第二十一話「極悪怪人デスグリーン」

「これで終わりでごわすデスグリーン! イナズマハリテェェェェッ!!!」


 孤立無援こりつむえんせまる攻撃、動かない身体からだ

 林太郎の死はもはや避けられない。


(くそっ、ここまでか……)


 栗山林太郎の名は稀代きだい極悪人ごくあくにんとしてきざまれるだろう。


 汚名おめいを着せられたまま、弁解べんかいの機会もあたえられず。

 世界にうとんじられながら、他人たにん名誉めいよのために死ぬのだ。



 …………キ。



 正義から見放みはなされた男のピンチに。

 駆けつけてくれるヒーローなんて。

 いるはずもない。



 ………………ニキ。



 林太郎の脳裏のうり走馬燈そうまとうめぐる。


 放任主義だった祖父。

 正義感にあふれていた弟。

 ヒーロー学校時代に泣かせた後輩。


 なにかと空気の読めない熱血漢ねっけつかん

 モテることしか頭にない二枚目にまいめ

 カレーばっかり食ってるデブ。

 上から目線で罵声ばせいを浴びせてくる厚化粧あつげしょう


 大声で笑うマントを羽織はおったジジイ。

 背が高いくせに小心者のヤマアラシ。


 常識がなく、頭が悪く、誘惑に弱く、人の話を聞かず、自己評価が高く。

 食い意地いじばかり張っていて、子供ガキのくせに大人ぶってばかりで。

 怪人のくせにヒーローをしたって、ずっと後ろをついてくるコバンザメ。



「アニキィィィィィィィィィィィィッッッ!!!!!」



 闇色に染まった海を割り、魚雷のように発射されたそれは。

 今まさに林太郎をほふらんとしていたイエローを真横から強襲した。


「ごわすぅッ!?」


 海中から時速一〇〇キロで撃ち出されたその質量は、イエローの巨体を軽々と弾き飛ばす。


 まるでピンチに現れる、正義のヒーローのように。

 林太郎とイエローの間をさえぎり、仁王立におうだつ巨大な影。


「サメっち……なのか?」

「サメっち? 誰のことッスか? サメっちは牙鮫きばざめ怪人サーメガロッス。あっ、違うッス! 今の無しッス!」


 眼鏡を失った上に周囲が薄暗うすぐらいということもあり、林太郎にはその影がぼんやりとしかわからなかった。


 だがその姿は林太郎のよく知る、頭ふたつ低い少女のものではない。


 三角の背ビレ、とがった鼻先、そして大きな口からのぞくズラリと並んだするどい牙。

 巨大なサメを彷彿ほうふつとさせるそのシルエットは、まさに怪人と呼ぶに相応ふさわしい凶悪な相貌そうぼうであった。


「くそっ、あと少しのところだったでごわすのに! やはり仲間を隠しておったでごわすなデスグリーンめ!」


 弾き飛ばされたイエローがゆっくりと立ち上がる。

 イエローは大型トレーラーの衝突しょうとつ匹敵ひってきする一撃を受けて、なんと傷ひとつ負っていなかった。


「アレで無傷とか卑怯ひきょうッス! いかさまッス!」

「がはははは! 金城鉄壁きんじょうてっぺきの“ストロングマワシールド”は無敵でごわす!」


 ビクトレンジャーの切り込み隊長、ビクトイエローの腰まわりに装着された固有武器、それが“ストロングマワシールド”である。

 “構え”を取ることで発動し、装着者を中心として全周囲に物理絶対防御のバリアーを張ることができる防御系の秘密兵器だ。

 イエローはサメっちからの攻撃を受ける直前に、バリアーを展開していたのであった。


「こりゃ厄介やっかいな相手ッスね。……アニキ、ここはサメっちに任せて逃げるッス」

「……なに言ってんだよサメっち」

「あーもう、アニキはデリカシーないッス! サメっちはこの格好かっこうで戦うところを見られるのちょー恥ずかしいッス! えっち!」


 林太郎だって、シャワー中に全裸で入ってくるやつには言われたくなかった。


「サメっちはデキる女ッス。ちゃんとむかえの車を手配てはいしてるッスよ! さあ、はやく行くッス!」

「あ、ああ、わかった!」

「……アニキ、お達者たっしゃでッス!」


 駆け出した林太郎の背後で、閃光せんこうがほとばしり激しい衝撃音が鳴り響く。

 ヒーローと怪人が全力でぶつかり合う。


「バリアーごとくだいてやるッスぅ!」

「甘いわぁ! 怪人ごときのヤワな攻撃ではビクともせんでごわす!」



 ――林太郎は必死で逃げた――。



 ヒーローである林太郎は、命のやり取りをいられる怖さをよく知っている。

 だからサメっちに逃げろと言われたときは、心底しんそこほっとした。


 世間やイエローがどう言おうが、自分はまだヒーローでいられると、そう思ったのだ。


「わざわざ敵を逃がすなんて、バカなやつだよ……あいつは」


 林太郎の横顔を、軽自動車のヘッドライトが照らし出す。

 せまそうな運転席からりてきたのは長身の女、みなとだった。


「林太郎! ああよかった、急にいなくなったって聞いたから心配したんだぞ。ところでサメっちはどこだ? 一緒じゃないのか?」

「サメっちはビクトイエローと戦ってる」

「なんだって!? どうして置いてきちゃったんだ!! あわわわわ、どうしよう! 林太郎どうすればいい!?」

「落ち着け湊、サメっちなら大丈夫だ。それに海に飛び込めば逃げ切れるだろ、サメなんだから」


 そうだ、サメっちは任せろと言った。

 だから自分はなにも間違ってなんかいない。


「なあ……林太郎は助けにいかないのか?」


 行くわけないだろう、死にに行くようなものだ。

 手負ておいの状態で脳筋相手に正面切って戦うなどが悪いにもほどがある。


 生きてさえいれば、またチャンスはまわってくるのだ。

 つまりこれが、いまの林太郎にとっては最善の手なのである。


「どうして俺が、怪人を助けなきゃいけないんだ」

「林太郎はサメっちのアニキなんだろう!?」



 アニキという言葉が林太郎の心臓を、どんなやいばよりも深くするどき刺した。



「……俺は違う、俺はアニキなんかじゃない。だっておかしいだろそんな……」


 ヒーローである自分が、怪人のアニキになれるはずがない。

 そう言いかけたところで、林太郎は言葉をみ込んだ。


 多少立場が違えどもさかずきを交わすことはあるだろう。

 だが林太郎とサメっちの居場所は、正義と悪、昼と夜、表と裏。



 それは兄妹きょうだいと呼ぶには、あまりにも真反対まはんたいであった。



「あいつが勝手にそう言ってるだけだ。舎弟しゃていだなんだって、勝手に俺のまわりをうろちょろして、怪人のくせにみょう人懐ひとなつっこくて、いい加減迷惑なんだよ」


 林太郎は同意を求めるように、早口はやくちでまくし立てた。


「なんで怪人が人間みたいに振舞ふるまうんだよ。そうじゃないだろ、怪人は人を襲うもんだ。他人の権利を平気で踏みにじる悪なんだよ。だから正義のヒーローに倒されるのは、当たり前の、ことで……」


 よく回る舌からつむがれる言葉は、次第に自分自身に対するわけになっていく。

 林太郎自身、自分の口からあふれるいやしさをとどめることができないでいた。


 百の言葉ことばを並べたところで、それは『俺が正しい』というただ一言をかざり立てているに過ぎないというのに。


 それでも、言葉は口から次から次へとあふれ出た。

 自分は正しい、これまでずっと正しさに支えられてきたのだからと。



 ひとしきり吐きだし終えたところで、湊が林太郎の肩を抱いた。


「林太郎、お前は頭が切れるし誰よりも強い。だから林太郎の判断は間違っていないんだと私は思う。だけど……だったら、どうしてそんなに苦しそうなんだ?」

「苦しい……俺が? なんの冗談だよ……?」



 遠くの空が稲光いなびかりのように激しく明滅めいめつしていた。

 自分もはやく逃げればいいものを、サメっちはまだイエローと戦っているのだ。


 誰よりも敬愛けいあいするアニキのために。

 栗山林太郎というひとりの男のために命を張って。



「サメっち……俺は……」



 ――アニキ、失格だ――。



 ふるえるくちびるは、その一言ひとことゆるしはしなかった。



 林太郎が逃げ出したのは怖かったからではない、まぶしかったのだ。


 怪人のくせに、その一途いちずなまでの、自分を危険にさらしてまで誰かを守ろうとする心が。



 栗山林太郎はヒーローである。

 悪の怪人を倒し、勝利する。

 自分自身の平和ではなく、顔も知らない誰かの平和のために。

 自分自身の正義を置き去りにして、他の誰かが勝手に決めた正義のために。


 そうやって丁寧ていねいに積み上げてきたはずの自分という存在が、まるでガラクタでできたとうのように、ひどくいびつに見えたのだ。


 だからわけ詭弁きべんかげに隠れ、まぶしすぎる光におびえることしかできなかったのだ。



「……わかった。ならば林太郎、これを預かってくれ、車のキーだ。わわわわわ、私がいいいいい行こう。行くぞ! い、行くからなほんとに! ああでもやっぱり無理ぃぃ」


 ガタガタと脚を震わせる湊と、林太郎の視線の先で。



 ズドオオオオオオオオオオオオオオン!!!



 まるで昼間の太陽かと見紛うほどの巨大な火柱が天をいた。




 …………。




 そのころ、埠頭ふとうでは。


「ぐぬぅ、やるでごわすなサーメガロ!!」

「ふっふっふ、サメっちじつはこう見えてちょー強いッス」


 サメっちはボロボロになりながらもイエローと善戦をり広げていた。

 イエローが誇る最強のほこ“イナズマハリテ”と最強のたて“ストロングマワシールド”は確かに厄介やっかいだが、弱点もある。


 バリアーの展開には構えが必要であるため、ハリテと同時に発動できないのだ。

 すなわち間断かんだんなく攻撃し続ければ、イエローはかめのように手も足も出せなくなるということであった。


 サメっちはそれに気づくまで、すでに十数発のハリテを食らっていた。

 じつのところ、こうして攻め続けるのもつらい状況だ。


「うぬぬぬ、さっさとバリアーをくッス!」

「そちらこそ、さっさとあきらめるでごわす!」


 戦いは長期戦の様相ようそうをていしていた。

 そうなると構えているだけのイエローに対し、息つく間もなく攻撃し続けているサメっちは圧倒的に不利である。


「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃッス!!」

「ふむ、そろそろでごわすな。そろそろむすびの一番といくでごわす」

「ぜーっ、その状態から! ぜーっ、なにができるって! ぜーっ、言うんッスか!」


 そのとき、サメっちの背後で赤い炎がらめいた。

 振り返ると、その目にうつったのは炎をまとったこぶしであった。



「一撃必殺、“バーニングヒートグローブ”ッッッ!!!」

「うぎゃアアアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーッス!!!」



 サメっちの身体を、天まで届く真っ赤な火柱ひばしらが包み込んだ。


「心がたぎる赤き光、ビクトレッド! よもや卑怯ひきょうとは言わないだろうな怪人よ! おいイエロー、生きてるか!?」

間一髪かんいっぱつでごわしたレッド、助かったでごわす」

「まったく、だから独断専行どくだんせんこうはよせと言ったんだ! おおかた手柄てがらひとめしようとしたんだろう、帰ったら始末書だからな!」

「そりゃ勘弁かんべんしてほしいでごわす!」


 こんがりと焼き魚にされてしまったサメっちは、かろうじて生きていた。

 水棲生物すいせいせいぶつ怪人でなければ爆発四散ばくはつしさんしていただろう。



「……ア……ニキ……」



 糸がほつれるように怪人化がけ、身体からだは少女のそれへと戻っていく。



「……アニ……キ……、ご……めん……なさ……」



 涙でぼやける視界のはしに、近づく誰かの足の影が見えた。

 イエローか、レッドか、いずれにせよサメっちはここで捕まってしまうのだろう。

 いや、それならまだいい。


 ひょっとするとここで“処理”されるかもしれない。



 サメっちはボロボロの身体からだで逃げ出そうともがいた。


 アニキに、林太郎にもう一度会いたい、会って謝りたい。

 負けちゃいました、ごめんなさいと。


 アニキはなんと声を掛けてくれるだろうか。

 よく頑張がんばったとめてくれるだろうか。


 そんなことを考えていると、あふれる涙を止められなかった。



「うあ……アニキ……ああああ……」



 影が無情むじょうにも、サメっちの軽い身体からだかかえ上げる。


「貴様! その怪人をはなせ!」

「やはり現れおったでごわすな!」


 優しく、だが力強ちからづよく、大切な家族を抱きしめるように。

 その男はサメっちのげた髪にほほわせた。



「よく頑張ったな、あとは任せろ」



 サメっちはその声を聞いて、眠るように気を失った。

 その男は戸惑とまどうレッドとイエローに向かって、静かに言い放つ。



「お前らには悪いが延長戦だ。

 ――ここから先は“極悪怪人デスグリーン”が相手をしてやる」




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