第三十話「ヒーロー本部潜入作戦」

 ヒーロー本部地下には一部の人間だけが知る極秘ごくひの怪人収容しゅうよう施設が存在する。

 もちろん、施設の特性上そこへのアクセス権限けんげんを持つ者はごく少数だ。


 林太郎をはじめ、アークドミニオンに収容施設への入り口を知る者はいない。

 だが“そこから出てきた者”ならばいる。


「ひやああああっ!! 落ちるうううううっっ!!!」

『林太郎、聞こえるか? そこを降りたら左に曲がってくれ』

「いやいやいやいや、これ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」


 林太郎はみなとのナビゲートをたよりに、暗くがりくねった排気管はいきかんの中をころげ落ちていた。


 数日前、湊こと剣山怪人ソードミナスはこの施設からの脱出をはかり、アークドミニオンの庇護ひごを受けた。

 つまり彼女の存在こそが、このヒーロー本部潜入せんにゅうの鍵だったのだ。


 そして今、林太郎は脱出の際に湊が利用したというルートを逆走ぎゃくそうしているのだが。


『あ、違う。ふたつ前を右だった。すまん林太郎、戻ってくれ』

「いやこれ戻れないと思うなあ、さっき二〇メートルぐらいすべり落ちたもの」

『あれぇ?』


 記憶だよりのポンコツナビで、ハッキリしていたのは本当に“入り口”だけであった。


「こんな冷たいくだの中で迷子まいごになるなんてごめんだぞ……帰ったら覚えてろよ……」

『はっ!? ままま、まさか私の身体からだをおもちゃにするつもりなのか!? 知ってるぞ、そうやって弱味を握って私をなぶりものにするつもりなんだなッ!? けっ、けけけ、けもののようにッ!!!』

「今そういうのいいから。どっちに行けばいいかだけ教えてくれ」

『えっと……さっきのところを左だな』

「お前さんは一生助手席に座らないほうがいい」




 …………。




 林太郎が着々と遭難そうなんしつつあるころ、地下収容施設の廊下では鮫島さめじま朝霞あさか長官付き補佐官と大貫おおぬき司令官が言い争っていた。


「作戦議事録ぎじろくにおいて、局地的人的災害二〇三号の処遇しょぐうは私に一任いちにんされるとあります。彼女の利用価値については作戦参謀本部にて検討けんとういたします」

「いまさら検討とか、なに言ってんの朝霞ちゃん。君がデスグリーンを仕留しとめるためにサーメガロをさらってくるよう指示したんだろ? 僕ってば久々ひさびさに現場に出てまで頑張ったんだからね!」


 己の立場を守るため、大貫司令官も必死である。

 大貫の見立みたてでは、かの少女こそ極悪怪人デスグリーンのアキレスけんであった。


 ならばなんとしてもサメっちを自分のこまとして利用し、手柄てがらをあげねばならない。

 すでにビクトレンジャーが全滅してしまった以上、悠長ゆうちょうなことをしていては大貫自身の首が飛ぶ。


「デスグリーンをおびき出す作戦のかなめはあの小娘なんだよ!」

「私はそのような作戦を“想定している”と申し上げた。そのように記録されています。追って作戦参謀本部より指令がくだりますので、今はおりいただくのがよろしいかと」


 対する朝霞は、戸籍上こせきじょう続柄つづきがら失効しっこうしているとはいえサメっちの姉である。

 妹を手に入れるために危ない橋を渡った彼女も、ゆずる気は毛頭もうとうなかった。


「納得できるわけないでしょ!? あのチビっこは今どこにいるの!?」

「規則ではおこたえする義務はないことになっています」

「きーっ! もういいよ自分で探すから!!」


 大貫は怒りをあらわにしながら去っていった。

 彼が向かった先は独房どくぼうである。


 らえた怪人は“ケージ”と呼ばれる独房に入れるよう規定されている。

 強化ガラスにかこまれ、二十四時間監視体制の整った特殊監房かんぼうだ。



 しかし当のサメっちは現在、この廊下と壁一枚をへだてた朝霞の個室に軟禁なんきんされていた。


 便宜上べんぎじょう敵対心てきたいしんなしとみなし、取引のための面談中ということになっている。

 そのためサメっちには大貫と朝霞の言い争う声が筒抜つつぬけであった。


「うるさかったでしょう、ヒーロー本部の壁は薄いことで有名ですから」

「……お姉ちゃん、サメっちはここにいていいんッスか?」

「もちろん、規則上はなんの問題もありません。それよりも冴夜さや、あなたはサメっちでも牙鮫きばざめ怪人サーメガロでもありません。鮫島冴夜、私の妹です」

「サメっちはアークドミニオンの怪人ッス! 一番舎弟しゃていのサメっちッス!」


 サメっちは胸に手をあてうったえかける。

 だが朝霞はそんな妹の言葉を一蹴いっしゅうした。


「誰であろうと、あなたを怪人あつかいはさせません。あなただって知っているでしょう。ここで怪人がどのような扱いを受けているか」

「お姉ちゃんは、怪人のみんなに酷いことするッスか……?」


 朝霞は一瞬、氷のような目をサメっちに向けた。

 しかしすぐに薄い笑みを浮かべると、誤魔化ごまかすようにサメっちの頭を優しくなでる。


「……そういえば、ホットケーキの材料を買ってきてあります。お姉ちゃんが焼いてあげましょう。冴夜はホットケーキが大好きだったでしょう?」


 姉は妹の問いかけには答えなかった。

 答えなかったが、それは肯定こうていであることを示していた。



 朝霞がステッカーまみれの冷蔵庫を開いたそのとき、施設内に警報が鳴り響く。


『B2区画に侵入者、各員対応にあたれ……り返す、B2区画に侵入者……』


「想定よりもかなり早いですね。アークドミニオンの実行部隊は優秀です。しかし無策に突っ込んでくるというのは、所詮しょせんは怪人といったところでしょうか」


 朝霞がモニターをつけると、そこにはたくさんの警備に追われる林太郎の姿がうつっていた。


「アニキ! アニキッス! やっぱり来てくれたんッスね! アニキーッ!」

「……アニキ? 私には冴夜以外の兄弟姉妹はいなかったと記憶していますが」




 …………。




 鳴り響く警報。

 林太郎は赤く照らされた長い廊下をけていた。


「このルートは安全だって言ったよねえ!? 思いっきり警報鳴ってるんだけど!?」

『おかしいな……出るときは触っても鳴らなかったんだが……』

「警報装置があるのは知ってたんだね。そこ君が思ってるよりだいぶ重要なところだよ?」


 こうなるともはやナビは役に立たない。

 いや最初からあまり役には立っていなかったが。


 林太郎は蜘蛛くもの巣のようにめぐらされた通路を西へ東へ逃走する。

 だがここはヒーロー本部庁舎の地下、いわば数多あまたのヒーローに守られた要塞ようさいの内部である。


 とっさに横道にすべり込む林太郎の背後を、レーザー光線がかすめた。


「死ぬかと思った、死ぬかと思ったよ……」

『林太郎、せろーっ!』

「だから遅いんだよ言うのがさ。なんなの? ブラジルから通信してんの?」


 その直後林太郎の頭上で火花が散った。

 薄い壁をやぶりチェーンソーのやいばが通過する。

 間一髪かんいっぱつかわしたものの、反応が一瞬でも遅かったら林太郎の首が飛んでいた。


「うおおおお! 危ねえええ!!!」

『だから言ったじゃないか伏せろって!』

「ありがとう! うれしくておしっこれそうだよ」

『いまタガラック将軍がハッキングに成功した。こちらで監視カメラの映像を見ながら指示を出すから安心しろ!』

「そいつは頼もしいな、それで今度はどこに向かえばいい?」


 飛んでくる手裏剣しゅりけんを指のあいだで受け止めながら、林太郎は湊に次の指示を求めた。


『あー……その、林太郎すごく言いにくいんだが』

「もったいぶるなよ、こっちは命がかかってるんだ」

『すでに完全包囲かんぜんほういされている』


 林太郎のほほをレーザー光線がかすめた。

 チェンソーが壁を突き破り、手裏剣が節分せつぶんの豆みたいに飛んでくる。


粒子りゅうし戦隊レーザーファイブ! ビビッときめるぜ!」

林業りんぎょう戦隊キコルンジャー! 悪の大木たいぼく伐採ばっさいだ!」

風魔ふうま戦隊ニンジャジャン! 超忍法ちょうにんぽうとくとあじわうでござる!」


 ここで説明しよう!

 ヒーロー本部職員は全員ヒーローなのである!


『なんだその……がんばれ!』

「お前もうナビかわれ!!!」




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