第11話 外から攻略(はじ)める未踏迷宮

「――まれ、リッカ、止まれ!」

『はーい』

 

 指示をしたら一回で止まれよ。なんのために俺が危険を見ていると思っている。お前が仕掛けられた罠に引っ掛からないようにするためだろうが。


 罠……、たとえば有毒な空気が蔓延まんえんしている通路や、伸縮する棘が両側の壁に潜んでいることもある。全てが初見殺しと呼ばれており、咄嗟に判断して避けられたとしても、それを数十回、数百回と繰り返すことができる人材は限られている。


 ……こっちもこっちで、下請けだが、企業だからな、優秀な人材を『集中力が切れたから』という理由で簡単には失いたくないわけだ。


『せんぱいせんぱい、もう先に進んでもいいですかー?』

「ちょっと待ってろ。お前、よくもまあこの暗闇の中、先に進みたいと思うよな……」


 肉眼だったらまったく見えん。ライトを使うことは、棲息している怪物に見つかりやすくなってしまう……、そのため暗視機能を使い、周囲を観察する。


 モニター越しだからこそ冷静でいられるが、現場にいたらいつ襲われてもおかしくない緊張感で膝が笑いそうだ。


 俺はもちろん、現場にはいない。小型のドローンを遠隔操作している。


 目の前に広がる多くのモニターを見ると、パートナーである後輩が、ドローンのレンズに向けて手を振っている。えへへー、と緩んだ表情……、緊張感のないやつだ。


 仕事だぞ。

 そう叱ると、彼女がむう、と頬を膨らませた。


『そろそろ私にデレてもいいと思いますけど……ずっとツンツンしてますし』

「お前がちゃんと真面目に仕事をしてくれれば俺だって可愛がるよ」

『(むちゃぶりばっかり……せんぱいのばか)』


 小声のつもりだろうが高性能なマイクで全部の声を拾ってるからな?


 入口からここまで、一応のマッピングはしているが、しかしここは【未踏迷宮】だ、短い期間であれば意味はあるだろうが、長期間ともなるとマッピングは無駄になる。


 入る度に中身が変わるどころか、数時間で迷宮の構造が変わるのだ。マッピングした過去のパターンが被ることはない。同じ道に似ている時もあるが、過去のデータを信じて先に進んだら初見殺しの罠が待っていた、なんてざらにあるのだ。


 時間がかかってもいい、逐一前方を確認しなければ死ぬ――、俺ではなく、後輩がだ。


「お前さあ、先に進みたがってるけど、もしかして先の道が見えてるのか?」


『さすがに怪童かいどうの私でもそれは分かりませんよー。だから神童しんどうであるせんぱいの指示ナビが必要なんじゃないですかー』


「頼るなら俺の指示にはちゃんと従えよ……、まだ前方確認中だ、そこを動くなよ?」


 ドローンは全部で三機。同時操作もできるが、基本は二機を待機させ、一機をメインに稼働させる。俺の目も二つだ。目の前に広がるモニターの全てを同じ集中力で見れるわけではない。


 だったら。

 一人で無理なら、二人を用意すればいいだけの話でもある。


 俺は背を向けながら、背後でカタカタとキーボードを叩き、ドローンを操作する同僚に声をかける。

 四畳半しかない狭い個室で、背中合わせで二人きり……、指令室の狭さは上に報告して改善してもらうべきだろう。


「なあ、出口までの道順って分かってるか?」

「まだ分析中。集中が切れるから黙って待ってて」


 指示を出すのが俺の役目とすれば、彼女は迷宮の分析を主に担当している。


 現状、企業へ納品する『秘宝』を探すにあたり、迷宮に長居し過ぎた後輩の、迷宮脱出を目的ゴールとしている。大陸の地下に広がる迷宮だから、上へ進めばいい、とはならない。

 侵入した段階で上下左右はしっちゃかめっちゃかだ。

 階段を下っていたら地上に出ていることもある。


 未踏迷宮。


 出現して千年が経っているが、未だに分析は進んでいない。

 なぜ出現し、誰が管理しているのか。鍵となるのは棲息する怪物どもだろう。


 そして、俺たちのような二種類の内の一種類の才能を持つ者たち――、


 神童と怪童。


 神童を指示に回し、怪童を迷宮攻略へ出撃させる。


 彼女たちを世間では、『勇者』と呼んでいるそうだ……。


『え、なにあ――きゃっ!?』

「リッカ!?」


 耳にはめたイヤホンから聞こえてくる、頭に響く高い声の悲鳴。


 リッカになにかあったのか!? しかし、モニターを見ても脅威は映っていない。同時に後輩の姿も消えてしまっている……、ドローンが見失った? 

 熱探知で探しているのに、どこにも映らないことがあるのか!?


「地中に引きずり込まれたのかもね――、

 迷宮の中ではなんでもありだし、天井って場合もある」


「引きず……ッ」


「どちらにせよ、見失ったら探し出すのは不可能……長居し過ぎたのかもな。今回の目的は秘宝のサルベージでもあったけど、メンテナンス後のドローンの試運転も兼ねていた。そっちが達成できたのなら、良しとしよう……あの子を連れ戻すことは、現状では無理だ」


後輩リッカを見捨てろって言うのかよ!!」


「迷宮に送り出したドローンだけでは無理だってことだ。他にも手はある」


 それは? と焦った俺が聞くと、彼女が俺を指差した。


「連れ戻したければお前がいけって。

 良い機会だ、あたしが指示してやるから」


 ―

 ――

 ―――


 耳元で、小型のドローンが駆動音を鳴らしながら飛んでいる。

 彼女の指示を聞きながら迷宮に潜ったが……、しかしこの緊張感は、足が動かない……。

 踏み出した一歩目で罠のスイッチを押してしまいそうで、怖いのだ。


『大丈夫だから進めって。しばらくは安全地帯だよ……確認済みだ』

「それ、お前が言ってるだけじゃねえか……」


 証拠はどこにある。

 それを言い出したら、相手の指示なんて信用できないのだが……、

 言わずにはいられなかった。

 それくらい、今の俺は迷宮に漂う、死の緊張感に飲まれている。


『……あの子は、お前の指示に素直に従っていたはずだぞ』

「それは……」


『お前はあたしを信用できないみたいだが――別に怒っちゃいない、それが普通だ。

 信頼関係のない相手の指示で、迷宮に潜りたいとは思わないからな』


「…………」


『だけど、あの子はお前の指示には素直に従った。これまでで一度も、お前の指示を疑ったことはないだろうな……、仕事だから? 先輩だから? 違うだろ――、


 お前がのらりくらりと躱してきた、


 

 出会った時から、リッカは俺をからかうような言動が多かった。軽々しく『好き』だと告白してくるし、一緒にいれば、身を寄せてくるし、それに俺が顔を赤くすると、弱点を見つけたようにそればっかりを言って詰め寄ってくるしで……っ。


 先輩をなめているとしか思えなかったのだが――、


「指示を疑わない……か。

 あいつの、軽々しく聞こえる告白は、じゃあ……」


 本当だったって、ことなのか――。


 俺はそれを、からかっているのだと思って本気にしなかった……、まともに相手にせず、はいはいと手で払ってあしらうように、あいつの本気を流してしまっていた。


 最低だろ……、俺は……っ!


『どうする? もう、引き返せないか?』

「……ああ、リッカを見つけるまでは」


『見つけるまでは? 見つけて、お前は答えるべきだろ』

「……ああ、真剣に、な。あいつの好意を、じっくりと考えるさ」


『前向きなのは結構だが、考える時間はないぞ。怪童でもないお前が迷宮に挑んで、どういう結末が待っているかは、指示をしてきたお前が一番、分かっているはずだ』


 リッカに限らず、色々な怪童の少女に、俺は指示を出してきた。

 連れ戻せなかったパートナーは、一人だけではない。


「……、単独じゃ無理だ……だから、お前の指示を、信用するぞ……っ」


『疑う暇があるならお前も少しは現場で考えてみろ』


 そんなスパルタな指示は初めて聞いたぞ!?

 あのな、こっちは初見殺しが怖くて、身動きが取れないんだからな……?


『早く前に進め。でないとお前、背後から近づく怪物に追いつかれるぞ?』


「それを早く言――あぁああああああああああああああああああ!?!?」



 ―――

 ――

 ―


「ふう……、リッカ、これでいい?」

『うん、ばっちし! あとは迷宮内でどうやってせんぱいと合流するかだけど――』


「ああ、それはあたしが指示しておくから」

『ほんと!? ありがとー!』


 二人に指示を出しながら、片方の会話がもう片方の相手に聞こえないように、音声をオンにしたりオフにしたりするのが面倒ね。


 ……なんであたしが、あの二人をくっつけるために苦労しなくちゃいけないんだか。


「迷宮内でデートして、吊り橋効果で付き合う……? バカバカしい」


 迷宮を遊園地のアトラクションだとでも思ってるわけ?

 ……それはリッカだけか。あいつの方は、本気で怖がっているわけだし。


 はあ。溜息が出るわね、ほんと。


「さっさとゴールインしろっての。見てるこっちが疲れるわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

PACKAGE‐パッケージ‐KAC2021短編集 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ