとで、それはそれは厳しい修行を積んでおられました」

「おいゴラァ! 誰が幹部筆頭だ誰があ!」

「オジキ、今大事なところだから黙っててッス!」

「くぅーん……」


 百獣の王はサメっちにとがめられ、叱られた仔犬のようにしょんぼりと耳を垂らしてうずくまった。

 林太郎はちょっと可哀想に思ったものの、実際のところ今は黙っていてもらえたほうがありがたいので無視することにした。


「続けさせていただいてもよろしいですかな?」

「おっけーッスよ! でもザゾーマの修行って一番ショボかったッス。お茶飲んでただけッスよ」

「ほほほ、これは手厳しいことを仰る。……さて、ソードミナス様が力を身に付けられたまではよろしかったのですが。素質がありすぎるというのも考えものでございますね。ここで問題になってくるのが、その力の制御なのでございますよ」


 そう言うとミカリッキーは、林太郎の目の前に己のてのひらを差し出す。

 白い手袋に包まれたてのひらの上には、洋服のボタンほどの小さな“虫の死骸”が乗っていた。


「ミカリッキーさん、これは……?」

「人体に寄生し、宿主に対して定期的に毒液を注入する……我ら奇蟲軍団の“蟲”でございます」

「そんなえげつない虫飼ってるの?」

「ほほほ、可愛いでしょう? ただもう死んでおりますが……さすがに真冬の川の冷たさには耐えられなかったようでして、しくしく」


 真冬の川。


 ミカリッキーの言葉に林太郎とサメっちは顔を見合わせる。

 ソードミナスが能力を制御できなくなったのは、ちょうど川に落ちた後からだ。


 そして今、彼女の“能力”は案の定暴走し、何千万本という剣からなる剣山怪獣ソドミナゴンを生み出した。


 寄生虫がもたらす毒液とやらが、ソードミナスの有り余る力の制御を担っていたのだ。


「もうおわかりいただけましたね? 我らが主・ザゾーマ様より彼女に与えられたのは、力を制御する方法ではなく“手段”なのでございますよ。そして手段があるということは……」


 林太郎の目がザゾーマに向く。


 蟲と毒の主たる麗人は、黙って林太郎にひとつの小瓶を差し出した。

 赤黒い液体が、小瓶の中でタプンと揺れる。


 それは結晶に閉じ込められた百獣軍団を救い出し、かつて対怪人刀『クロアゲハ』に斬られた傷さえも癒したザゾーマの秘薬である。


 暴走した怪人細胞のバグを正常に戻す特効薬の、最後のひと瓶であった。


「我ら奇蟲軍団、総力を挙げてなんとかそのひと瓶分だけ確保いたしました。お受け取りくださいませ、極悪将軍・・・・デスグリーン様」


 林太郎はゆっくりと、小瓶へと手を伸ばす。


 これがあれば、文字通り剣山と化したソードミナスの暴走を止められる。

 きっとソードミナスを救い出すことができるはずだ。


 まるで宝石散りばめた指輪でも扱うように、ザゾーマの手が林太郎の手を丁寧に包む。


 思ったよりも軽い小瓶が、奇蟲将軍の手から極悪将軍の手へ、しっかりと手渡された。


「あの……ありがとうございます。ザゾーマ将軍」


 小瓶を大事に握りしめ、林太郎は深々と頭を下げる。

 以前、取引によって薬を受け取ったときとは違う、心からの感謝であった。



 ザゾーマは静かに睫毛を伏せると、林太郎の頬に白く細い指を添わせ、他の誰にも聞こえないように耳打ちをした。



「極悪軍団の栄光が、永遠に奇蟲軍団とともにあらんことを」



 林太郎がザゾーマの言葉を翻訳なしで理解できたのは、それが初めてであった。



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