第十九話「ビクトイエロー」

 十五年前、角界かくかい震撼しんかんさせる大事件が起こった。

 当時歴代最強横綱よこづなとまで呼ばれた力士りきしが、無名の高校生に敗北をきっしたのだ。


 とはいえ、これは地方興行こうぎょうでの出来事であり公的な記録ではない。

 にも関わらず、テレビや新聞をはじめとするメディア各紙はこぞってこの高校生横綱を取り上げた。


 当然のように高校卒業と同時に角界入りするかと思われたが、彼が選んだのは相撲すもうではなく、正義の道であった。


 二年制のヒーロー学校を首席で卒業し、日本各地の支部であわせて一〇年以上の実績を持つ大ベテランヒーロー。

 仲間や子供たちからしたわれる心優こころやさしき巨人。


 彼の名は黄王丸きおうまる

 勝利戦隊ビクトレンジャー三人目の戦士、ビクトイエローその人である。



 今日はそんな彼の半生はんせいを振り返るとともに、その魅力みりょくに迫ります。


『その時、歴史の旅がヒストリー ~にっぽんのプロフェッショナル~』


 チャララララ~♪ チャララリラ~ン♪



「なにこれ?」


 モニターにはどこかで見たようなドキュメンタリー番組が流れていた。


「敵を知り己を知れば百戦あやうからずッス。ソォンシーって人が言ってたらしいッス」

「そんな中国妖怪みたいな名前の人だったっけ?」

「とにかくッス! 残るビクトレンジャーはあとふたりッスけど、油断ならない相手ッス! ちょっとでも相手のことを調べるッス」


 モニターの中ではよく知った顔の男がインタビューに答えていた。

 よく知っているもなにも、林太郎は彼の同僚どうりょうであり背中を預け合うチームメイトである。


 少なくとも林太郎はアークドミニオンの誰よりも、イエローに詳しいだろう。

 実際に背中を預けたことも、預けられたこともありはしないが。


 実はこの動画だってもう二〇回ぐらい見たことがある。

 イエローこと黄王丸は酒に酔うといつも上映会を始めるのだ。


 他のヒーローと違ってその経歴から素性すじょうを隠していない黄王丸は、ビクトレンジャーの中でも特にメディアへの露出ろしゅつが多かった。

 ようするに仲間内で頭ひとつ抜けた有名人であることを、鼻にかけていたのである。


 当然のように、完全成果せいか主義の林太郎とはまるでおりが合わなかったものだ。



『わしは最初から、正義の道だけを見ていたのでごわす』

「ふむふむ、ヒーロー一筋ひとすじだったんッスね。メンタルも強そうッス」

神経しんけい図太ずぶといだろうね」


 林太郎は知っている。

 当時の黄王丸青年せいねんは横綱を倒したあと、調子に乗って“横綱を倒した男”としてあらゆる方面で名前を売りまくった。

 テレビのバラエティ番組にアスリートわくで出演し、出版した自著伝じちょでん『横綱を食らう』は全国で三〇万部を売り上げる大ベストセラーになったほどだ。


 結果としては当然のことなのだが、横綱の大銀杏おおいちょう怒髪天どはつてんくことになった。

 それを相撲業界が忖度そんたくしてどの部屋にも入れてもらえなかったのだ。


 ヒーローかヤクザか地下格闘技ぐらいしか、そもそも進める道がなかったのである。



『わしは仲間たちに、日々感謝の心を忘れないようにしているでごわす』

「ふむふむ、仲間とのきずなは深いというわけッスね。きっと今ごろ復讐ふくしゅうに燃えているッス」

「そりゃ怖いね、絆パワーだ。悪の怪人の天敵ってやつだね、怖いからコイツには今後一切関わらないようにしようね」


 なるべくこの男と関わりたくないのは、林太郎の嘘偽うそいつわりない本心である。


 イエローという男は角界入りできなかったことを反省してか、とにかく立ち回りが上手いのだ。

 いつも美味しいところを持っていってしまうことを、林太郎はよく知っていた。


 林太郎が必死に戦っている間、市民の避難誘導としょうして女子大生を口説くどいていたこともあった。

 OBとして林太郎と共にヒーロー学校を訪れた際、事務手続きを進める林太郎を尻目に学生たちと仲良くなって、いつの間にか林太郎抜きで飲み会を開いていたこともあった。

 事件報告書はいつも最大功労者こうろうしゃである林太郎が書いていたが、お礼こそ毎回言ってくれるものの、手伝ってもらったことなど一度たりともない。


 仲間からすれば“にくむべき愛されキャラ”、それがイエローである。


 世間体せけんていを重視し、要領ようりょうがよく、しかし配慮はいりょに欠ける。

 智謀ちぼうめぐらせさくろうする実利じつり主義の林太郎とは相性あいしょうが悪く、まさしく犬猿けんえんなかであった。


「アニキ、すごく怖い顔してるッス。る気ッスね!」

「ははは、いやだなあサメっち。俺は殺しはやらない平和主義者だよ」

「でもビクトグリーンは食べちゃったッスよね」

「あれは例外だから、デスグリーンの中で生きてるから」


 モニターの中では憎きイエローが超大盛のカレーと戦っていた。


『一日の摂取せっしゅカロリーは、およそ一万キロカロリーでごわす。特にカレーは毎日欠かせないでごわす』

「はわぁ~……カレーッス……。美味しそうッスねえ……アニキぃ?」

「はいはい、じゃあ今日はシーフードカレーにしようか」

「やったーッス!」


 実のところカレーは林太郎も大好きである。

 ヒーロー本部では“キャラがかぶるから”という理由で、滅多めったに食べさせてはもらえなかったが。


「いただきまーすッス!」


 嬉しそうにカレーを頬張ほおばるサメっちを見ていると、林太郎はつい自分がヒーローであることを忘れそうになる。


 本人の意思にかかわらず、他者を傷つけ平和を乱す社会の脅威きょうい

 それが彼女たち怪人であり、ヒーローとはけして相容あいいれない存在であるにも関わらず。


「ふぁー、食べたら眠くなってきたッス……」

「こら、寝るならちゃんとベッドで寝なさい」

「ふぁーいッス……」

「だからそれは俺のベッドだって……あーもう。おなか出して寝たら風邪かぜひくでしょうが」

「ッスヤァ……」


 林太郎は今日も俺はソファで寝るのかと、悪態あくたいをつきながらもサメっちに布団をかけてやった。

 ヒーロー学校に入る前は弟と暮らしていた林太郎である。

 だからこの娘は怪人だと心の中では思いつつ、つい世話せわを焼いてしまうのだ。



 いっそこのまま怪人になってしまうのも、悪くないかもしれない。



 また、あの考えが頭によぎる。

 だが林太郎の心の中に、深く根付ねづいた正義がそれを許さない。

 愛する平和のために選んだ正義の道を、そう簡単に捨て去ることなどできないのだ。


「怪人……なんだよな」


 れ聞こえる寝息ねいきは、なんの変哲へんてつもない少女のそれだ。

 しかしその小さなくちびるの裏側にはするどい牙が待ち構えている。

 平和の裏にひそむ脅威、それは社会と怪人の縮図しゅくずそのものだ。


「……ッスー……」

「…………」


 彼女もかつては天真爛漫てんしんらんまんな、普通の人間の少女だったに違いない。


 怪人覚醒は誰にでも発症しうる不幸、いわば交通事故のようなものだ。

 生まれながらに怪人であったり、望んで怪人になる者も少なからずいるが、怪人のほとんどは後天的こうてんてきな覚醒によるものだといわれている。


 しかし覚醒した時点で社会の脅威と見なし、人の世界から隔絶かくぜつしなければならない。

 なぜならその存在そのものが、他人の平和をおびやかす害になりえるからだ。


 だから人間社会は、自らの平和を守るべく危険な異物を排除はいじょする。

 問答無用もんどうむようで怪人を駆逐くちくするその行為こういを、国は正義とさだめた。


 すなわち、たとえどのような経緯けいいがあったとしても、怪人はすべからく悪であり、それを倒すのがヒーローの役目なのである。

 この単純明快たんじゅんめいかいな社会正義こそが、栗山林太郎にとっては心のどころであった。


 今も怪人に苦しめられている人たちが、世界には大勢いるのだ。

 平和の使者たる栗山林太郎は、いつまでもこんなところで油を売ってはいられない。


「そうだ思い出せ、俺はヒーローだぞ……なにやってんだよこんなところで……」


 あまりにも無邪気できとした彼女たちと接するうちに、林太郎は少しずつアークドミニオンに居場所を感じ始めていた。

 それと同時に、今までの自分に戻れなくなってしまうのではないかといったあせりが、日を追うごとにつのっていった。


 怪人の少女と出会ったあの日から、“正義の味方”栗山林太郎は壊れ始めていたのだろう。

 それを自覚することは、林太郎にとってなによりの恐怖であった。


「……ッスー……」


 そのあまりにも無防備な細く白い首筋くびすじに、林太郎はゆっくりと手をえた。

 冷たい指先からは、少女の確かな鼓動こどうを感じる。


 不意ふいに。

 林太郎の手を、小さな手のひらがつかみ返した。


 起きたわけではない、寝ぼけているだけだ。

 怪人の少女はいったい、どんな夢を見ているのだろうか。



「……アニキ……大好きッス……」



 ピピピポポポピ。



 そのとき、着信を示す電子音とともに、ビクトリー変身ギアが光った。

 呼吸を忘れていた林太郎はぶはっと息を吐き出し、思わず自分の首筋に手をあてがう。

 喉元のどもとに触れた自分の手のひらは、林太郎が思っていたよりもずっと冷たかった。


 ピピピポポポピ。


 地下数百メートル、窓の無い静かな部屋で、ビクトリー変身ギアだけが鳴り続ける。

 林太郎はサメっちを起こさないよう、そっと通信回線を開いた。


「もしもし……?」

『グリーン、わしでごわす』


 声の主はビクトイエロー、黄王丸きおうまるであった。


「どうしたイエロー? 俺を殺しそびれた愚痴ぐちでも語って聞かせるつもりか?」

『うむ、そのいけすかない皮肉ひにくはまさしくグリーンでごわすな。やはりデスグリーンはおぬしでごわしたか』


 その言葉は、林太郎がわらにもすがる思いで待ち望んでいたものであった。

 ビクトグリーン・栗山林太郎の存在を、まだ認めてくれる人がいる。

 たったそれだけのことで、林太郎は目頭めがしらが熱くなった。


「気づいていたのか……? いつから……?」

『上野公園の動画を見て、もしやと思ったのでごわす。半分はわしのかんでごわすが』


 林太郎はイエローを嫌っていた。

 それと同じぐらい、イエローも林太郎を嫌悪けんおしていた。

 だからこそ、イエローの言葉には確信がある。


 極悪怪人デスグリーンなど存在しない。

 彼こそがヒーロー・栗山林太郎なのだと。


『まったく、心配したでごわすぞ』

「はは……俺の心配をするなら、是非とも態度で示してもらいたいね」

『うむ、そのことで話がしたかったのでごわす。グリーン、今から会えないでごわすか?』


 林太郎にとっては思いもよらない申し出であった。

 全て切れたと思っていた頼みのつなが、一本新たに投げ込まれたのだ。

 それも自分自身がもっとも拒絶きょぜつしていた相手から。


『……わしもつらかったでごわす。司令部の手前、ビクトレンジャーとして戦わざるをえなかったのでごわすよ。……グリーンには、本当に申しわけないことをしたでごわす』

「……本当に、信じていいんだな?」


 イエローの言葉に嘘偽うそいつわりがあるようには感じられない。

 だからこそこうして機密回線で、他のメンバーにバレないよう連絡を寄越よこしたのだろう。


「事故とはいえ仲間を手にかけたんだ、司令部が納得するか?」

『安心するでごわす。司令部はわしが必ず説得するでごわす。落ち合う場所は……』




 …………。




 ――深夜――。


「うにゅ……あれ? アニキ?」


 サメっちが目を覚ますと、そこに林太郎の姿はなかった。




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