第百十四話「怒りに燃える赤き拳」

 深夜の前橋市上空を、マスコミのヘリコプターが行き交う。

 廃工場を灰にした炎の勢いは消防の活躍もあってか、いっときに比べて随分と落ち着いている。


 幸いにも一般市民に犠牲者はなく、“局地的人的災害”を未然に防いだという点においてヒーローたちは久々の勝利にわいていた。


「悪魔の城は絆と愛の神聖なる火によって浄化されたわ! 私たちの勝利よ!」

「うおおおーーッ!! 光臨正法友人会ばんざーい!!」

「デスモス・アガッピ・アグリオパッパ様ばんざーーーい!!!」


 焼け跡の一角から、ドラマチックな高説とともに勝どきがあがる。


 勝利の中心人物たるビクトピンクこと桃島るるは、まるでジャンヌダルクもかくやといった持ち上げられようであった。

 そして彼女を担ぎ上げる誰も彼もが、サスペンスドラマに出てくるサイコキラーのように目を血走らせていた。


「この勝利は無農薬有機野菜のおかげで正義の魂がアクティベートされてエレメンタルステージがアセンションしていたおかげでござる!」

「骨折程度で済んだのは濃縮還元アルティメット天然水によってネガティブスピリッツのカタルシスが行われていたからに違いないわ!」

「それではみなさーん、来週末に執り行われます御修身ごしゅうみ合天がってん法要のパンフレットをお配りしますので一列にお並びくださーい」


 ヒーローたちは一様に狂気的な120パーセントの笑みを浮かべ、目からは涙をこぼし勝利の味を噛みしめていた。




 しかし、束の間の勝利の代償は、あまりにも大きかった。




「ああ……そんな、これが本当にジョニーだっていうのか……?」



 烈人が現場へ到着したのは、翌早朝のまだ辺りが薄暗いころ。

 ちょうど焼け跡からひとつのスクラップが運び出されているまさにそのときであった。


 その鉄くずが廃棄スクラップではなく、かつての盟友・ビクトブルーこと藍川ジョニーであることを告げられると、烈人は膝から崩れ落ちた。


「ジョニー! 目を覚ましてくれ、ジョニーーーッッ!!!」


 猛る炎は塗料を焦がし尽くし、青く輝いていたそのボディーは今やすすけた鉄の色をあらわにしている。

 烈人は変わり果てた友の、まだ熱い鋼鉄の身体に火傷もいとわずすがりつく。



「どうして返事をしてくれないんだァ!! くっ、俺が……俺がついていればこんなことには……!!」


 元・同僚の亡骸を前にして涙を流す烈人の肩に、彼らの上司である朝霞司令官がそっと手をそえる。


「気を落とさないでください、暮内さん」

「朝霞さん……。ブルーが、ジョニーが……」

「残念ですが、彼はもう……」

「俺……悔しいです。何もできなかった自分が……うっ、うぅぅっ……」


 ジョニーとともに戦い敗れたヒーローたちも、烈人に感化されてさめざめと涙を流す。

 誰ひとりとしてジョニーが生きているなどとは、欠片も思っていなかった。



 そう、ジョニーはまだ生きていたのだ。



『いや勝手に殺すんじゃねーぜ! おい烈人、朝霞司令官! 冗談キツいぜ!!!』



 むしろジョニー本人の意識は比較的はっきりとしていたが、いかんせん全身の9割以上を機械と換装された身である。


 身体を動かすためのモーターは完全に焼き切れ、声を出すためのスピーカーも熱で破損してしまっていた。

 そのためジョニーがいくらあがけども身体はピクリとも動かず、いくら叫ぼうとも彼の言葉は周囲のヒーローたちの耳には届かないのだ。


「僕、ビクトブルーさんが車で轢かれるところを見ちゃったんです。濁った水たまりみたいな目をしたいかにも独居老人から地権を巻き上げていそうな男に」

「私も見ました。ビクトブルーさんをやったのは、腐ったプルーンのような目をしたいかにも貧しい子供たちをさらっては奴隷市場に売り飛ばしていそうな感じの男です」

「暮内さん、間違いありません。藍川ジョニーの命を奪ったのは極悪怪人デスグリーンです」

『勝手に殺すなぜーーーッッ!!!!! あとその容赦ない例えですぐパッと出てくるのちょっとすごいぜ!!!!!』


 極悪怪人デスグリーン。

 その名に烈人の肩がピクリと動く。


「デス……グリーン……だと……?」


 ビクトレッド・暮内烈人にとって、今やその男は宿敵とも呼べる存在であった。


 いたいけな幼女をかどわかし、都心に壊滅的な被害を与え、幾度となくビクトレンジャーの前に立ちはだかった大怪人。

 烈人が最も尊敬する伝説的ヒーロー・アカジャスティスに、卑劣きわまる手で引導を渡した悪の大魔人。


 烈人にとって、たったひとりの親友を屠り。

 彼の顔を、声を、姿をかすめ取った許しがたき仇敵である。


 怒れる烈人はわなわなと震える拳を握りしめ、心臓は燃えるように熱い律動を奏でる。

 ただでさえ高い彼の体温はみるみるうちに上昇し、全身からは抑え切れない憤怒を体現するかのごとく蒸気が立ち昇る。



「またしても俺は、俺はァ……うおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」



 まるで今まで散っていった仲間たちの魂が彼の双肩に宿ったかのように、烈人の全身が紅蓮の光に包まれた。

 両腕の中にジョニーの残骸を抱いたまま、烈人は喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。



「ビクトレッドさん! こ、これはいったい……!!!」

「ついに始まりましたね、暮内さん……」

「朝霞司令官、ご存知なのですか!?」

「ええ、噂程度ですが耳にしたことがあります。仲間や家族の死に起因する深い悲しみと怒りが引き金となり、ヒーローとして更なる力に目覚める者がまれにいると」


 他のヒーローたちが心配そうに見守る中、朝霞はいたって冷静にメガネをかけなおした。

 彼女が見つめる視線の先で、魂の慟哭が天を貫き、正義の鼓動が大地を揺らす。


「ジョニー……、黄王丸、桃島、黛……そして林太郎……! お前たちの正義の魂、確かに受け取ったぞ!!!!!」


 誰ひとり死んでいないがどこかから何らかの魂を受信した烈人は、今再び熱く燃えたぎる正義の拳を握りしめたのだった。





 …………。





 そのころ、アークドミニオン地下秘密基地の医務室では懸命の処置が続けられていた。


 冷たい川に落とされて低体温症に陥った者、その前の戦闘で鼻を折った者など百獣軍団の被害ははなはだしく、仮設のベッドが医務室前の廊下にまであふれ出しているほどであった。


 しかし多忙を極める一方、“医務室の主”は部屋の隅で両肩を抱えて身体を震わせていた。


「はあっ……んっ、はあ……」


 彼女の顔は赤く、心臓は早鐘を打ち、指先も熱く火照っている。

 濡れた唇から吐息が漏れるたびに、赤いロングコートの袖から鋭い裁ちばさみがこぼれ落ちた。


 精神的なショックを受けると条件反射で身体から刃物を生み出してしまう。

 もとよりそれが彼女の、剣山怪人ソードミナスの怪人としての業であった。


 三幹部との厳しい修行を経て、彼女はその能力による暴走の大半を抑えることに一度は成功したのだ。


 しかし昨夜、林太郎に唇を奪われたと知って以来、まるで止められないしゃっくりのように再び刃物を吐き出し続けていた。


「ソードミナスぅ? だいじょぶッスか? やっぱり寝とくッスか?」

「……すまないサメっち、私は大丈夫だ。それにただでさえ足りないベッドをダメにするわけにはいかない」


 ソードミナスの足元には、既にその名のとおり“剣の山”ができていた。

 まるで初めて怪人覚醒した夜のように、自分の身体が正常ではないことに彼女は気づいていた。


「ソードミナス、顔色がトマトみたいッスよ!」

「安心してくれサメっち、これは武者震いみたいなものだから……!」


 剣の乙女はサメっちに心配させまいと、精いっぱい強がってみせる。

 しかし笑顔を取りつくろおうとするや否や、わき腹から長槍が飛び出しベッドで寝ていた猫怪人の枕を貫いた。


 喧噪に包まれていた医務室内が、一瞬で水を打ったように静まり返る。

 全員の視線が、一斉にソードミナスへと集まる。


「あ、あわ……違うんだ……わざとじゃないんだ……」

「やっぱり体調悪いッスよソードミナス、少し風に当たったほうがいいッスか?」

「すまないサメっち、そうする……。できれば、誰もいないところで……。周りに人がいると、また傷つけてしまうかもしれない……だから……」

「らじゃッス! サメっちに任せるッスよ!」


 その場にいた者で平然としていたのは、槍が頭上をかすめたサメっち唯ひとりであった。

 長身のソードミナスは、頭みっつ分は背の低いサメっちに支えられながら医務室を後にした。



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