【薬】Drug Treatment

 今日もうちの店では数人が放心状態で椅子に腰掛けている。

『エレクトリック・レディランド』。

 祖母とわたしがふたりでやっているコーヒーショップだ。表向きは。

 放心状態のお客さんたちは瞳孔が開き、口からはよだれを垂らしたまま蒸気状のホログラムを吐き出している。

 エレクトリック・シーシャ。

 電脳を刺激する水タバコである。

 祖母はネットの海から三日ほど帰ってきていない。三途の川だったらどれほどうれしいか、と思うのだが、またバグだらけで信憑性のない怪しいファイルを拾ってあのクッソほがらかな笑顔を見せてくれるのだろう。

 からん。

 百年前に作られたという入口の鈴が鳴る。うちは古風なのが売りだ。

「いらっしゃ、あんたか」

「客よ」

「借金してるやつは人間ですらねえ」

 明日潰れる、というほどではないが、決して経営状態が良いとは言えない店だ。ただでさえ『保健所』に納める『税金』をごまかしながらやっているのだ。いつ『摘発』されてもおかしくない。

「あら、誰のおかげで保健所が踏み込んでこないと思ってるの」

「お前、が所属してる組織のおかげだ」

 お前じゃねえ。

「で、注文は」

「『コンペイトウ』の6.3ミリ」

「わたしが言うのもなんだけど、そろそろやめとけよ」

 どうせ代金も払ってかねえんだし。

「もうこれがないと仕事できないのよ」

 わたしは明日死ぬの。

 三時間後くらいに『心停止』しても驚かねえけど。

「ミスター・ヘンドリクス、『オウムガイに餌を。羊の肉を』」

 わたしはエレクトリック・シーシャのラックに向けて話す。人工知能が『欠品しています。いくつ仕入れますか』と聞き返すので、「六時間三分かけて考えろ」と答える。

 オールドスクール・ラクゴとサイバーパンク・ペイパーバックにかぶれた祖母が考えたものだ。

 わたしの趣味じゃない。

「いかしてるわ」

「毒入れんぞ」

「おお、こわいこわい」

 シーシャを受け取り、ジャパニーズ・バンがひとつこわいわね、と煽ってくる。

 そもそもエレクトリック・シーシャというのは、舌から摂取して知覚に作用するドラッグの応用、である。

 シーシャの口元、クラリネットのリードのような部分に貼り付けられたチップを体内のナノマシンが読み取ると、バグが発生し一時的にハックされてしまう。

 その状況が快感につながる。

 基本的にうちにはダウナー系の、それも軽いタイプしか置いてないのだが、こいつがキメてる『コンペイトウ』、というのはかなりきついアッパー系のものである。

 表情を見比べてみるとわかるだろう。

 呆けているその辺の連中と、こいつの、顔が暴力を肯定しているというような毒々しい笑顔。

 こいつは本当に、もう長くない。

 ただでさえ劇薬である『コンペイトウ』を6.3ミリで摂取し続けたらどうなるか。エレクトリック・シーシャについて最低限の知識さえあるのなら説明するまでもないだろう。

 びく、と体を痙攣させ、がくりと首を落とす。

「ミスター・ヘンドリクス、一一九」

『かしこまりました』

 これも祖母の趣味だ。昔は医療機関へ直通の連絡手段があったらしい。スライドされて出てきたのはこれもまたクラシカルな外見の、かつて『救急箱』と呼ばれたタイプのリペア・キット。

 中から一枚の薄い、ペーパー状の気付け薬を取り出し、自分の舌の上に乗せる。吐きそうにまずい。うえ。

 人工呼吸も兼ねて口移しで飲ませる。

 間に合わなくてもう死んでたらいいんだけどな。

 わたしの淡い期待はまた、唇を離してすぐに、がく、がく、と痙攣を繰り返す目の前の女に否定される。

 いや、確かにここで死なれるとそれはそれで始末やそのほか色々と大変なのだが。

「ありがとね」

「見殺しにすると後が大変なんだよ」

「ええ、わかってる」

「てめえなあ」

 気付け薬の残り、舌を小さくぴりと痺れさせる甘さが余計に機嫌を悪くさせる。

「犬のえさにしてやろうか」

「それは『保健所』であるわたしの台詞なんだけどな」

 ありがとう、野良犬さん。

 わたしの頬に口をつけて、そのまま出て行く。

「金払えよ」

 まさか、いまのが代金だ、とか古のアナログ・キネマみたいなこと言い出すんじゃないだろうな。

 わたしはため息とともに頬を払い、弛緩した残りの客たちの相手に戻ることにした。

 ああ、なんてつまらない日常。

 あいつ、帰りの道で事故って死んでくれないかな。

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