第三十一話「最凶の“元”ヒーロー」

 厳戒げんかい態勢のヒーロー本部地下怪人収容施設。

 総勢三〇名ものヒーロー職員が、侵入者の林太郎を取り囲んでいた。


『はやく怪人化するんだ林太郎!!』

「やれるものなら、とっくにやってるっての」


 人間である林太郎は、当然のことながら怪人態への変身能力をゆうしていない。

 怪人化は疑似的ぎじてきに魔改造されたビクトリー変身ギア……通称“デスグリーン変身ギア”でおぎなっているだけなのだ。


 しかしそれは全身に過度かど負担ふたんいる諸刃もろはつるぎである。

 一日最大で一〇分まで、それがタガラックから言い渡されたデスグリーン化の条件だ。


 しかしあろうことか、林太郎は烈人れっととの戦いでその制限時間の大半たいはんを消費してしまっていた。

 多少のインターバルをはさんだとはいえ、全身をにぶい痛みがおおっている。


 迂闊うかつに変身して今ここで“電池切でんちぎれ”を起こそうものなら、本当に一巻いっかんわりだ。


 つまり林太郎はこの窮地きゅうちを、極力きょくりょく変身を温存おんぞんして乗り切るしかない。

 それは一見いっけん無謀むぼう挑戦ちょうせんであるかに思われた。



 もし彼がヒーロー学校第四十九期“首席しゅせき”卒。

 東京本部所属の“エリート”である栗山林太郎でなかったならば。



 林太郎は卑怯ひきょうな手段もいとわない、カルママイナスカンストヒーローであった。

 しかしそのかがかしき経歴けいれきは、けして卑怯な手段だけでられるものではない。


「それじゃあザコヒーローどもに教えてやろうか、戦うアニキの強さってやつをさ」


 ギラリと輝く眼鏡の奥で、光なきどすぐろい瞳が正義の使者たちを見据みすえた。



粒子りゅうしレーザー、かまえ! 撃てーーーっ!!」


 林太郎目掛めがけてはなたれる五色の光線。

 それを横っ飛びにかわすと、はずれた光線が廊下の突き当りで激しい火花を散らした。


「もらったっ! “スギグリーンチェーンソー”を食らええええい!!!」


 体勢たいせいくずした林太郎の頭上ずじょうから、もはやヒーローの武器とはいえない伐採用ばっさいよう動力工具どうりょくこうぐが振りろされる。

 林太郎は倒れこんだ姿勢から腕をバネにして身体からだね上げ、その勢いで思い切り足を蹴り込んだ。



 メシャコッ!!



「はっ、はううううううううぅぅぅッ!!」


 地をうロケットのように撃ち出されたかかとが、一切の容赦ようしゃなく林業の戦士スギグリーンの“急所きゅうしょ”を穿うがった。

 林太郎はさらに腕の力で回転をかけ、全身をひねってブーツの底をねじり込む。



 ズンギョメリュリュッ!!!



「ホームセンターに……帰れえっ!!」

「あっばァァァァアアアアアッッ!!!!」


 スギグリーンの武器が伐採用動力工具チェーンソーならば、林太郎渾身こんしんのキックは掘削用動力工具ドリルであった。

 少なくともヒーローが容赦ようしゃなく他人の股間こかんはなっていい攻撃ではない。


「はぐうっ……はぐうううっっ……」

「くそっ、スギグリーンがやられた! こうなったらおくだ、みんなフォーメーションを取れ!」


 リーダーの言葉で密集みっしゅう陣形じんけいを取る林業の戦士たち。


「アカマツレッド!」

「アオダモブルー!」

「イエローポプラ!」

「ホワイトパイン!」

「……あ……うぁ……おぉ……」

「「「「五人そろって、林業戦隊キコルンジャー!!!」」」」

「……ほぉぉ……あぐ……あぁぁ……」


 誰よりも木を愛し、誰よりも山を知りくした戦士たち。

 それが土方どかた系ヒーロー、林業戦隊キコルンジャーである!!!

 彼らは一丸いちがんとなって林太郎に殺到さっとうする!


大伐採だいばっさいアターック!」


 ぬちゅるっ!


 先頭でおのを構えて踏み出したアカマツレッドが盛大にすっころんだ。

 アカマツレッドに続いて、次々と足をすべらせ転倒するキコルンジャーたち。

 彼らの足元あしもとにはいつのにかテラテラと光る液体がまき散らされていた。


「くっ、なんだ……? 水……いや、違う、これは……」

「お前らよく燃えそうだなあ。ところで話はかわるが、にはヒーリング効果があるらしいぞ」


 キコルンジャーたちを見下みおろすように、その男はニタァとゆがんだ笑みを浮かべた。

 その手にはすでに火のついたライター・・・・・・・・・が握られている。


「ま、待ってくれ、話せばわかる……!」

「キャンプファイヤーをかこめば話もはずむだろうよ」


 そう言うと林太郎は、油まみれの廊下にためらうことなく火を放った。

 すっ転んで全身に油を浴びたキコルンジャーたちは一瞬にして紅蓮ぐれんの炎にかれた。


「今度から頭に火気厳禁かきげんきんってっときな」

「うっぎゃあああああああ!!!!」

「あちちちちぃ!! ほぎゃあああああ!!!」


 だるまになり転げまわるキコルンジャーたち。

 ヒーロースーツをまとっていなければ間違いなく死んでいたことだろう。

 地下収容施設の広い廊下はあっという間に火の海となり、スプリンクラーが作動する。


「バカなっ……キコルンジャーがこんなにもあっさりと!」

ひるむな! 相手はたったのひとりでござる、城攻しろぜめがごと一気呵成いっきかせいに攻め落とすでござる!」

「「「「おうッ!!」」」」


 クナイを手に颯爽さっそうと駆けるのは現代に生きるしのび、風魔戦隊ニンジャジャンである。

 城跡じょうせきめぐりが趣味の仲良し五人組であり、先週みんなで戦国時代村せんごくじだいむらに行ってきたばかりである。


「もらった! 食らえい、忍者にんじゃ剛風斬ごうふうざん!!」


 戦国浪漫ろまんあふれるするどやいばが林太郎に襲い掛かる。


「忍者が正面から突っ込んでくるのはよくない」


 林太郎は配電盤はいでんばんから高圧電線こうあつでんせんを引きずり出し、今度はスプリンクラーで水浸みずびたしになった廊下に向かって放り投げた。


「「「「「アバババババババババ!!!」」」」」


 ニンジャジャンの身体からだがビクンビクンと、活〆いけじめにされた鮮魚せんぎょのように跳ね上がる。

 生身なまみの人間であれば即死するレベルの電流がニンジャジャンたちの全身をつらぬき、施設のブレーカーが落ちた。


「うわっ、くらだ! いったいどうなったんだ!?」

「おちおち、落ち着け! あわてたら敵の思うつぼだ!」


 狼狽ろうばいする戦士たちは自慢じまんの光線銃を構えるが、視界はほんの数センチ先も見えない闇にざされている。

 不意ふいに、闇の中から背筋もこおる低い声が聞こえた。


「粒子戦隊レーザーファイブだっけ? 君らは武器の性能に頼りすぎだ」

「そ、そこかーっ!」


 レーザーレッドの放った光線が火花を散らし、殺戮者さつりくしゃのシルエットが一瞬うつし出される。

 しかしそれはレーザーレッドのすぐ目の前までせまっていた。


 ガッシリと頭をつかまれ、マスクの下から長細ながぼそいなにかがねじ込まれる。

 それが消火器しょうかきのホースだと気づくよりも前に、レーザーレッドのマスクないは消火ざいで満たされた。


「おぼぼぼぼぼぼぼぼっっ!!!???」


 マスクの隙間すきまから白い粉末薬剤ふんまつやくざいき出し、レーザーレッドは白目しろめいて昏倒こんとうした。

 地方局の深夜バラエティ番組でもお目にかかれないような、ドンきをきんない光景である。

 訓練をんだヒーローでなければ間違いなく命にかかわるので、良い子も悪い子も真似まねをしてはいけない。


「いいもん持ってるじゃないの、ちょっとりるよ」

「あぶ……あぶぶ……」


 レーザーファイブの仲間たちは、闇の中で崩れ落ちるリーダーのうめきごえを聞いた。

 直後、闇の中から放たれた赤いレーザー光線が、次々と仲間たちの顔面を正確に撃ち抜いていく。


「レーザーレッドォ! ウギャッ!」

「バカな、ヤツには俺たちが見えているというのか……グエッ!」

「はいはい、しゃべったら声でバレバレだっての。しかし重くて連射に向かない銃だ。こりゃ見せかけだけのおもちゃだな。パパに新しいのを買ってもらうといい」


 数の上では圧倒的に有利であったにもかかわらず、次々と壊滅させられていくヒーローたち。

 それはまるでパニックホラー映画の序盤じょばんで全滅する警官隊けいかんたいさながらの光景であった。


 予備よび電源により施設の電力が復旧ふっきゅうしたころ、モニターに映っていたのは死屍累々ししるいるいと積み上げられたヒーロー職員たちの無様ぶざまな姿であった。

 もはや唯一人ただひとりのジェノサイダーをのぞき、動く者は誰もいない。


みなと、残っている敵はいるか?」

『いや、モニターでも全滅を確認した。すごいな林太郎、お前ほどの怪人が今まで無名むめいだったのが信じられないよ。いったいどこで修行を積んだんだ?』

「カリブで海賊かいぞくたちと毎晩リンボーダンスやってただけさ」


 ヒーロー本部所属、ビクトグリーンこと栗山林太郎、二十六歳。


 剣術けんじゅつ体術たいじゅつ射撃術しゃげきじゅつをそつなくこなし。

 きれあじするど判断力はんだんりょくすぐれた環境適応かんきょうてきおう戦術せんじゅつ

 そして多くのヒーローが持ちえない“非情ひじょうさ”を武器とする男。


 全国三〇〇を超える支部、約五万人いるヒーローの頂点ちょうてんであるビクトレンジャーに、任期にんき一年目にして抜擢ばってきされるほどの実力者。

 人柄ひとがらはともかく、その実績ではならぶ者なきさいきょう”の“もと”ヒーローである。



「時間を食いすぎちまったな。次はどっちに行けばいいんだ?」

『ちょっと待て林太郎、また何人かそっちに向かってる! 来るぞ、正面だ!』


 林太郎が身構みがまえるのと、その人物が姿を現すのはほぼ同時だった。


「いやー、こりゃすごいねえ。全部きみひとりでやったの?」


 ヒョロッと高い背丈せたにサスペンダー付きのスーツを羽織はおった中年男性。

 無精ぶしょうひげを生やし、飄々ひょうひょうとした顔つきだが、その目にはかつての林太郎と同じ鈍色にびいろの正義が宿やどる。


「運命の女神めがみってやつに感謝しなきゃあいけないねえ。それとも手間てまはぶけたというべきかな。会いたかったよ、極悪怪人デスグリーン」

「俺は会いたくなかったですよ、大貫司令官」


 勝利戦隊ビクトレンジャー司令官、大貫おおぬき誠道せいどうが林太郎の前に立ちはだかった。


「あんたが戦えるなんて初耳はつみみなんですがね」

「あっはっは、僕が戦えるわけないじゃないか。でも喧嘩けんか仕方しかたなら知ってるよ?」


 大貫が指を鳴らすとヒーロー職員がひとりの少女を引きれて現れた。

 パーカーフードからのぞあわい髪色、今にも泣きだしそうな大きな目。

 それはロープでぐるぐる巻きにされたサメっちであった。


「あ、アニキぃ、助けてッスぅ…」

「絶対に切れない特殊なロープだよ。無理に怪人化しようものなら輪切わぎりになっちゃうから気をつけるんだよ? あっはっは」


 大貫はいやらしい笑みを浮かべると、対怪人用たいかいじんようの銃をサメっちにきつけた。


「それじゃ大人おとなしく投降とうこうしてもらおうか、デスグリーン? まさか卑怯ひきょうだなんて言わないよねえ?」




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