第二十二話「逆襲」
深夜二時を回ろうとしていた。
人気のない
積み上げられたコンクリート、その小高い丘に少女を抱えたひとりの男が立っている。
男の名は、栗山林太郎。
ヒーロー学校第四十九期首席卒の、二十六歳。
職業ヒーロー、もとい元ヒーロー。
――またの名を、極悪怪人デスグリーン――
「湊、サメっちを頼む」
林太郎はそう言うと、かたわらに
「林太郎、
「相変わらず心配性だねえ、俺を誰だと思ってるわけ?」
いつものような軽い調子で、林太郎は強がってみせた。
そして震える手で、ボロボロになった少女の髪を優しく
気を失ったサメっちは、満足そうな笑みを浮かべていた。
林太郎の手から震えが、
「よし、行ってくれ」
「わかった。林太郎も危なくなったら逃げるんだぞ」
走り去っていくソードミナスの背中を見送りながら、林太郎は考えていた。
邪悪な頭脳は、
「まあ、
そして勝利戦隊ビクトレンジャーを
「女は逃がす。子供も逃がす。だが俺の友を
「おかげさまでね。優しいところあるじゃないの
レッドの拳に、ゆらりと赤い炎が
サメっちを一瞬で
敵を内部から焼き
あの拳をもろに受ければその時点でゲームオーバーだ。
「減らず口もそこまででごわす。散っていった仲間たちの
「仲間ねえ、どの口が言ってやがるんだか……」
林太郎はまだじんわりと熱を
それは信じた仲間から林太郎に
今度は、林太郎が“敵認定”を
「おいエセ
「ぐぬぬぅ、見え
「俺からの
「クソミドリがぁッ!! 言わせておけばああああぁぁぁッッッ!!!!」
林太郎の安い挑発に
当然のことながら、これも林太郎の作戦のひとつである。
ストロングマワシールドという絶対防御を誇るイエローに、もし冷静に立ち回られてしまえば勝ち目は相当に薄くなる。
物理的な攻略が難しい相手ならば、まず心の弱い部分を突いて
七つの怪人組織を壊滅させた、林太郎の
(これでようやく少しだけ
正直なところ、勝算はかなり低い。
ビクトレンジャーにはある程度
集められた情報の
そして分析結果をもとに最前線で怪人との
ビクトグリーンこと林太郎の本来の仕事は、彼らのトータルバックアップであった。
なんでもこなせる便利屋だが、裏を返せばどれもパッとしない
そんな林太郎が戦闘屋のふたりを相手に正面から渡り合うには、切れるカードは全て切るしかない。
もちろんこの
「俺はね、こいつだけは使いたくなかったんだよ」
林太郎は
そのよく知った
「貴様ッ! それはまさかッ!」
「守りたいものを守る、
――ビクトリー変身ギア――
林太郎の手の中で、
関東圏のすべての怪人にとっては、恐怖の
「ビクトリーチェンジ!!」
ギアが高速で回転し、ヒーロースーツが緑の光となって林太郎の
変身、それはヒーローにとって
ものの数秒で光は収束し、ついにその
毒々しい大自然を思わせる緑のスーツ!
全身をまんべんなく
そして全身から立ち込める邪悪なオーラ!
「平和を愛する緑の光、ビクトグリーン!
ってなんじゃこりゃああああああっっ!!!!!!」
その姿は誰がどう見ても、悪の秘密結社の大幹部といった
もちろん林太郎は、まるで怪人のような今の自分の姿に見覚えなどあるはずもない。
グリーンのヒーロースーツは林太郎の
「ようやく本性をあらわしたな極悪怪人デスグリーン!」
「いやちょっと待って、俺こんなの知らない!」
「どことなくグリーンを思わせる
「お前その友の顔面に不意打ちでハリテぶち込んだのもう忘れたの!?」
「問答無用でごわす! イナズマハリテェ!」
高速のハリテが、
その超重量の一撃は、林太郎の
「バカな!? 消えたでごわす!?」
「おわぁーッ! なんだこりゃあーーッ!」
林太郎はハリテを
ほんの軽くステップを踏んだだけだというのに、林太郎の
しかしまるで軽自動車からいきなりスーパーカーに乗り
(軽い……! いや、
林太郎も日本
だが今の林太郎・極悪怪人デスグリーンのスピードは、十年以上のキャリアを誇るイエローの常識を
もちろん、林太郎の常識さえも。
「なんとか
「ぐぬぬ、
狙いがつけられないのであれば、もはや数を打つほかない。
イエローによる
しかし林太郎はハリテをいとも簡単に軽くいなす。
射程が短く直線的にしか放てないハリテなど、いまの林太郎に当たるはずもない。
「なるほど……ッ。こりゃあ、スーツのチュートリアルにはもってこいだ。だんだんコツがわかってきたぜ。はじめてお前に感謝するよ」
「なぜでごわす!? いったいどこにそんな力を隠し持っていたでごわすぅ!?」
「それについてはこっちが聞きたいぐらいなんだけどさ」
林太郎は
「くおっ……ストロングマワ……シ……っ!?」
「おせえよノロマ」
絶対防御を誇るストロングマワシールドも、この超至近距離では役に立たない。
すでにいま林太郎がいる場所は、バリアー効果範囲の内側だ。
「やっぱり貰ってばっかりじゃ悪いよな。
「ごわすぅ!?」
林太郎はイエローの
「ぐえっ! うぐへっ!」
イエローの必殺ハリテの直撃を超える
拳に響く今まで感じたことのないほどの重い衝撃に、パンチを放った林太郎自身が恐怖を感じるほどであった。
だがしかし、お返しをたった二発で終わらせるほど、林太郎は優しい男ではない。
そのまま三発、四発、五発と立て続けにイエローを殴りつける。
「おぐぅっ! ぶぎゅるっ! ぶべらっ!」
イエローの大きな体が右へ左へと激しく
そもそもイエローは至近距離の殴り合いで打ち負けるなどとは、想像だにしていなかっただろう。
それほどまでに、ストロングマワシールドと自身のタフネスを信頼していたのだ。
六発、七発、八発、九発と“構え”を取る間もなく
「ごふっ! あばぁっ! ぶぎぃっ! ごわしゅぇっ!」
かつて横綱を倒した男の
林太郎は
「こいつは俺のかわいい
「ぎゃひいいいいいぃぃぃぃぃーーーーっっっっっ!!!!!」
黄色いマスクが
ズシンという重い衝撃が
「……無念で、ごわ……す……ガクッ」
「い、イエローぉぉぉぉぉっ!! おのれよくもイエローを! おい大丈夫かしっかりしろおおおッッ!!!」
なにが起こったのか理解できず
「はぁ……はぁ……え……ほんとに、なにこれ?」
ピピピポポポピ!
そのとき、林太郎のヒーロースーツのベルトに仕込まれたビクトリー変身ギアが点滅した。
『あー、聞こえるかな林太郎。フハハハハ、
地の底から響くような、というか実際地下数百メートルから響いているであろうバリトンボイスが林太郎の耳に届いた。
『あれ、おいタガラック、これ聞こえておらぬのではないか? もしもーし竜ちゃんであるぞー、おーい』
「いや、うん、聞こえてますよ。そして聞きたいことが山ほどあるんですが」
『うむわかっておるぞ、デスグリーン変身ギアのスペックであろう? しばし待て、ここに説明書が……ううむ、字が小さくて読みづらいな……まあなんかすごいらしいぞ! フハハハハ! では
ドラギウスからのまったく中身のない通信は、一方的に切られた。
いまの会話で林太郎が得た情報は、この悪質な
「くそっ……イエロー……ッ! なんという強さだデスグリーン……! 俺はリーダーとして、いったいどうしたらいいんだッ……!」
「どうしたらいいんだろうね、ほんとにね」
林太郎のあてどない
遠くで消防車のサイレンが鳴り響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます