第百十五話「極悪軍団メジャーデビュー」

 日差しも月の光も届かない地下深く、アークドミニオン地下秘密基地内はいつもに増して澱んだ空気に満ちていた。


 重要な橋頭保きょうとうほを失い、関東一円支配の基盤が揺らいだのはもちろんのこと。

 百獣軍団の受けた壊滅的被害、そして最強戦力と目されていた暗黒怪人ドラキリカをまんまと簒奪さんだつされたことで、アークドミニオン全体の士気は見るからに下がっていた。


「キリカさんが勝てない相手にザコの俺たちが勝てるわけねえウィ……」

「ううう……やはり私たち怪人は虐げられる運命なんですウィ……」


 基地内は右を見ても左を見ても、深い絶望と不安の声であふれていた。

 だが嘆き悲しむのは、なにもザコ戦闘員やヒラ怪人ばかりではない。



「ウオオオン! すまねえ兄弟いィ! オレサマが不甲斐ねえばっかりによおーッ!!」



 林太郎の個室では、百獣将軍ベアリオンがふたり掛けのソファを占有しながら深々と頭を下げていた。

 オオンオオオンと男泣きしながら何度も何度も頭を下げるだから、ソファのみならず絨毯までもが涙と鼻水ですっかりベトベトである。


「顔を上げてくださいベアリオン将軍、それ以上やられたら掃除どころかリフォームしなきゃいけなくなる」

「オオオオン、そうはいくかあ!! オレサマのせいで“雄がこれと決めた雌”を奪われたとあっちゃあ、兄弟に合わせる顔がねえよおオオオン!!」


 おおかた林太郎が桐華に極悪軍団へ加入するようオファーを出した、という話がベアリオンの耳に入ったのだろう。

 それにしては随分と表現が大袈裟な気もするが。


「まいったなこりゃ……」


 黛桐華の身柄は現在もヒーロー本部の手中にあり、林太郎とて見捨てるつもりは毛頭なかった。


 なればこそ一刻も早く奪還作戦を練りたいところなのだが、ベアリオンをこのままにしておくわけにもいかない。

 泣いているだけならまだしも、指のひとつやふたつ詰められてはたまったものではない。


 それに敵に厳しく身内にはとことん甘い林太郎からすると、今のベアリオンの気持ちはわからなくもないのであった。


「黛のことは俺がなんとかしますから、とりあえず落ち着いて……」

「ウオオオオンすまねえ兄弟いィィィィ!!!!」


 ベアリオンは林太郎の肩を掴んでぶんぶんと振り回した後、丸太のような二の腕で林太郎をガバッと抱きしめた。

 怪人の中でも頭ひとつ抜けた超パワーを誇るベアリオンのハグに、林太郎の背骨がバキバキと悲鳴を上げる。


「うげあああああああ!!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!!」

「オオオオオオン! オオオンオンオン!!!」


 常ならば止めに入るウサニー大佐ちゃんやサメっちは現在、先の戦いで負傷した百獣軍団員の看病にあたっている。


 つまり今この部屋には林太郎とベアリオンしかいない。

 密室で男ふたり抱き合って逝ったとあっては、さしもの林太郎とて死んでも死にきれない。


「だ、誰か助けてぇーーーッ! 男の人呼んでぇーーーッ!!」


 林太郎が意識の綱を手放しかけたそのとき、まるで救世主が降り立ったかのように部屋の扉がノックされた。


 胸部を圧迫された林太郎がつぶれたカエルのような声で『どうぞォ!』と叫ぶと、扉が静かに開きそこから意外な客人が顔を覗かせた。



 白と黒の縞々の触覚に大きな複眼、子供が見たら泣き叫ぶであろうまさにザ・怪人といった風体の男。

 奇蟲将軍ザゾーマの側近・切断怪人ミカリッキーは、抱き合うふたりを見るや否や深々と頭を下げる。



「おやおやこれは失礼をいたしました。なんとおたのしみ中でございましたか。そういうプレイだから黙って見ていろと仰るのであればこのミカリッキー、失礼ながらガン見させていただく所存で……」

「見てないでこの人を止めてください! 早く!!」

「おろろろ、承知いたしました。しかしながらワタクシのような細腕の紳士に、果たして暴走した野獣が仕留められますでしょうか。せめて猟銃などあればよいのですが」

「誰も息の根まで止めろとは言ってないんですよォ!!」



 林太郎が解放されたのはそれから数分後のことであった。



「ガハハハハ、悪かったなあ兄弟! もっと肉食えよお! あ、テレビつけてもいいかあ?」


 あらかた泣いて落ち着いたのか、ベアリオンは腹立たしいほどにケロッとしていた。

 林太郎は背中をバンバンと叩かれながら、ミカリッキーに向き直る。


「それで、珍しいじゃないですかミカリッキーさん。何の御用です?」

「ええ、ええ、そうなのでございますよ。真冬の利根川に落ちたと聞き及んだものでございますから、ザゾーマ様よりお見舞いの品をと。それと人を探しに、こちらにいらっしゃると伺ったのですが……」


 なんとも律儀な話である。


 奇蟲軍団のナンバー2、ミカリッキーはそういうとキョロキョロと部屋の中を見回した。

 カミキリムシの顔をした男の複眼には、この部屋はどう映っているのだろうか。


「ソードミナス様はこちらにはいらっしゃらないご様子ですねえ」

「あれ? あいつ医務室にいないのか?」

「ええ、部屋にもいらっしゃいませんでした。こちらならいらっしゃると思ったのですが、ええ、その……ふふ。お噂はかねがね」

「どんな噂なのかは聞かないようにしておきます」


 林太郎はそう言って、貰った見舞いの品を開けてみた。


 中身は新鮮な果物とゼリーの詰め合わせであった。

 奇蟲軍団からはカブトムシの一種か何かだと思われているのかもしれない。


「いやはや、草の者まで使って探しているのですが、どうにも」

「……草の者?」

「ええ、はい、くさのものでございます。失礼ながらこの部屋にも3匹ほど間借りさせていただいておりますよ」

「ちょっと待ってこの部屋ゴキブリいるの?」


 林太郎は問題が片付き次第、可及的すみやかにバ●サンを焚こうと心に決めた。

 そして台所のシンクにはけしてお皿を溜めないようにしようと誓った。


「しかしこの大事な時に、ソードミナスのやつどこに行ったんだ……?」



 そのとき、テレビで例の火災のニュースを見ていたベアリオンが不意に林太郎の肩をつついた。


「おい兄弟」

「今度はなんですかベアリオン将軍」


 テレビ画面が急に切り替わったかと思うと、赤いテロップで緊急報道という文字が点滅する。

 ひと呼吸遅れて、ニュースキャスターが神妙な顔で速報を読み上げた。



『臨時ニュースです。ヒーロー本部当局によりますと、ただいま局的人的災害テロ組織と思われる組織“極悪軍団”から犯行声明が発表されました』



「なんだとォーーーッ!?」


 “極悪軍団”の長こと林太郎は、思わずソファから飛び上がってモニターにかじりついた。

 もちろん犯行声明など、まるで身に覚えのない話である。


『テロの目的については公表されておらず、ヒーロー本部当局は現在対応に迫られています。またこれに伴い、犯行予告のあった以下の地域に緊急避難勧告が出ています。東京都港区、渋谷区、世田谷区……』


 映像が中継に切り替わる。

 画面には無数の刃物によって銀色の川と化した桜田通りが映し出されていた。




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