第二十話「炸裂、イナズマハリテ」

 “有明ありあけ西にしふ頭公園”

 東京湾に面したこの公園は、昼間でもあまり人がいない。


 ましてや十二月の寒空さむぞらした、深夜ともなれば人の気配は皆無かいむである。

 グレーを溶かした東京湾も、今はただ黒く闇の色に染まっていた。


 タクシーを降りた林太郎は寒さに曇った眼鏡をき、公園内を見渡す。

 すると外灯に照らされたベンチに大柄おおがらな男が座っているのが見えた。


「朝まで待つつもりにごわしたが、思ったより早かったでごわすな」

「そりゃあよかった。俺も冷凍力士を本部まで運ぶのはごめんだからな」


 黄王丸きおうまる……イエローと林太郎は顔を合わせるといつもこんな感じである。

 しかし、こうやって軽口を叩くのも何日ぶりだろうか。


 アークドミニオン秘密基地からの脱出というのも本当に呆気あっけなかった。


 デスグリーンとしての名声を高めたことが、林太郎に対する確たる信頼へと繋がったのだろう。

 林太郎はすれ違う怪人たちに挨拶されこそすれ、誰にも呼び止められることなくここまで来ることができた。


 もちろんあの邪魔なサメ怪人もいない。

 今ここにいるのは林太郎とその同僚である黄王丸、ふたりだけである。


「……それで、本当に俺はヒーロー本部に戻れるんだろうな?」

「そいつはわしが保証するでごわす。まあ、ビクトレンジャーのメンバーを再起不能にした件は、さすがに不問ふもんというわけにはいかんでごわすが」

「覚悟はしてるつもりだよ。トバされた腹いせって言われても仕方ないさ」

「それについては、不当な左遷人事があったとして大貫おおぬき司令官にも沙汰さたがあるようでごわす。グリーンにも情状じょうじょう酌量しゃくりょうが認められるに違いないでごわすぞ」

「そうかい、そりゃ痛快つうかいだね」


 林太郎はそう吐き捨てると、静かに暗い海を見つめた。

 冷たい潮風しおかぜが痛いぐらいにほほでた。

 歯にはさまった小骨のように、林太郎の心にはずっとなにかが引っかかっている。


「冷えてきたでごわすな、歩きながら話すでごわす」

「我が家の暖炉だんろが待ち遠しいってね」

「帰る前に一杯いっぱいひっかけていくでごわすか?」

「やめておくよ、てめえの酒癖さけぐせの悪さはよく知ってる」


 夜の埠頭ふとうを男ふたり並んで歩く。

 待ち望んだ家路いえじなのだが、林太郎の足はどこか重い。


 振り返っても闇がひろがるばかりで、そこには誰もいやしない。

 当たり前だ、林太郎が自ら望んでそうしたのだ。


「ふっ、やはり怪人のほうがしょうに合ってるでごわすか?」

「冗談はよしてくれ、俺は虫も殺せない男だよ」

「がっはっは、ビクトレンジャーを三人も潰しておいてよく言うでごわす。減給か左遷は覚悟しておいたほうがいいでごわすぞ」


 イエローの言う通り、林太郎が考えるべきは過去のことではなく、今後の身の振りかたである。

 当の被害者であるメンバーの嘆願たんがんがあれば懲戒免職ちょうかいめんしょくまではいかなくとも、ことがことだけに厳しい処分はまぬれない。


「そうだな、俺は三人も……ブルー、ピンク……ん? あとひとりは? ああ、グリーンか。俺じゃねえか」


 大事な仲間だなんだとのたまう割に、大事なところで数字を間違えるところにイエローの仲間意識の軽薄けいはくさが見て取れる。

 仲間“は”大切にするのが信条しんじょうの林太郎は、その小さな言い間違いにかすかな違和感をおぼえた。


「……ったく冗談じゃねえよ、勝手に殺すなっての」


 そのとき、ひときわ強い風がふたりの間を吹き抜けた。

 林太郎のコートからなにかがころがり落ちる。


「これは……そういやこんなのあったな」


 それは水族館でサメっちからプレゼントされた、小さなサメの人形であった。

 たしか名前は“血まみれジョーズ”とかいったか。

 捨てるタイミングを逃して、ずっと上着のポケットに入れていたのだ。


 あいかわらず不気味な人形であったが、なぜだかそれが林太郎の目をひいた。


「……こんなもんゴミにしかならねえってのにな」


 今となってはなんの意味もないそれを、林太郎はなんとなく拾い上げようとかがみこんだ。



 ――その瞬間――。



「イナズマハリテ!!」



 林太郎の顔を、横合よこあいからなぐりつけるような衝撃が襲った。

 ふわりと浮くような感覚が全身を包んだ直後、林太郎の身体は硬いコンクリートの壁に打ちつけられる。

 眼鏡のレンズがくだけ、フレームはひしゃげてちゅうに舞った。


「な……なにを……!?」

「ふむ、やはりヒーロースーツなしでは殺し切れぬでごわすか」


 奥歯が折れたのか、口の中いっぱいに血の味がひろがる。

 偶然ぐうぜんにもかがんだことでしんが外れたとはいえ、脳を激しく揺さぶられて視界がぐるぐると回る。


 林太郎がイエローのハリテをもろに食らったのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。


「イエロー……なんで……?」

「ビクトリーチェンジ!」


 イエローがビクトリー変身ギアを構えると、その巨体がまばゆい黄色の光に包まれる。


「パワーみなぎる黄の光、ビクトイエロー! さあ、これでフルパワーでごわす。覚悟せい極悪怪人デスグリーン!」


 勝利戦隊ビクトレンジャー。

 その正装せいそうであるヒーロースーツを着用した黄王丸。

 林太郎への敵意をむき出しにしたビクトイエローがそこにいた。


 胸に光るブイマークは勝利のVサインである。

 かつてこのVを見て無事だった怪人はいない。


「ちくしょう……だましやがったなイエロー……ッ!」

「それはおたがいさまでごわすぞ、偽物にせもののグリーン」

「偽物じゃねえつってんだろ!」


 林太郎はふらふらと立ち上がりながら、怒りのままに叫んだ。

 衝撃で押しつぶされた肺が、血に濡れたのどの奥が、痛いほどに震える。


「それがどうかしたでごわすか? グリーンが偽物だろうが本物だろうが、なにもかわらんでごわそう? 市民の平和をおびやかす怪人も、仲間殺しの裏切り者も、どちらも正義の敵にごわす。イナズマハリテェェッ!!」


 イエローの手のひらが光ったかと思うと、巨大な手の形をした衝撃波がはなたれた。

 満身創痍まんしんそういの林太郎は、すんでのところでイエローのハリテをける。

 直後、背後にあったコンクリートの壁が、爆発音と共にくだけ散った。


 ヒーロースーツは身体能力を飛躍的ひやくてきに向上させる。

 イエローが放つ本気のイナズマハリテは射程しゃていこそ極端に短いものの、直撃すれば快速特急を正面から弾き返すほどの威力があるのだ。


 そこに込められているのは仲間への友情などではなく、はっきりとした殺意であった。


「ちくしょうハメやがったな、このクソ野郎がっ!!」

「ちょろちょろ逃げ回りよって、このミドリムシめ!!」


 横っ飛びに転がりながら、林太郎は自分の判断をいた。

 この男、イエローは最初から“これ”をねらっていたのだ。


 仲間をよそおって呼び出し、林太郎がのこのこあらわれたところを始末する。

 じつにシンプルな罠だが、うまくければ怪人デスグリーン掃討そうとう名声めいせいひとめだ。


 要領ようりょうよく美味おいしいところだけをかっさらう、イエローらしい姑息こそくな作戦であった。


「ずっと思ってたけど、てめぇ本当にクズだな!!」

かがみを見て言えクソミドリ! それに十何年も怪人どもと戦っていれば“こういうこと”は嫌でも身につくものでごわす。ほらほらどうしたイナズマハリテ連打ァ!!」


 ドドドドドという地鳴じなりとともに、地面に次々とクレーターができる。

 まるで建設現場の重機が暴走したかのようだ。


 いくらビクトグリーン・林太郎とて、事前にさくも用意せず、さらに初撃しょげきで大きなダメージを受けたまま逃げ回っていては勝ち目などありはしない。


(捕まるだけならまだしも、完全に殺しにきていやがる。ここで口をふうじるつもりか!)


 そのとき林太郎の視界がぐらりとかたむいた。

 林太郎のボロボロの身体からだが、ひざからくずれ落ちる。

 この絶対絶命の局面きょくめんで、蓄積ちくせきされたダメージがあしにきたのだ。


「やっべ……」

「もらったでごわす!!」



 黄色く光る巨大な手のひらが、林太郎に迫る。



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